乙女、直截に行動(4)
人質スタイルから解放された莉緒ちゃんに最初に声をかけたのは、わたしではなく高岡くんだった。片手を挙げ、あっけらかんと話しかける。
「よ。邪魔して悪かったな」
明らかに全く悪いと思ってない謝罪を受け、莉緒ちゃんが高岡くんをじろりと睨んだ。だけどすぐに眼力をゆるめ、諦めたようにため息を吐く。
「いいですよ、別に」
「あんがと。いやー、心が広いわ」
「だって先輩は、わたしの味方してくれたんですから」
へらへら笑っていた高岡くんの表情が、ぱっと真顔に切り替った。逆に莉緒ちゃんは不適な笑みを浮かべる。
「わたしがこれからも放送でBLの話が出来るように、手助けしてくれたんですよね。すごく助かりました。だってわたし、同性愛をバカにするような人たちに気をつかってBLの話を止めるの、イヤですもん。本当にありがとうございます」
莉緒ちゃんが恭しく頭を下げる。高岡くんが頭の後ろを掻きながら小野くんと目を合わせた。「どうする?」「知らねえよ」。無言のやりとりの後、今度はわたしの方を向いて小さく首を横に振る。
「パス」
了解。わたしは壁にもたれかかっている莉緒ちゃんの前に立った。そして莉緒ちゃんをじっと見つめながら、口を開く。
「莉緒ちゃん」
両手を前に揃え、わたしは莉緒ちゃんに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
莉緒ちゃんの瞳が小さく揺れた。わたしは構うことなく、淡々と続ける。
「一緒に二丁目行った時に言った言葉、あれ、間違いだった。あの場では控えめにしようみたいなことが言いたかったのに、そういう言葉になってなかったよね。だから、ごめん」
もう一度、頭を下げる。莉緒ちゃんが軽く目を泳がせた後、ふてくされたように口を尖らせる。
「分かりました。謝らないでいいですよ。もう気にしてないし」
「ありがとう」
「わたしが放送でBLの話をするのを邪魔しないなら、もうそれでいいです」
莉緒ちゃんが、わたしを睨む。
敵愾心に燃えた目。お前を認めない。認めてなんかやらない。そういう意思がひしひしと伝わってくる。少し前のわたしならこれで折れていただろう。でも今は違う。その裏にあるものをちゃんと読み取れる。
隠そうとしても隠しきれていない、莉緒ちゃんの怯えが分かる。
「そんな目でわたしを見て、何か言いたいことでもあるんですか?」
ある。でも言わない。狙い通り、莉緒ちゃんの方から喋り始める。
「言っておきますけど、わたしは絶対に止めないですよ。だってわたし、間違ったことしてないですもん。BLはわざわざ隠さなくてはならないようなものじゃありません。だって――」
「莉緒ちゃん」
ここだ。わたしは深く息を吸い、渾身の想いを込めて、用意していた言葉を喉の奥から吐き出した。
「分かってるでしょ?」
莉緒ちゃんの勢いが、止まった。伝わった。わたしは自分の推測が間違っていないことを確信し、語りを続ける。
「莉緒ちゃん、本当は分かってるよね。BLが隠すようなものじゃないことと、全校放送でそれを語るのは違うこと。莉緒ちゃんが語れば語るほど、まだ自分を好きになりきれなくて隠れている人たちが肩身の狭い想いをすること。全部、ちゃんと分かってる。だって莉緒ちゃん」
わたしは莉緒ちゃんに向かって、全てを許すように、自分にできる限り穏やかな微笑みを浮かべた。
「わたしと喧嘩するまで、放送でBLの話してなかったじゃない」
莉緒ちゃんは、変わっていた。
わたしはずっとそれに気づかなかった。莉緒ちゃんは莉緒ちゃんのまま一貫していると思っていた。でも、違う。莉緒ちゃんはわたしを師匠と呼び、わたしに付きまとっていた頃は、放送でBLになんて触れていないのだ。そういう意味で好きなアニメの曲を流してもそれでおしまい。BLにまで話は広がらない。
そしてそれは間違いなく、偶然の産物ではない。莉緒ちゃんが意図的にブレーキをかけた結果だ。莉緒ちゃんには「ここでこれを話すのは良くない」という自覚があった。ブレーキをかけていない莉緒ちゃんにさんざん振り回されてきたわたしには、それがよく分かる。
「だからわたし、あまり長々と理屈っぽいことは言わない。分かってる人に分かってること言っても意味ないもん。わたしが言いたいことは、一つだけ」
右の人さし指を立て、莉緒ちゃんの前に示す。
「もし莉緒ちゃんがBLを語りたくて語ってるなら、別にいい。色々覚悟して、それでもやるっていうなら、わたしは止められないし止める権利もない。だけどね」
わたしは言わない。
あなたを説くのは――あなた自身だ。
「もし莉緒ちゃんが、わたしへの当てつけのために語りたくもないBLを語ってるなら、そんなくだらないことは今すぐ止めて。お願い」
真剣な表情で、真剣な声を放つ。莉緒ちゃんがさっと顔を伏せた。自分との対話開始。こうなるとわたしに出来ることはない。黙って対話の行く末を見守る。
やがて、莉緒ちゃんの頭が動いた。結果発表。ゆっくりと首を曲げ、莉緒ちゃんがわたしの方を向く。
涙を流し、目の回りを赤くした莉緒ちゃんの顔が、わたしの視界に収まる。
「ごめんなさあああああい!!!」
莉緒ちゃんが立ち上がり、わたしの胸に飛び込んだ。その大袈裟な動きに内心驚きながらも、わたしはそれを表に出さず莉緒ちゃんの頭の後ろを撫でる。
「ごめんなさい……わたし……引っ込みつかなくて……それで……」
「うん、いいよ。分かるから。大丈夫」
泣きじゃくる莉緒ちゃんに、優しく声をかける。ああ、何にせよ良かった。これで全て一件落着――
ガチャ。
鍵の動く音の後、続けて扉の開く音がした。扉から現れたのは、ついさっきわたしがやりすごした、放送室の前で叫んでいた先生。その表情は、百人に聞いたら百人が怒っていると答えるであろうしかめっ面。
高岡くんが肩を落とし、力なく首を振りながら囁いた。
「……ですよねー」
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