乙女、直截に行動(5)

「けっこー落ちてんなー」

 煙草の吸い殻をトングで拾い上げ、高岡くんがそう呟いた。わたしは持っているゴミ袋を広げて受け入れ体制を整える。高岡くんは吸い殻をポイッと袋に放り込んだ後、だらりと両腕を下げ、すぐ側を流れている川を見やった。

「でもさ、ここまで来て川に捨てないの、なんでだろうな」

「『川に捨てたら川が汚れる』とか考えてるんじゃない?」

「ポイ捨てしといて?」

「人間心理ってそういうものだと思うんだよね。実際こうやってボランティアが拾いに来るから、川に投げ込まれるよりは被害少ないわけだし」

「ボランティアに期待されてもなあ」

 ぶつくさ言いながら、高岡くんがまた吸い殻を拾って袋に入れた。放送ジャックの罪で河原のゴミ拾いボランティアに参加してから三十分。次から次へとゴミが出て来て一向に先へと進めない。他の人はずんずん進んでいるのになぜだろう。わたしたちがゴミ鉱脈を引き当てたのだろうか。

「っていうか懲罰でボランティアってどうなのよ。好きでボランティアやってるやつに失礼だろ」

「今そんな話をしてもしょうがないでしょ」

「そうだけどさー。つーか、なんであの後輩は対象じゃないんだよ。元はと言えばあいつのせいだろ」

「だって莉緒ちゃん、放送ジャックされた被害者で、別に悪いことしてないし」

「オレだって悪いことしたつもりはないぞ」

「その辺は汲んでくれてるから、二回目なのにこんなもので済ませてくれてるんでしょ。いいから働いて」

「へーい」

 めんどくさそうな返事の後、立て続けに煙草の吸い殻が袋の中に放り込まれる。分かった。喫煙したくなる場所なんだな、ここ。開けてるし、遊歩道から近いし。

「そういや、あの後輩、今どんな感じなの?」

「どんな感じも何も、放送でBL語るの止めた以外はあんな感じだけど」

「ちょっとは大人しくなったりしないの?」

「人の多い場所では声が小さくなったかな。電車の中とか、バスの中とか」

「つーことは、話はするんだ」

「する」

「……天然ってすげーな」

「それは別にいいでしょ。わたしだって全校放送レベルまで行かないなら、まあ少しは困るけど、わざわざ止めようとは思わないし」

「おい」

 ぶっきらぼうな呼びかけ。二人して振り返ると、トングをもった小野くんがむすっとした顔でこちらを見ている。

「イチャついてんじゃねーよ。もうみんなガンガン前行ってんぞ」

「そう言われても、いっぱいゴミあるんだもん」

「そうだぞ小野っち。自分はフラれたからって嫉妬すんな」

「してねーよ!」

 小野くんが叫んだ。高岡くんが楽しそうに笑い、わたしもつられて笑う。まあ色々あったけど、何だかんだ良かったよね。胸を張ってそう言える、穏やかで和やかな空気が流れる。

 わたしが付き合おうと言った時、高岡くんは両手を掲げて「よっしゃー!」と叫び声を上げた。

 わたしは正直、大げさだと思った。「いやどう見たってふんぎりついてないだけだったでしょ。フラれるわけないじゃん」ぐらいのことを言った。そうしたらビックリ、高岡くんは「九割ダメだと思ってた」らしい。自分の視点からだけで物事を考えてはいけないのだ。わたしは改めて自分のどっちつかずな態度を反省し、高岡くんに謝った。

「そういえば初デートだね、これ」

「あー、そう言われりゃそうだな。初デートが河原のゴミ拾いか……」

「まあ、いいじゃん。これから色々行けば」

「そうだな。でも、TSUTAYAとかGEOとかはナシな」

「どうして?」

「彼女と一緒に観る映画借りるために店行ってAVコーナーで巨乳痴漢もののパッケージをガン見して鼻の下伸ばしてるところを彼女に見つかって揉めてフラれたやつがすぐそこにいるから」

「てめーマジぶっ殺すぞ!」

 小野くんが高岡くんに掴みかかり、高岡くんがそれをひらりとかわした。小野くん、AVでロクな目にあってないな。わたしはそんなことを考える。

「三浦はデートでどっか行きたい場所ある?」

「んー、特にない。BL星はもう行ったし」

「そっか。オレはあるんだ。ちょっと遠いけど」

「どこ?」

「純くんとこ」

 不意打ちを喰らい、わたしは固まった。高岡くんが朗らかな笑顔を浮かべる。

「近いうちに、どっかの休みで行こうぜ。小野っちも一緒に」

 安藤くんのところに行く。安藤くんにもう一度会う。それは――

「――うん、行こう」

 高岡くんが「よっしゃ! 決まりな!」と声を弾ませる。小野くんが「俺もかよ」と面倒くさそうに呟く。「誘われて嬉しいくせに」「うっせー」。じゃれあう二人の声を背景に、わたしは青空を見上げ、心の中で言葉を紡ぐ。

 拝啓、安藤純さま。

 どうやらわたしは、思っていたより早く貴方に再会することになりそうです。貴方はわたしとの思い出に一切遠慮をせず新天地で恋人などを作っているようですが、わたしも貴方との思い出は保存用ショーケースに入れて新たな一歩を踏み出すことにしました。今度お会いする時にはきっと、貴方が思わず寂しがってしまうほどに、貴方を振り切って進むわたしの姿をお見せできることでしょう。

 覚悟しやがってください。三浦紗枝より。敬具。

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