変わる世界(2)
どうしてこうなる。
直哉、秀則、史人、そして安藤純を我が家に案内する道中、おれの脳内にはひたすらその言葉がリフレインしていた。直哉は秀則と史人のことを知っているし、秀則と史人も直哉のことを知ってはいる。ただそれでも、おれは今まで直哉と他の友達を近づけるような真似はしなかった。裏の顔と表の顔は使い分けたかったから。それが、なぜこうなる。どうしてこうなる。あの転校生のせいで、おれの日常が変わっていく。
「じゃあ、九重くんと五十嵐くんはゲーム仲間なんだ」
「せや。安藤クンは格ゲーとかやる?」
「やるよ。東京に幼馴染がいるんだけど、そいつが格ゲー好きで、付きあわされてるうちにやるようになった」
「じゃあ今度一緒にゲーセン行こうや。なあ、明良」
「……そやな」
雑な返事。直哉は気にすることなく、話題を別のところに移した。秀則や史人も話に混ざり、すっかり安藤純含めて昔からの友達みたいな雰囲気が出来上がっている。お前ら、おれの友達やろが。なんでおれがハブやねん。しばくぞ。
家に着いた。玄関に姉ちゃんのローファーがあるのを見て憂鬱になる。安藤純をあのデリカシーを天竺に置いて来た女と会わせたくない。どんな発言が飛び出すか、考えるのも恐ろしい。
どうか自分の部屋にいてくれ。おれはそう祈りながらリビングの扉を開けた。祈りは天に届かず、ソファに座る姉ちゃんが背もたれに身体を預けて「おかえりー」と声をかけてくる。
「えらい大所帯やん。なんかやんの?」
「タコパ。邪魔やから出てけや」
「はいはい。言われんでも出てくわ。アホ」
姉ちゃんがソファから立ち上がった。そしておれたちとすれ違う直前、ふと足を止めて安藤純をじっと見やる。マズい。
「知らん顔がおるなあ」
「別にええやろ。弟の友達、全部把握しとる方がおかしいわ」
「あ、僕、最近こっちにやってきた転校生なんです。よろしくお願いします」
安藤純が頭を下げた。姉ちゃんの瞳が分かりやすく輝きを増していく。くそっ。認識された。
「じゃあ噂の安藤純くんって君なん?」
「噂なんですか?」
「そらそうやろー。えらい根性すわった転校生が来たって有名やで」
姉ちゃんが安藤純の背中をパンと叩いた。叩かれた安藤純は怯えたように肩を竦ませる。ああ、初手カミングアウトのお前でも姉ちゃんは無理か。そらそうやろうけど。
「頑張りいや。私も、明良も、応援しとるで」
おれは応援しとらんわ。そう言い返す間もなく、姉ちゃんがリビングから出て行った。安藤純がどこか困惑した様子でおれに話しかけてくる。
「なんていうか……元気なお姉さんだね」
「素直にぶっとんだ女って言うてええで。さっさと始めようや」
「そういえば、材料とか買わなくていいの?」
「ある」
短く答え、おれはキッチンに向かった。おれがガスコンロの下の棚からたこ焼き用のホットプレートを出してテーブルの上に運んでいる間に、直哉たちがタネ用のボウルや具材用の器を並べて準備に入っている。さすが、何度も我が家に来ているだけあって手慣れたものだ。戸惑っているのは、安藤純のみ。
「九重くん、何すればいいか教えてくれないかな」
「ゲストやし座っとけばええよ。あと、その九重くんっちゅうの止めようや。こしょばいねん。直哉でええよ」
「こしょばい?」
「くすぐったいっちゅうこと」
「あ、俺も秀則でええよ」
「俺も史人でオッケー。ちょっと呼んでみ」
「えっと……じゃあ、直哉、秀則、史人……」
安藤純がおれの方を向いた。真っ直ぐにおれの目を見据え、大きく口を開く。
「明良」
血管が、ほんの一瞬、激しくうねった。
とてつもなく大きな、正体不明の感情が、おれの中で火花のように生まれて泡のように消えた。怒り、苛立ち、戸惑い――いや、止めよう。考えなければそのうち忘れる。
「おれは、呼んでええって言うてへんやろ」
ぷいと顔を逸らす。直哉が「マジちっさ」と聞こえよがしに呟く。おれはものすごく噛みつきたくなったけれど、面倒なことになるのが目に見えているので、黙ってホットプレートから伸びる電源ケーブルをコンセントに繋いだ。
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