変わる世界(1)

「じゃあ安藤、ホンマに大阪経験ゼロなんやな」

 弁当の卵焼きを口に運びながら、おれの友人の稲葉秀則がそう口にした。同じく友人の原史人が「それでよう転校してきたなあ」としみじみ呟く。そして、いつの間にか友人ということになってしまった安藤純が、パンをかじりながら答える。

「まあ、出たとこ勝負でいいかなと思って」

「はー、度胸ありすぎやろ。明良も見習えや」

 史人から話を振られ、食っていたミートボールが喉に詰まりそうになった。おれがこいつの度胸を見習う。――冗談。

「なんで」

「だって明良、ビビりやん」

「五十嵐くん、そうなんだ。あまり見えないけど」

 イガラシクン。けったいな呼び方すんな。あんまナメとると犯すぞ。

「ビビりちゃうわ」

 わざとらしく弁当箱の米を掻き込む。狙い通りに話が逸れ、安藤純がまた秀則や史人と談笑を始める。和やかで、健全で、イライラする。

 最初に安藤純に声をかけたのは、秀則だった。

 子だくさん家庭の長男として生まれたせいか、秀則はやけに面倒見が良い。だから秀則が「転校生くんと昼メシ食おう」と言い出したのも、だいたいのことはノリでOKする史人が「ええよ」と同意したのも、別に意外ではなかった。意外ではなかったけれど、イヤではあった。わざわざイジメるつもりはないけど、おれらのグループに入れることはないやろ。そう思った。言えなかったけれど。

 転校から一週間。おれの予想を裏切り、安藤純はクラスのみんなと急速に打ち解けている。特に女子から話しかけられることがやたら多い。史人に「モテモテやなあ」とからかわれた安藤純が「女の子にモテてもね」と答えた時、おれは無性に腹が立った。そんな簡単にネタにすんな、と。でも史人は「そらそうや」と腹を抱えて笑っていた。

「そういえば関西の人ってみんな家にたこ焼き器あるって聞いたんだけど、本当?」

「安藤、そういう決めつけはあかんぞ。関西人だって色々なタイプがおるんや。まあ、うちにはあるけど」

「そやな。安藤も『ゲイはみんな』みたいな言われ方したらイヤやろ。まあ、うちにもあるけど」

 ああ、ほんまイライラする。いっそおれが出て行ってしまおうか。こいつと仲良うするならおれは抜けると。いや、さすがにそれはダサすぎ――

 パン!

「ノれや!」

 史人がおれの頭を叩き、ツッコミを入れた。――うっさい。なんでこいつのためにボケてやらなあかんねん。お前も犯すぞ。おぼこすぎて、ぜんぜんタイプとちゃうけど。

「そや、安藤。今日タコパしよ」

 唐突に、秀則が呟いた。安藤純が「え?」と目を丸くする。

「タコパ。たこ焼きパーティー。知らん?」

「知ってるけど……今日?」

「こういうのは後回しにするとやらんからな。学校終わったら明良んちでやろ」

 明良んち。いきなり会場指定され、おれは慌てて口を挟む。

「なんでおれんち?」

「タコパはいつもお前んちやろ。なんか予定でもあんの?」

 ない。断る口実も思いつかない。詰んだ。

「そういうわけやないけど……」

「ならええやん。史人は?」

「オッケー」

「安藤は?」

「じゃあ、行かせてもらうよ。ありがとう」

 安藤純が嬉しそうに笑う。――やめろや。おれが悪人みたいやろ。

「ちょっと、トイレ行ってくるわ」

 席から離れ、教室を出る。トイレの個室に入り、便器に腰かけてため息をつく。この感じ、もしかして卒業まで続くのだろうか。勘弁して欲しい。そんなことを考えながらスマホを取り出し、ふと、LINEに新着メッセージが届いているのを見つける。

『今日、やろう』

 直哉。送信時間は五分前。もう少し早く読めていれば「別の友達と遊ぶ用事がある」と言えたのに。惜しいやつ。

『今日は無理』

『なんで?』

『予定あんねん』

『なに?』

『転校生くんとタコパ』

『めっちゃ仲良しやん』

『ダチが勝手に決めただけや』

 よどみなく届いていた返事が、そこで止まった。そろそろトイレを出ようと形だけ水を流して立ち上がる。そしてスマホをポケットにしまおうとした瞬間、新しいメッセージが届き、おれはその手を中空で止めた。

『なあ』

 短い呼びかけ。それから、本題。

『それ、俺も行くわ』

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