変わる世界(5)
翌朝、教室に入ると、秀則と史人と安藤純がおれの席で談笑していた。
最近、朝はずっとこのパターンだ。席を使われているから無視することも出来ない。史人あたりが安藤純の地雷を踏んでそのまま仲違いしてくれないだろうか。おれが踏む方が現実的だけど。
「おはよう」
安藤純がおれに声をかけてきた。おれは「はよ」と席につく。机に頬づえをついて秀則たちと話す安藤純を観察しながら、一人考えを巡らせる。
――おれが、こいつのことを好き?
「昨日は大阪に来たーって感じだったよ」
「なら良かったわ。次は観光やな」
「秀則、USJ行こ。めっちゃ気になるイベントやってんの」
分からない。おれの気持ちではなく、直哉がなぜあんな勘違いをしたのか。今だっておれは安藤純に苛立ちしか感じていない。へらへら笑って、楽しそうで、腹が立つ。なにしれっと馴染んどんねん。お前は――
お前は、こっち側の――おれ側の人間やろうが。
「明良」
遠くから名前を呼ばれ、おれは声が聞こえた方を見やった。そして教室の出入り口に立つ直哉を見つける。直哉はおれと目が合うとそのまま教室の中に入り、おれたちの近くまで真っ直ぐ歩いて来た。
「おはよう」
安藤純の挨拶に、直哉は「おはよーさん」と挨拶を返した。そしておれたち全員をぐるりと見回した後、安藤純に視線を合わせて口を開く。
「俺、純に言いたいことあってな」
「なに?」
「実は、俺もゲイやねん」
教室の雑音が、一気にボリュームを落とした。
安藤純が自己紹介をした時と同じだ。たった一言で場の中心を自分に引き寄せた。そして言葉を失う周囲に対し、失わせた当人はマイペースなのも、また同じ。
「だから気になってたんよ。タコパ参加したんもそういうこと。そんで昨日、純を見とったら、俺も自分らしく生きたい思ってな。隠すの止めることにしたわ」
直哉が右手を安藤純の前に差し出した。直哉らしくない無邪気なはにかみを見せながら、照れくさそうに告げる。
「これからもよろしく頼むわ」
安藤純が直哉を見つめる。いつになく真摯な目つき。特別な意味を持った特別な視線。それがやがてふっとゆるみ、安藤純が直哉の右手に自分の右手を重ねる。
「うん。こっちこそ、よろしく」
安藤純と直哉が微笑みを交わす。そして直哉は「じゃ、また」とおれたちに背を向け、教室から出て行った。史人が頭の後ろを掻き、困ったように呟く。
「なんや、色々めちゃくちゃやな」
めちゃくちゃ。――そう、めちゃくちゃだ。おれの生活が、心が、安藤純によってめちゃくちゃにされていく。秀則に、史人に、姉ちゃんに、ついに直哉まで。ふざけんな。
立ち上がり、教室の出入り口に向かって駆け出す。
背後から秀則が「明良!?」とおれを呼んだ。だけど、無視をする。教室を飛び出し、直哉のクラスまで走る。ちょうど自分の教室に入ろうとしていた直哉の肩を掴み、「おい!」と声をかけて振り向かせる。
「なんや」
「ちょっとツラ貸せや」
「俺、クラスのダチにもカムせなあかんし、忙しいんやけど」
「ええから!」
直哉の腕を掴み、強引に引っ張る。どこか人気のないところ。考えて、最初に直哉がおれを呼び出した体育倉庫の裏に思い至った。外に出て、おれが直哉を先導する形でそこまで連れて行く。
狙い通り、体育倉庫の裏に人は誰もいなかった。直哉を倉庫の壁側に追いやる。へらへらと人を小馬鹿にしたように笑いを浮かべ、直哉がおれをからかった。
「壁ドン?」
「するか。お前、なに考えとんや」
「なにって?」
「さっきのに決まっとるやろ! めんどいボケかますな!」
「自分らしく生きたくなったって言うたやん」
「お前そんなキャラとちゃうやろ!」
「お前が俺のキャラを勝手に決めんな。おかしいやろ」
反論できず、おれは言葉に詰まった。直哉がズボンのポケットに手を突っ込み、背中を体育倉庫の壁に預ける。
「ま、お前の読みも当たっとるけどな。いっちゃんデカいんは純に近づくためやし。カムせんと純とつきあう資格が手に入らんからな」
「資格?」
「純はこそこそしたないからカムしたんやろ。なのに隠しとるやつと付き合ったら、またこそこそさせてまうやん」
言い分が、現在進行形でこそこそしているおれの胸に深く刺さった。それを察してか直哉がフォローめいた言葉を吐く。
「別に隠すのが悪いとは言わんけどな。俺も親バレしとらんかったら、たぶんこうはせんかったし。ただ――」
直哉が壁から身を起こした。いやに真面目な顔つきでおれを見やる。
「自分らしく生きたくなったのも、まるっきり嘘やないで。お前も考えたことぐらいあるやろ」
返事を待つように、直哉がおれを黙って見つめ続ける。返事ができず、おれは黙って直哉から目を逸らす。やがて直哉は何かを諦めたように首を小さく横に振ると、おれから離れ、背中を向けたまま置き土産の言葉を放った。
「3P路線に切り替えて欲しくなったら言えや。検討したるわ」
誰が切り替えるか、アホ。そんな簡単なツッコミが喉につかえる。やがて直哉の足音が聞こえなくなり、チャイムが鳴っても動くことが出来ず、おれはホームルームをサボってから教室に戻った。
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