止まる世界(5)
文化祭、前日。
おれは風邪を引いた。正しく言うと、風邪を引いたことにして学校を休んだ。おふくろは間違いなく仮病を見抜いていたけれど、めんどくさそうに「明日は行き」と言っただけで、特に突っ込んでは来なかった。
とはいえ、別に休んでやりたいことがあるわけでもない。適当に漫画を読んだり、ゲームをしたりして、だらだらと時間を潰した。そのうち何気なく部屋の窓を開けて外を見ると、下校している近所の中学生が目に入り、もうそんな時間かと驚く。そろそろ姉ちゃんが帰って来て、夕飯を食べて、風呂に入って、寝て、明日だ。明日は二日間ある文化祭の初日。行けるだろうか。分からない。そもそも今日なぜ休んだかも、はっきりとは分かっていないのに。
――あいつがきっしょいホモ野郎なん、おれの知ったこっちゃないわ!
おれはなぜ、あんなことを言ってしまったのだろう。おれ自身がきしょいホモ野郎なのに。もしかしたら、だからこそなのかもしれない。おれはあんなやつなんかとは違うと、あいつを否定することで自分自身を守って――
――いや。
違う気がする。だって、あいつはみんなに好かれている。あいつを否定しても自分を守れないどころか、むしろおれが嫌われてしまう。それはおれの今の醜態が、はっきりと証明している。
あの時、おれが抱いていた感情はシンプルに「苛立ち」だ。それは間違いない。ではなぜ、おれはあんなにもイライラしていたのだろう。秀則と史人があいつの味方をするからだろうか。でも、おれはその前からイラついていた。だからあいつの恋心をコバリンにバラしたのだ。ざまあみろと溜飲を下げるために。
どうしておれは、そんなにもあいつにイラついていたのか。からし入りのたこ焼きを食わされたからというのが一つ。でもそれ以上に、おれは――
あいつがコバリンに褒められて、やたらと嬉しそうなのが、無性に――
ピンポーン。
思考が、インターホンの音に中断された。すぐに下の階からバタバタとおふくろの足音が聞こえる。そしてすぐ、今度は階段を上がって来る音が聞こえ、おれはあわててベッドの中に潜り込んだ。
ノックの後、おふくろがおれの部屋のドアを開けた。「明良」と呼ばれ、おれは気怠そうに答える。
「なんや」
「友達がお見舞いに来とるで」
「誰」
「あんたの友達なんかよう知らんわ。とにかく、下りてき」
「動くのダルいねん。あっちから来てもらってや」
「……しゃあない子やなあ」
仮病のくせになに言っとんやという呆れが露骨に見えるため息を吐いて、おふくろが部屋から出て行った。おれは仰向けになって布団を顎の下までかぶり直し、病人っぽさを演出する。やがておふくろともう一人がおれの部屋に近づいて来る足音が聞こえ、それが止んだ後、今度は会話がドア越しに届いた。
「ここです」
「分かりました。案内ありがとうございます」
――は?
聞こえた声に、自分の耳を疑う。おれはてっきり、秀則だと思っていた。昨日の揉め事をきちんと話すことで解消しに来たのだと。でも、違う。今の声。というか――
今の標準語は――
「……お邪魔します」
遠慮がちにドアを開き、安藤純が姿を現す。おれは病気ぶるのを忘れ、驚きに瞳孔を開きながら、熱いものに触れてしまった動物のように身体を勢いよく跳ね起こした。
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