乙女、対話に奔走(4)

 ケイトさんも佐々木さんも「気にしなくていい」と言ってくれた。

 何でも、距離感を測るのが下手くそな人がこういう場に興味本位で現れて盛大にやらかすのは、界隈ではよくある話だそうだ。ケイトさんは「今さらHigh schoolの女の子にムキにならないわよ」と切り捨てていた。だけどそれは慣れているから大丈夫というだけで、失礼だったことに変わりはない。わたしは居たたまれなさから、すぐにお店を出て家に帰った。お店に行く前は帰ったら安藤くんに連絡しようと思っていたけれど、それもしないで、憂鬱な土日を過ごした。

 そして、月曜。

 テンションは朝から最悪。漫画やアニメで言うと黒いモヤモヤしたエフェクトを背負っている感じ。安藤くんが居た頃のわたしだったらこういう時はBLに頼っただろうけど、今はそういうわけにも行かない。お悩みランキング一位と二位が見事にお互いを補い合っている。なんて嬉しくないシナジー。

 やがて、昼休みになった。わたしはランチマットに包まれたお弁当箱を持って席を立つ。二週連続はさすがにおかしいけれど、それでもここにいたい気分ではない。誰にも声をかけられないよう、そそくさと教室を出ようとする。

 だけど、間に合わなかった。

「三浦」

 高岡くんの声。振り返ると、高岡くんの隣に小野くんもいた。どこかめんどくさそうな表情をしているから、無理やり連れてこられたのかもしれない。小野くん、めんどくさい顔がデフォルトみたいなところあるけど。

「なに?」

「一緒にメシ食おうぜ。食堂かどっかで」

「なんで?」

「それは先週言っただろ。二回も言わせんなよ、恥ずかしい」

「言ったけど……」

 わたしはチラリと小野くんの方を見やった。告って返事待ちの相手に用がないやつなんていない。あれが理由なら小野くんがいるのは不自然だ。わたしの疑問を察した高岡くんが、首筋を掻きながら言葉を続ける。

「あー、それと、なんかへこんでるみたいだから気になって」

 思わず、口元に手が伸びた。表情を隠し、探るように尋ねる。

「……そんなに分かりやすい?」

「うん。朝からずっとだし、今宮とかにも言えない感じなんだろ。だからオレらとワイワイ昼メシ食いながら話せないかなーって思ったんだけど……」

 なるほど。わたしとしても高岡くんたちといれば、二週連続でいなくなる不自然が紛れて都合がいい。それに正直、相談したい気持ちがないわけでもない。高岡くんと小野くんなら、安藤くんのことではあまり絡まなかった宮ちゃんよりも話しやすい。

「わかった。じゃあ、食堂行こ」

 頷き、わたしたちは三人で食堂に向かった。空いている席を探して座り、揃って机の上にお弁当を広げる。食堂でご飯食べるの、安藤くんがいた時以来だな。そんなことをぼんやりと考えるわたしに、高岡くんが単刀直入に尋ねて来た。

「そんで、何があったの?」

 さて、どこまで言おう。とりあえず佐々木さんのことは秘密にするとして――

「先週、美術室で会った、安藤くんに取材させてくれって言ってた子覚えてる?」

「覚えてる。つーかあのキャラ忘れろって方が無理っしょ」

「そうだね……それで安藤くんに聞いて、取材は拒否されたんだけど、代わりに新宿二丁目のお店を紹介してくれたのね。あ、でもバーとかじゃないよ。ただのカフェ。夜はバーらしいけど」

「へー。行ったの?」

「うん。二人で行って来た。そうしたらあの子がお店の人に次から次へとデリカシーのないこと言うから、つい怒鳴っちゃったんだよね。それでイヤーな雰囲気で喧嘩別れして、引きずって、今に至るってところ」

「ふーん」

 高岡くんが小さく頷いた。そして隣の小野くんに話しかける。

「小野っち、何か一言」

「ねえよ」

「は? お前、何しに来たの?」

「お前が強引に連れて来たんだろ!」

 小野くんが高岡くんにツッコミを入れた。そしてわたしの方に向き直り、こうなったらしょうがないとばかりに口を開く。

「三浦はさ、そいつのこと、どう思ってんだよ」

「そいつって?」

「一緒に行ったやつ。仲直りしてえの?」

 莉緒ちゃんと仲直り。――あまりしたくないかもしれない。黙るわたしの想いを、小野くんが的確に読んだ。

「したくなさそうじゃん」

「……ちょっと問題ある子なんだよね」

「じゃあ、いいんじゃねえの。嫌いなやつに嫌われて万々歳だろ」

 さすが、小野くん。考え方がシンプルだ。そしてそれは確かに、その通りでもある。元々どうやって距離を置こうか考えていたぐらいだし、後ろ向きに考えれば「友達と喧嘩してギクシャクしている」だけど、前向きに考えれば「お悩みランキング二位が消えた」ということなのだ。

