出会うおれ/わたしたち(3)
九州から来た高速バスが、バスターミナルに停まった。
間違いなく目的のバスではないので、当然おれたちは動かない。ひゅうと底冷えする風が吹き、おれはコートのポケットに手を突っ込んで縮こまった。そしてぶつくさと文句を口にする。
「まだか。寒くてかなわんわ」
「もうちょいやろ。我慢せえ」
すさかず、直哉がおれを諭しにかかった。大人ぶりおって。
「やっぱBIGMAN前とかで待ち合わせすれば良かったんちゃう?」
「バスで来んのになんで駅に誘導すんねん。んなことしたら梅田ダンジョンの養分になるやろ。なあ、純」
「そうだね。僕も正直、直哉がいなかったらここまで来られたかどうか怪しいし」
今日はおれも案内したやろ。そんなガキくさい言葉を飲み込む。前にデートで梅田に来た時、待ち合わせで純を散々迷わせ、「何が行けば分かるだよ……」とねちねち言われまくった過去を思い出しながら。
「そういや純、そのコートおニューか?」
「うん。寒くなってきたし、持ってるコート古かったから」
「ええやん。似合っとるで」
着ているコートを直哉に誉められ、純が照れくさそうに笑った。元恋人と会う前にコートを新調。――あかん。悪い想像が止まらん。強気にならんと。
「あれちゃう?」
直哉がこちらに向かって来るバスを指差した。前面の電光パネルの表示は東京発大阪行。純がバスと手元のスマホを見比べて呟いた。
「あれだね」
「んじゃ、迎えに行くか」
直哉が軽く腕を回す。やがてバスがおれたちのすぐ近くに停まった。少し歩いてバスの目の前まで移動。すぐにドアが開き、中からぞろぞろと旅行者が現れる。
手からハンドバッグを提げたポニーテールの女子が、待っていた純を見て大きく目を見開いた。
「安藤くん」
どうやら、この女子がゲストの一人で間違いないようだ。純の話だとあと男が二人いるはず。そして、そのどちらかが――
柔らかい微笑みを浮かべ、純がおもむろに口を開いた。
「み――」
「純くーーーーーん! ひさびさーーーーーー!」
女子の後ろから、短髪の男が飛び出して純に抱きついた。
おれも、直哉も、抱きつかれた純も、ついでに一緒に来た女子までも、呆気に取られて固まっていた。しかし抱きついた男の方は全く気にしていない。そのまま右手を純の股間に伸ばし、白昼堂々と揉みしだき始める。
「溜まってたぶん揉みまくってやる! この! この!」
「ちょ! いきなり何してんの、亮平!」
純が男を引き剥がそうと身体を押す。男は構わず純の股間を揉み続ける。なんだか純も半笑いで、心の底から嫌がっているようには見えない。というか、おれと一緒にいる時よりだいぶ楽しそうだ。
――なるほど。
こいつか。
「いい加減に止めてってば!」
「やだー。止めなーい」
「りょうへ――」
純と男の間に、両腕を突っ込む。
動きを止めたところを見計らい、ぐいと二人を別々の方向に押す。純と男の身体が離れたので、すさかずその間に入る。そしてぽかんとしている男を睨み、右手をすっと差し出す。
「純のカレシの五十嵐明良っちゅうもんです。よろしく」
男が呆けた顔でおれの手を見やった。そして差し出されたのでとりあえずと言った風に、おれの手を掴む。
「はあ……えっと……高岡亮平っす」
タカオカリョウヘイ。敵の名前を胸に刻みつつ、力いっぱい手を握って離す。腑に落ちない表情で開いた手をぷらぷらさせる高岡の前に、直哉が立った。
「俺は九重直哉。よろしく。純から聞いとる?」
「聞いてる。純くんのブログによく出てくるゲイの友達が来るって」
「そう、それ」
純くん。小学生か。これはおれの方が進んでそうやな。キス一回しかしてへんけど。それも見舞いに来た時に不意打ちでやったやつで、合意でやったもんはゼロ回やけど。
「そっちの二人は?」
「わたしは三浦紗枝って言います。よろしくお願いします」
「小野雄介。よろ」
ポニーテールの女子と、その隣のタッパの高い男子が挨拶をする。これで全員の顔合わせが終わった。直哉がパンと手を叩いて場を仕切る。
「よっしゃ! じゃ、まだ時間早いから店とかロクに開いとらんし、どっかテキトーなとこ案内したるわ」
直哉が歩き出し、みんながぞろぞろと着いて行く。にっくき高岡は最後尾。おれはとっさに肩を掴み、声をかけた。
「おい」
高岡が「ん?」と振り返った。おれのことをまるで敵だと認識していない呑気な表情。くそっ。ガツンと言ってやりたい。でも自己紹介の時の話だと、確かこいつはクローゼットのはず。すぐ傍にこいつのダチもおるし、どこまで言っていいものか分からん。
「……純のカレシは、おれやからな」
さっき言ったことを繰り返し、そそくさと高岡から離れる。――ものすごい変なやつになってしまった。まあ、いい。あいつには伝わったはずだ。お前なんて過去の男だということを、今日一日でたっぷりと分からせてやる。
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