壊れよ世界(7)

 文化祭が終わった。

 ものすごいことが起きて、とんでもないことをしでかしたはずなのに、びっくりするぐらいしれっと終わった。秀則も、史人も、他のクラスメイトも、ちょっとからかわれただけであとは至っていつも通り。手元に最優秀大声賞の安っぽいトロフィーが残っているから夢ではないのだろうけれど、夢だったとしか思えないぐらいだ。

 おれのカミングアウトに一番強く反応したのは、なぜか前から知っている姉ちゃんだった。なんでもおれが大声コンテストの壇上にいる時、ちょうど友達と校庭をうろうろしていたらしい。「タピオカミルクティー吹き出したわ」と家に帰ったおれに絡み、部屋まで来てしつこく話を聞いて来た。

「で、明良は安藤くんと付き合うん?」

「知らん」

「知らん?」

「なんかそこ、曖昧になっとんねん」

「確認すればええやん」

「そんなんできるか」

「なんで」

「……怖いやろ」

「乙女か!」

 姉ちゃんが小気味良くツッコミを入れた。だけどすぐ神妙な面持ちになる。

「ま、それはええわ。それより、おとんとおかん、どうすんの」

 これが本命だ。姉ちゃんの真剣なまなざしが、そう語っていた。

「今はまだ伝わっとらんみたいや。でも、いつかバレるやろ」

「そやな」

「明良が言いにくいなら、私から言ってもええで」

「ええよ。おれから言う。これは、おれの問題や」

 強く言い切る。姉ちゃんが小刻みにまばたきを繰り返し、しみじみと呟いた。

「つよなったなあ。いじけて学校ズル休みしとったやつと同一人物とは思えんわ」

「まあな。頼りにしてくれてええで」

「うわ、むっさ腹立つ。殴りたいわあ」

 姉ちゃんがおれをおちょくる。おれはそれを余裕しゃくしゃくに受け止めて笑う。その通りだ。おれは強くなった。なんぼでも言え。そういう心持ちを態度で示す。

 そして、文化祭明けの初登校日。

 おれはまだ、オヤジにもおふくろにもカミングアウト出来ていなかった。チャンスが無かったわけではない。あった。唸るほどあった。だけどいざ言おうとすると、喉が詰まって、声が出なかった。

「行ってきまーす」

 朝食を食べ終わった姉ちゃんが、食器を片付けてリビングを出て行った。オヤジはもうとっくに会社に出ている。残っているのはテーブルを挟んで向かい合うおれとおふくろだけ。絶好のチャンスだ。だけどやっぱり、どうしても、言えない。

「明良」おふくろが、みそ汁の器を持ち上げながらおれに声をかけてきた。「体調、もう平気なん?」

 おれはこくりと首を縦に振った。「大丈夫」。そんな何でもない言葉すらつかえるようになっていることに気づく。おれは残っていた自分のみそ汁を飲み切り、「ごちそーさん」と小さく呟いて、食器を流し台に運んだ。

 ――なんだかなあ。

 何が強くなったや、アホ。過去の自分を貶しながら、スマホを開く。そしてブックマークに入れている純のブログをタップ。ちょっとした勇気的な何かを貰おうと、液晶画面を覗き込む。

 最新記事のタイトルが、おれの網膜をジャックした。


『彼氏が出来ました』


「――おふくろ」

 スマホをポケットにしまい、おふくろに声をかける。おれの方を向いて「どした?」と答えるおふくろに、力強く告げる。

「おれ、実はゲイやねん。そんで最近、彼氏が出来てな」

 抑えられない喜びを抑えず、おれはおふくろに満面の笑みを向けた。

「今度、紹介するから、歓迎したってや」

 おふくろが軽く眉をひそめた。それから淡々と、毒を吐く。

「もうええ年やろ。恋人のもてなしぐらい自分でせえや」

 確かに。おれは「そやな」と頷き、学生鞄を持ってリビングを離れた。それから玄関に行き、たぶん、今まで生きて来た中で一番元気よく「行ってきます!」と声を上げ、ふくらはぎに力を込めて外に飛び出した。

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