乙女、直截に行動(1)
月曜日。
妹に「なんか今日お姉ちゃん怖くない?」と言われるほど、わたしは朝から緊張しっぱなしだった。下手したら一学期の終業式以上。あの時は、やりたいからやった。でも今は違う。やりたくないけどやらなくてはならない。わたしのせいでこんがらがった糸を、わたしが責任をもってほどく。これはそういう作業だ。
家を出て、学校に向かう。教室に着いたらスクールバッグを自分の机に置き、すぐに莉緒ちゃんのクラスへ。去年まではわたしも歩いていた一年生の教室が並ぶ廊下を歩き、目的の教室に着いて扉を開く。
沈黙が、わたしを迎え入れた。
当たり前と言えば当たり前だ。教室にいきなり見覚えのない人間が現れたら普通こうなる。さて、どうしよう。わたしはとりあえず、近くにいた女子のグループに声をかけた。
「ねえ」
女子グループの一人がわたしの方を振り向いた。頭にブラウンのカチューシャをつけた、ロングヘアーの女の子。
「相原さんってもう学校来てる?」
女の子が唇の端をつり上げた。そしてどこかめんどくさそうに答える。
「来てるけど、どっか行ったよ」
「どっか行った?」
「うん。あの子、教室にいることほとんどないし」
知らなかった。でも考えてみたら、今まで莉緒ちゃんがわたしを探すことはあっても、わたしが莉緒ちゃんを探すことはなかった。わたしは莉緒ちゃんのことを何も知らないのだ。あんなに付きまとわれていたのに。
「あの」隣にいた三つ編みの女の子が、わたしの顔を覗き込んだ。「もしかして、三浦先輩ですか?」
――バレた。まあ、しょうがない。わたしは今やこの学校でちょっとした有名人なのだ。そして自業自得だからそれには何も言えない。
「うん、そう」
「あー、やっぱり。すいません」
「すいません?」
「迷惑かけてるんですよね。あの子、本当に空気読めないから」
三つ編みの子が苦笑いを浮かべた。周りの女の子たちも同じように笑い、内輪話に華を咲かせる。
「今までどうやって生きてきたのか不思議になるレベルだよね」
「ああやって生きてきたんでしょ。最初からずっとああだったじゃん」
「誰かに注意されなかったのかなー」
「あれはされないって。しても無駄だもん」
この光景――
見覚えがある。中学の時、ずっとわたしの周りにあった景色。わたしたちが悪人だから、善人のあなたを排斥しているわけではない。善人であるわたしたちが排斥したくなるほど、気持ちの悪いあなたが悪人なのだ。そういう、どこかで聞いたことのある理屈が延々と、目の前で展開されて流れていく。
莉緒ちゃんが教室にいることはほとんどない。なるほど、よく分かった。しょっちゅうわたしのところに来ていた理由や、そのわたしから拒絶された時の悲しみまで含めて、全て。
「三浦先輩も、あんな子に好かれても困っちゃいますよね」
三つ編みの子がにへらと笑った。わたしははっきりと言い切る。
「別に」
女子グループから身体を背け、去り際に一言、わたしは強く言い放った。
「あなたたちに好かれるよりは、良かったと思うよ」
わざと大きな足音を立てながら、わたしは教室を出た。大股で廊下を歩き、自分の教室の自分の席に着いて、ようやく冷静になる。――やってしまった。こうなってしまうとあの教室には入りづらい。どこで莉緒ちゃんを捕まえよう。
「三浦」
考え込むわたしに、高岡くんが声をかけてきた。まだ空いている前の席に座り、高岡くんがわたしの机の上に頬杖をつく。
「どこ行ってたの?」
「莉緒ちゃんのところ」
「話せた?」
「いなかった。それどころか、そこにいた一年とちょっと感じ悪い空気作って帰ってきちゃってさ。教室、行きづらくなっちゃった」
「なんで? 何があったの?」
「教室にいた女子グループに莉緒ちゃんのことを聞いたら、わたしの前で莉緒ちゃんの陰口を叩き始めてさ。中学の時にわたしをハブってた子たちのこと思い出して、ついキツめのこと言っちゃったんだよね」
「何て言ったの?」
「『あんな子に好かれても困りますよね』って言われたから、『あなたたちに好かれるよりはマシ』って返した」
「はー。かっけーなー。オレ、三浦のそういうとこやっぱ好きだわ」
好き。ストレートな言葉を受けて、わたしの心臓が軽く跳ねた。高岡くんは気にすることなく話を続ける。
「そんで、どうすんの?」
「どうするって?」
「どこであの後輩と話すかってこと」
「とりあえず今日の放送は諦めて放課後かな。昼休みの放送直前とかで話しても火に油注ぎそうだし。話す内容も大事だけど、タイミングも大事だと思うんだよね」
「放課後だな。分かった」
――分かった?
言葉に軽い引っかかりを覚えた。どういう意味だろう。わたしが放課後に莉緒ちゃんと話すことが、高岡くんにとって何か意味のあることなのだろうか。
「頑張れよ。じゃあな」
高岡くんが席を離れた。そして遠くにいる小野くんのところへ歩いていく。入れ違うように前の席の女子が登校してきて、わたしはとりあえず、その子に「おはよう」と声をかけた。
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