乙女、直截に行動(2)
昼休みになった。
今日は普通に、教室で宮ちゃんたちとお弁当を食べることにした。毎週月曜日だけ教室からいなくなるのもそろそろ変な感じだし、何より今は莉緒ちゃんの放送も怖くない。まあ、わたしの話題がピンポイントで出て来たりしたらさすがに少しは動揺するけど、それでもどうにかする自信はある。語るべき言葉を持っているとはそういうことだ。
宮ちゃんたちとの会話ではBLの話題なんて一切出てこない。アニメや漫画の話題が出ても姐さんとの会話なら絶対に入る妄想が入らず、どこどこが面白かったとかだけ。なのでやっぱり、上手く乗れないことも多い。これは乗りにくいなと感じる話題が続いたら、プールの監視員みたいに暇そうに辺りを見渡し始めることになる。
「紗枝」
プール監視員モードに入ったわたしに、宮ちゃんがおずおずと声をかけてきた。わたしは「なに?」と返事をする。
「誰か探してる?」
「え?」
「高岡くんとか」
グループの女の子たちが、一気に静まり返った。
宮ちゃんが潤んだ瞳でわたしを見つめる。――いや、分かるよ。どう考えてもわたしが引き伸ばし過ぎだし、煮え切らな過ぎだよね。そりゃ他の人を巻き込んででも話を進めたくなるよね。でもあと一日待って。今日は別のやつをやっつけたいの。そっちには、明日ちゃんと向き合うから。
「今どんな感じ? 土曜、高岡くんと小野くんと遊びに出かけたんでしょ?」
「出かけたけど……それ、誰から聞いた?」
「小野くん」
――あいつ。わたしは教室を見回して小野くんの姿を探した。だけど見つからない。そういえば、高岡くんもいない。どこにいったのだろう。いつも一番うるさい男子グループを探せば、だいたいそこに混ざっているのに。
「あのね、紗枝。前も言ったけど、本当に私に気を使わなくていいからね」
「いや、だから前も言ったけど、わたし、宮ちゃんのことは別に気にしてないし、宮ちゃんも別に――」
ピンポンパンポーン。
放送が流れる前に鳴るチャイムが、教室中に大きく響き渡った。とりあえず助かった。まさか莉緒ちゃんに助けられる日が来るとは。ほんと人生って、何が起こるか分からない。
『はーい! 皆さんお元気ですかー! 毎度おなじみ月曜担当、放送部一年生の相原莉緒でーす! 今週も先週と同じように、バリバリ音楽流して、バリバリBLの話していきたいと思いますので、よろしくお願いしまーす』
バリバリ話すんだ。まあ覚悟出来てるから、いいけど。
『それじゃあ早速――きゃっ!』
短い悲鳴の後、放送が途切れた。
教室が静まり返る。そしてしばらく経ってから、ざわつきだす。何があった。何が起きた。スピーカーの備え付けてある天井を眺めながら、そんなことをみんな口々に呟き始める。もちろん、それはわたしたちのグループも同じだ。全員一様に食事の手を止めて、スピーカーをじっと見つめている。
ザッ。スピーカーからノイズが聞こえた。マイクのスイッチが再び入った音。固唾を飲んで見守るわたしたちの耳に、底抜けに明るい声がビリビリと響く。
『全員ちゅうもーーーーーーーーーく!!!!!!』
激震が走った。
どこのクラスも反応は似たようなものだと思う。いきなり放送が切れて、再開したと思ったら、切れる前と全く違う声が高らかに叫んでいるのだ。衝撃を受けない方がおかしい。だけど教室単位で言うならば、わたしのクラスに走った衝撃が一番大きかったと断言できる。なぜならわたしたちは、この声に聞き覚えがあるから。間違いない。これは――
――高岡くんだ。
『えー、この時間は予定されていたプログラムを変更して「元気はつらつ!DJタカオカと愉快な仲間たち」を放送したいと思いまーす。司会はオレ、高岡亮平。そして今回の愉快な仲間はー?』
『……マジック小野です。よろしくお願いします』
小野くんまで。唖然とするわたしたちをよそに、放送が続く。
『はい。というわけで今回は世界的に有名なAV評論家、マジック小野さんに来ていただきましたー。拍手ー』
