壊れよ世界(6)
まあ、今ならどこにだって行ける気がすることと人が見つかることは何の関係もないわけで、校舎をぐるっと一周してみたけれど安藤純はどこにも見当たらなかった。
大声コンテストが支配している校庭に戻るとは思えない。校舎周りにいないなら校舎の中だろう。ただそうなると、もうどこにいるかなんてさっぱり見当がつかない。おれは自力での探索を潔く諦め、昇降口の前で安藤純に電話をかけた。
「もしもし」
「もしもし、ちゃうわ。今どこにいるんや」
「教えたら来るでしょ」
「当たり前やろ」
「じゃあ止めとく。今度は何されるか分からないし」
ひどい言い草だ。だけど口調はどこか上機嫌。きっと、これでいいのだろう。おれたちは上も下もない、同じ悩める高校二年生なのだから。
「どこにいるか、当ててみなよ」
悪戯っぽい言い方に、なにくそと対抗心が燃え上がった。耳を澄まして電波の向こうの音を拾う。雑音は少ないから、人が大勢いる場所ではなさそうだ。あとは――
『冷蔵庫のプリン食べたの、わたしーーーー!』
校庭に向けていた左耳とスマホを当てていた右耳から、まるっきり同じ言葉が届いた。大声コンテスト。ということは、外。でも校庭でも校舎周りでもないなら――あそこしかない。
おれは校舎に飛び込み、階段を一目散に駆け上がった。やがて目的の場所にたどり着き、ドアノブを掴む。普段は入れない。だけど今日と明日は入れたはずだ。その記憶通り、いつもは閉ざされている扉が開き、眩い陽光がばあっと広がる。
屋上のフェンスにもたれかかっていた安藤純が、おれを見て軽く片手を挙げた。
「正解」
気障ったらしい仕草。おれはスマホの通話を切ってポケットにしまい、安藤純に歩み寄った。隣で同じようにフェンスにもたれかかり、二人そろって青空を見上げながら言葉を交わす。
「悪かったな。いきなりあんなんなって」
「いいよ。さっきも言ったけど、もっとすごいことされたことあるから」
「……あれより?」
「あれより」
「マジで何されたんや」
「秘密」
悪戯っぽい言い方から、安藤純が思い出を「大切なもの」フォルダに入れていることが分かる。だからおれは追求を諦めた。秘密と言うなら、秘密にするしかない。気になるけれど。
安藤純がフェンスから身体を起こした。ぎしりと鉄線の歪む音が辺りに溶ける。そしてフェンス側に身体を向け、遠くで盛り上がっている大声コンテストの会場をぼんやりと見つめながら、口を開く。
「今、僕が何考えてるか分かる?」
「分からん」
「明良に言われたこと、その通りだなと思って、謝りたくて、でも謝ったらまた明良を甘く見ている感じになりそうで、どうしたらいいか分からなくなってる」
夏の気配をほんの少し残した風が、ぬるりとおれたちの間を通り過ぎた。
「本当に見下してたつもりはないんだけどさ。ただ、自分でも気づかなかったけど、無理はしてたと思う。やりたいことじゃなくて、やらなくちゃならないことを先に考えちゃう感じ。でもそれって確かに、相手のこと信じてないし、対等だとも思ってないよね。だから、なんていうか――」
うなだれ、俯きながら、安藤純がぽつりと言葉を地面に落とした。
「ごめん」
――結局、謝るんかい。まあ、ええわ。そういう性分なんやろ。そんでそれは、お前がどういうことを考えて、どういう風に生きて来たかに関係しとんのやろ。その気持ちは分からんでもないわ。許したる。いや、そもそもおれが許すとか許さないとか言ってんの、おかしいんやけど。
「めんどくさいなあ」
空に向かって呟く。同じ呟きが、隣から届く。
「めんどくさいね」
おれは、笑った。頭の後ろから「それでは最優秀大声賞の発表をいたします!」という声が聞こえ、おれも安藤純と同じようにフェンス側を向く。司会の男がドラムロールの口真似で会場を盛り上げつつ、声を目いっぱいに張り上げた。
「えー、この回の最優秀大声賞はエントリーナンバー二番、九重直哉くん――の時に乱入したイニシャルA・Iくんです! これは文句ないやろ! 聞いとるか、A・I! 直哉にトロフィー渡しとくから受け取れよ! 逃がさへんからな!」
大きな笑い声が、風に乗って屋上に届いた。安藤純が楽しそうに「逃がさないって」とおれに話しかけてくる。そのからかい混じりの無邪気な態度に、心の奥の深いところを突かれ、思わず言葉が飛び出す。
「なあ、おれが何考えとるか分かるか?」
「分からない」
「やっぱおれ、お前のこと好きなやなあって思っとる」
頭ぐらい撫でようか。考えて、止めて、目も合わせずに言い放つ。
「純」初めての呼び方。「おれの前では、無理せんでええからな」
顔を見なくても笑っていると分かる声が、おれの鼓膜を静かに揺らした。
「アホ」
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