乙女、異界に先導(6)

 家に帰って、夕ご飯を食べて、部屋のベッドに寝転がって考える。

 最近、こうしている時間がとても長い。理由は簡単。やることがないからだ。見たり、読んだり、描いたり、そういうことをしなくなったから時間が有り余っている。その分を勉強に回せれば成績も上がりそうだけど、残念ながら考えることだけは山のようにあるのでそうもいかない。むしろ勉強の時は集中できていないので、このままだと、たぶん成績は下がる。

 わたしはスマホを弄り、LINEを起動させ、安藤くんのアカウントを呼び出した。相談しちゃおうかな。そんなことを考える。だけど実行はせず、電源ボタンを押してスマホをスリープモードに移行させる。

 わたしだけが言える、わたしの言葉。

 わたしはそれを探さなくてはならない。そしてそれはきっと、何を読んでもどこを調べても誰に頼っても出てこない。わたしが、わたしの中から見つけるものだ。

 過去に潜る。もう何十回目か分からないダイブ。そしていつものように、わたしが一週間前に言い放ってしまった、全ての発端である台詞にたどり着く。

 ――BLなんて、他人に堂々と自慢できるような趣味じゃないでしょ!

 明らかに言い過ぎた。というか、言葉が足りなかった。TPOの話がしたかったのにそのニュアンスが全く入っていない。「結婚式にその服は失礼だよ」と「その服ダサいね」は意味が違うのだ。あまりにも当たり前の話。

 でもここまでこじれてしまった以上、それを今さら謝ったところでどうにかなるとは思えない。少なくとも放送は止めてくれないだろう。そしてわたしが止めろと言えば、絶対にまたあの発言に戻って揉めまくる。ああ、ほんと、どうしてわたしはあの時あんなことを――

 ――どうして?

 わたしはむくりと身体を起こし、ベッドの縁に腰かけた。上手く言えないけれど、今ちょっと、見えた気がする。姿を見せたそいつを逃がさないよう、慎重に考えを巡らせる。

 わたしがあんなことを言った理由。それは莉緒ちゃんがケイトさんや佐々木さんに迷惑をかけたから――ではない。だってケイトさんも佐々木さんも困ってはいたけれど、怒ってはいなかった。なのにわたしは莉緒ちゃんへの激しい怒りを剥き出しにしたのだ。あの時わたしが考えていたことは、安藤くんのこと。

 安藤くんに紹介されたお店で変なことしないで。わたしをお店を紹介した安藤くんに迷惑をかけないで。

 わたしが恥ずかしいから

 ――うわ。

 思わず、呟きが漏れそうになった。そりゃあ、終業式であんなことをしでかしておいて、ケイトさんのお店ではあんなことを言うわけだ。莉緒ちゃんが「裏切られた」と感じるのは当然だろう。感情最優先で、ポリシーがまるで一貫していない。

 莉緒ちゃんは何も変わっていない。出会った時から今までずっと同じ。わたしが自分勝手に主張を変えて、莉緒ちゃんを傷つけて、被害者面を――

 ――いや。

 違う。

 そうじゃない。

 だって――

「――そっか」

 全身がぶるりと震えた。捕まえた。後は捕まえたものを言語化するだけだ。そうすれば無事、「わたしの言葉」が出来上がる。

 わたしはスマホの電源をボタンを押した。もう答えは出た。後はちょっと勇気を貰うだけ。それならありでしょ。そんな気持ちでまたLINEを起動させる。

 不意に、いつか聞いた言葉が脳内に走った。

 ――覚えてるからこそ、前に進まなきゃならないって思う。

 通話を飛ばす。明るい男の子の声が、スマホのスピーカーを通じてわたしの耳に届いた。

「もしもし。なに?」

「話したいことがあって」

「話したいこと?」

「例のあの子に言いたいこと、見つけたの。その報告」

 少しの間、沈黙。そして間もなく再開。

「なんて言うの?」

「それはこれから形にする。今はただ見つけたよって報告したかっただけ。色々助けて貰って、そのおかげみたいなものだから」

「そうかな」

「そうだよ」

 わたしは力強く言い切り、言葉を続けた。

の協力が無かったら、きっとこうはならなかった」

 電波の向こうで、高岡くんが笑った気配がした。声の雰囲気が柔らかくなる。

「なら良かったわ。で、あの後輩とはいつ話すの?」

「月曜、学校始まったらすぐ話しに行くよ。上手く行くかどうかは分からないけどね。それはわたしの話し方次第だから」

「大丈夫。上手く行くって。行かなかったら行かなかったで、オレが何とかする」

「何それ。頼もしいけど不安」

「どっちなんだよ」

 明るく、楽しく、言葉を交わす。やがて会話は終わり、わたしは大の字になってベッドの上に倒れ込んだ。目を瞑り、息を吸い、全身から力を抜く。

 進もう。

 彼が、そうしているように。

 暗闇に一学期の思い出を浮かばせる。こうやって少しずつ、映画を観るように時おり記憶から引っ張り出す、そういう存在にして行こう。決意と共に、まぶたの裏にうっすら涙を滲ませながら、わたしは両方の手をギュッと握った。

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