『……なあ、亮平。やっぱ止めようぜ。これはねえって』
『なんで』
『なんでって……恥ずいし』
『小野っち、自分が何を暴露したか忘れた?』
『……済んだ話だろ』
『人間一人殺しかけてあれで済ませちゃうの?』
『ああ、くそっ! 分かったよ! ゲストのマジック小野です! 好きなAVのジャンルはマジックミラー号! 特にもしミラシリーズが好きで、ベストの一本は「もしお嬢さま学校の女子大生がマジックミラー号のAVに出演したら」です! よろしくお願いします!』
ほとんどやけみたいに――実際やけなんだろうけど――小野くんが叫んだ。「とにかく巻き込みたかった」。池袋に行った時、高岡くんが小野くんにかけた言葉をふと思い出す。
『マジックミラー号ですかー。それってどんなAVなんですか?』
『カマトトぶってんじゃねえよ! お前知ってんだろ!』
『お前の口から言わせたいんだよ。言わせんな恥ずかしい』
『あー、もう! マジックミラー張りのトラックの中で周りに見られながらセックスするAVです!』
『なるほどー。ではマジック小野さんはマジックミラー号のどういったところに魅力を――』
高岡くんと小野くんによるAV談議が続く。教室を見ると、最初の衝撃はすっかり去り、みんな笑いを浮かべている。失笑とか苦笑いとか、そういう人を小馬鹿にする感じの笑い。
この空気、知ってる。
先週の莉緒ちゃんの放送と同じだ。
『つまり小野さんは、マジックミラー号に抑えきれない人の「業」のようなものを感じると、そういうことですね』
『いや、そこまでは言ってねえけど……』
『この放送を聞いている人たちに、何かメッセージのようなものはありませんか?』
『ねえよ!』
『そうですかー。じゃあ、代わりに言わせて貰いますね。えー、ではこの放送をお聞きの皆さんへ、オレから一言』
音割れを起こすほどの声量が、世界をビリビリと震わせた。
『自分だけは変態じゃねえとか思ってんじゃねえぞ!!!!!』
教室に蔓延していた嘲笑が、一気に引いた。
今までは全て前フリだった。それが分かる魂の叫び。明るく、調子の良かった態度から一転。高岡くんが声を枯らしながら滔々と叫び続ける。
『お前ら、マジック小野のことド変態だと思ってんだろ! 大正解だよ! ド変態だ!』
『おい』
『でもな、お前らだって一皮剥けば一緒だぞ! 男も女も異性愛者も同性愛者も変わんねえ! 世の中にはエロい欲望を全く持たないやつもいるらしいけど、そいつだってエロとは違う、人に言い辛い好きなものの一つや二つ持ってんだろ!』
男も、女も、異性愛者も、同性愛者も。
みんな一緒。みんな変わらない。でも、みんな「普通」なわけではない。ぞれぞれがそれぞれの形で「変」。尖っていて、個性的で、替えの効かない唯一無二。
『みんな変態だ! 変態で恥ずかしい生き物だ! だから高いところから見下して、一方的に笑いものにして、そういうダセえ真似はすんな! これは同性愛とかに限った話じゃねえぞ! そういうの、オレは絶対に認めねえからな!』
わたしは椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。
宮ちゃんたちがわたしを見る。わたしはその中から宮ちゃんを選んで見返す。明日にしようと思っていたけれど、いいや。今日片付けよう。心は決まっているのだ。迷うことは無い。
「宮ちゃん」はっきりと、明確に。「わたし、高岡くんと付き合う」
宮ちゃんの表情が、わずかに揺らいだ。だけどすぐにその揺らぎは収まり、変わりに穏やかな微笑みが現れる。
「分かった。頑張ってね」
ありがとう。そう呟き、宮ちゃんたちに背を向けて走り出す。壇上のわたしに向かって走っていた時、彼もこんな気持ちだったのだろうか。そんなことを考えながら、わたしは真っ直ぐ、放送室に向かって走り続けた。
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