止まる世界(2)
放課後、おれと直哉はいつもの公園に向かい、多目的トイレで一戦交えた。
終わった後はやっぱりいつものベンチで休憩。「あー、生き返るわ」とか言いながら煙草を吹かす直哉の横顔を眺める。どうしてこいつはこんなに自由なのだろう。羨ましくもあるし、恐ろしくもある。
「お前、こんなんしてええの?」
問いかけに、直哉は「ん?」と目を丸くした。何を言われているのか分からない表情。なぜ分からないのだろう。おれにはそれが分からない。
「安藤と付き合おうとしとるんやろ」
「セフレと恋人は別やろ」
「あいつはそう考えとらんかもしれんぞ」
「ならそう言われた時に考えるわ。だいたい、まだ付き合っとらんし」
少し肌寒い風が吹いた。秋の気配。直哉の吐いた煙が、静かに揺れる。
「実際、今どんな感じなん?」
「んー、友達以上恋人未満の友達寄りってとこやな。カムすればお仲間意識で行けると思ったんやけど、難しいわ。あいつ、たぶんなんかフェチ持っとるで。ショタコンとか、老け専とか」
「じゃ、どんな頑張っても無理やろ」
「そうとも限らんやろ。新しい扉を開かせればええ。策はあるしな」
「策?」
「文化祭で告る」
直哉の手から、煙草がはらりと落ちた。灰が地面に散らばる。ほんの少し赤みの残ったそれをローファーで踏みつけながら、直哉が続きを語る。
「文化祭の『大声コンテスト』、あるやろ」
大声コンテスト。野外ステージの上に立ち、マイクで叫びたいことを叫ぶ、おれの学校の文化祭の恒例行事。叫ぶ内容は自由だ。世の中への怒りをぶちまけるやつがいたり、自分の悩みをぶちまけるやつがいたり――誰かへの愛をぶちまけたりするやつがいる。
「あれで告ろうと思っとんねん。感動的やろ」
「めっちゃ目立つぞ」
「だからええんやろ。断りづらくて」
いけしゃあしゃあと言い放ち、直哉が新しい煙草に火をつけた。焦げつく刺激臭が煙に乗り、鼻から体内に潜って心臓をちくちくと刺激する。
「全く脈がないわけやないと思うしな。ブログにもよう書いてくれとるし」
「あいつ、ブログなんてやっとんの?」
「やっとんの。アドレス送ったるわ」
直哉がスマホを取り出して弄り始めた。まもなく自分のスマホにメッセージが届き、おれはそこに載っているURLをタップしてブログを読む。全体的にテンションの低い文章。日記というより、レポートといった雰囲気だ。
読み進めると直哉の言う通り、ちょくちょく「ゲイの友達」が出てきてやたらと褒められている。秀則も、史人も、名前は伏せているけれど見るやつが見れば分かる形でときどき言及されている。おれはタコパの時に「友達の家」という形で触れられただけ。一応、友達だとは思っているらしい。
「これ、ハンネなんて読むんや」
「『ミスター・ファーレンハイト』やって。純、QUEENっちゅうバンドが好きって言っとったやろ。そのバンドの歌詞から取ったらしいわ」
「ふーん」
直哉が「脈ありそうやろ?」と笑いながら話しかけてくる。その笑顔が妙に嘘くさくて、おれはなんとなく、本当になんとなくポロリと言葉をこぼす。
「なあ」息を吸う。「お前、本当に安藤のこと好きなん?」
ほんの一瞬、直哉の顔から笑みが消えた。
パラパラ漫画に一枚だけ真っ白なページを挟まれたような、そんな感覚。勘違いを疑いたくなるほどの刹那。へらへらと捉えどころのない笑みを浮かべ、直哉がおれに尋ねる。
「なんで?」
漂う煙草の臭いが、いきなり強くなったような気がした。気圧されている自分を感じながら、どうにか言葉を返す。
「なんか、勘違いしとるんやないかなと思って」
「どゆこと?」
「外国で日本人に出会って親近感覚えて仲良くなる、みたいな話あるやん。それとおんなじで、仲間見つけて嬉しいってのが強いんちゃう?」
「だとしても、それは『好き』でええやろ」
スバッと言い切られ、おれはぐうの音も出ずに黙った。直哉が一本目と同じところに煙草を落とし、グリグリと踏みつける。
「俺のことをいくら考えても、自分の気持ちは分からんぞ」
――うっさい、アホ。おれはあいつのことなんか何とも思っとらんわ。
威勢のいい言葉が頭に浮かぶ。浮かんだだけで音に出来ずに沈む。おれは行き場のなくなった視線を手元のスマホに移し、安藤純のブログをブックマークして、スマホをポケットにしまった。
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