 わたしが悩むようなことは何もない。代わりに払ったカフェオレの料金で、莉緒ちゃんと縁を切ることが出来たと考えればいい。ただ――

 ――BLなんて、他人に堂々と自慢できるような趣味じゃないでしょ!

「あ」

 高岡くんが呟きと共に顔を上げた。天井近くのスピーカーを通して、食堂に大音量の放送が流れる。司会はもちろん、噂のあの子。

『今日も元気にこんにちはー! お昼休みの定期放送! 月曜担当は放送部一年、相原莉緒でーす!』

 明るい声。ハキハキした物言い。高岡くんが天井を見上げながら呟く。

「なんか、元気そうじゃん」

「……そうだね」

「三浦が気にしすぎなんじゃない?」

「……そうかも」

 心配して損した。もう小野くんに言われた通り、嫌いな相手に嫌われて良かったで済ませよう。そんな気分でお弁当を食べる。やがてわたしもよく知っているアニメのテーマ曲が流れ、それが終わり、莉緒ちゃんの声が戻って来た。

『はい! テレビアニメ「サムライ・ディストピア」オープニングソング、「刃と誓い」でしたー。いい曲ですよねー。わたしもこの作品、原作から大好きなんですよー』

 そうだね。莉緒ちゃんは激推しだし、昔はわたしも推してたから一緒にイベント行ったりしたよね。今となってはもう、わたしは莉緒ちゃんに話合わせるためだけに追っかけてる感じだけど。

 軽くため息をつく。箸でミートボールを摘む。持ち上げて、口に運ぶ。


『ところで皆さん、BLって知ってます?』


 ぽてっ

 ミートボールが、箸からテーブルの上に滑り落ちた。高岡くんと小野くんが驚いたような表情でわたしを見ている。おそらくわたしは今、とんでもない顔をしているのだろう。自分では見えないけれど、感覚で分かる。

『終業式のあれがあるからみんな知ってるかなー。わたし、実は、あの時演説した人と友達になったんですよ。それで一緒にサムデスのBL話でも盛り上がって、イベントにも行ったんです。わたしは十兵衛攻め武蔵受け派だけど、あの人は小次郎攻め武蔵受け派なんですよねー。あ、受けと攻めは分かります? 確か終業式で話してないですよね? 簡単に言うと入れる方と入れられる方って意味で――』

 莉緒ちゃんがBL話を滔々と語る。語りに合わせて、食堂に失笑が満ちていくのが分かる。わたしの背中から、聞き覚えのない男子生徒の明るい声が耳に届いた。

「昼間からホモの話すんなよなー」

 背後で大きな笑いが起きた。似たようなことが前にもあった。安藤くんと一緒に食堂でご飯を食べて、安藤くんのことを馬鹿にする発言が聞こえて、安藤くんは怒って出て行って、そして、それから――

「おい」

 高岡くんが立ち上がり、笑う男子生徒たちに声をかけた。

「お前ら、そのネクタイ、一年?」

「え、はい」

「終業式いたんだろ。オレ、最初に雛壇上がって格闘したやつだけど、覚えてる?」

「え? そういえば……」

「あれ見て、なんでそんな風に笑いものに出来んの? 何考えてんだよ」

 一年生たちが縮こまる。とりあえずこの場は高岡くんのおかげで収まりそうだ。だけど問題は、この場だけではない。

 わたしは立ち上がり、ざっと食堂を見渡した。この中に安藤くんと「同じ」人は何人いるだろう。いや、この中だけではない。全校放送だ。きっと校舎中、余すところなく、この雰囲気は行き渡っている。

「――ごめん」座って呆けている小野くんに、謝罪のジェスチャーをする。「ちょっと行ってくる!」

 小野くんが「は?」と眉をひそめた。わたしは放送室に向かって走り出す。走りながら、地面に横たわって目を閉じる安藤くんの姿を思い出し、息苦しさに胸がキリキリと痛んだ。

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