止まる世界(3)

 直哉と街をふらついて家に帰ると、おふくろから今日は外食に行くと言われた。

 何でもファミレスのドリンクバーのタダ券の期限が切れそうらしい。おれは「ドリンクバーのプラスより外食のマイナスの方が大きいやろ」と言ったけれど、おふくろには「うっさい」と一蹴された。まあ、おれとしては外食で困ることはない。特に反論せず、話を切り上げる。

 やがてオヤジが帰ってきて、家族四人で歩いて近所のファミレスに向かう。外食なんていっても、食べるものと食べる場所以外は家の夕飯と同じだ。おふくろと姉ちゃんがぺちゃくちゃしゃべり続け、オヤジとおれはほとんど話さない。

 ――と、思っていた。

「明良」テーブルの向こうから、オヤジがおれに声をかける。「お前んとこのクラスに、おもろい転校生が来たらしいな」

 食っていたハンバーグが喉に詰まりそうになった。ふと見ると、オヤジの頼んだステーキが鉄板を残して綺麗に片付いている。大皿からおかずを取り続けられる家での食事と違って、外食は自分の分が食べ終わった時点で終了。話しかける暇が出来ることに、おれはようやく気づいた。

「母ちゃんに聞いたで。こっちなんやろ?」

 オヤジが右手の指を揃え、その甲を左の頬に当てた。使い古された「オカマ」のジェスチャー。おれは視線を落とし、ひき肉を噛みながらぼそぼそと答える。

「……せやな」

「仲ようしとるんか?」

「……まあ、そこそこ」

「どんな子なんや?」

「……別に、ふつーのやつ」

「女言葉しゃべったりせえへんのか」

「……しない」

「そっか。しかし最近、そういうん増えたよなあ。世の中おかしなっとるわ」

 味がしない。息が苦しい。オヤジ、別にあいつに興味ないやろ。おれと話したいだけやろ。だったら別の話題にしようや。おれ、その話、苦手やねん。頼むから――

「増えたんやなくて、昔からおったのが言えるようになってきたの」

 強い口調で、おれの隣の姉ちゃんが会話に割り込んできた。きょとんとするオヤジをにらみ、言葉を叩きつける。

「おとん、偏見多すぎやで。ゲイがみんな女言葉しゃべるわけないやろ」

「そうなんか?」

「当たり前やん。おとんみたいな見た目で、おとんみたいな性格で、好きになる相手が同性なだけっちゅうのがゴロゴロおるで」

「でも俺が好きなんは母ちゃんやぞ」

「聞いとらんわ!」

 姉ちゃんがはあとため息をついた。そして身体を少し前に傾け、続ける。

「おとんは、もし私がレズビアンやったらどうする?」

 心臓が大きく跳ねた。オヤジが目を丸くして、姉ちゃんの質問に質問を返す。

「お前、そうなん?」

「もしそうやったらどうするって話をしとんの」

「どうって言われても……なあ」

 オヤジが隣のおふくろに目線で助けを求めた。おふくろはドリアをよそったスプーンを中空で止め、淡々と答える。

「別にどうもせんわ。あんたはあんたの人生を好きに生きたらええ」

 放たれた言葉が、おれの鼓膜にちくりと刺さった。オヤジが腕を組み、おふくろの横でうんうんと頷く。

「ん、そやな。俺もそれが言いたかった」

「……調子ええなあ」

 姉ちゃんが小さく首を振り、ちらりとおれを見やった。おれは黙々と味のないハンバーグを食べ続ける。それからオヤジが「そや、お前」と姉ちゃんに受験勉強の話を振り、さっきまで威勢の良かった姉ちゃんがしどろもどろになって、ようやくおれの舌に味覚が戻ってきた。

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