幻想使い

 伊藤はカジュアルな服装がお気に入りだった。チェック柄を愛していてからこそ着こなす。足が長いから似合わない服がなかった。そして、ハムスターをもしたキャラが好きらしい。ゲームセンターに寄ったら取り憑かれ、百円を浪費する。見るに耐えきれず参加した。二人合わせて千円も使い、キーホルダーを取る。持っているカバンに装着していた。


「ゲーセンのフィギュアって要らないよね」

「いや、これは沙織との思い出です。絶対気に入ります」

「気に入りますって何」

「気に入るんです!」


 雑貨屋に入るとアジア系の小物入れが売られていた。その商品が私を呼ぶけれど、財布の口は固い。


「沙織ってインドー! な小物好きなんだね」

「適当に捉えてるね」

「真剣に見てるよ」

「ふーん」


 お小遣いまで切り詰める。その覚悟で買い物をした。


「意外だった。沙織がアジア系の小物が好きなんだって」

「私は伊藤さんに好きなものがあったことに驚き」

「なにそれ傷つくー!」


 携帯の時間を確認した。もう少しで6時が終わってしまう。つまり、伊藤と別れることになる。


「もう時間?」

「その前に喫茶店よろうよ」

「うん。足ヘトヘト」


 彼女は楽しくなると言葉が幼児になる。擬音が増えて、ものを持たせようと甘えてしまう。根本の意地汚さがなければ愛嬌かもしれない。しかし、私は彼女の闇を熟知している。

 集合した場所から近い喫茶店に来た。喫煙席以外は開放的で居心地がいい。彼女の飲みたいものを聞いてから席を取ってもらう。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 伊藤は喫煙席の隣に決めて、壁側に荷物を固めていた。


「沙織ありがとう」

「ねえ、伊藤さん。実際は何まで覚えているの?」


 注文したカフェモカを一口だけ飲み込んで答えた。


「何も覚えてない」

「突き詰めた質問するね。家族のことは?」

「別々に暮らしているし、連絡も取ってない。わたしがお母さんを怒らせたから」

「怒らせた?」

「悪いことした。一生許さないと思う」


 自分のことは何も覚えていない。それに繋がる家族さえ忘れている。つまり、彼女は親戚の管理人だけが見知った人だ。


「そういえば。お金ってどうしてるの」

「管理人さんの紹介で日雇いとかしてる。今日も遊ぶために貯めてた」


 店内は軽快なジャズが流れている。他の客は雰囲気に乗せられて余計なことを口走ったり、笑い声が大きかったりした。


「今日は笑った。こんなに遊んだの久しぶり」


 その指がコップを滑らせる。手のひらにテーブルをこすり付けた。


「貴方を虐めてたんだよね」


 顔を見られなかった。自分の望んでいた顔があるのに、手が震えている。


「あ、二人から聞いてないよ。自分で導いた。ほら、いじめのこと聞いてきたし」


 顔を上げる。彼女は臆せず背筋を真っ直ぐにしていた。

 私の態度が答え合わせになる。二度も彼女から逃げ、後ろめたい話で前にたとうとした。


「わかってて、遊びに乗ったの?」

「一言伝えることがあってきた。思ったよりも楽しくてダメだった」


 自分と私の飲み物をテーブルの済みに移動させた。テーブルの中央に手をついて、頭を下げる。


「ごめんなさい」


 違う。

 私が予想した道程より迅速に解決してしまった。たとえ皮だけの人でも復讐したい。そのために、時間が経過して絶望させるつもりだった。もう正論を吐かれ、空っぽな私は映し出される。


「貴方を嫌な気持ちにさせた。ごめんなさい」

「違う!」


 彼女の行動を拒絶した。

 その時、霧が立ち込める。やがて、人の目が私たちから離れていき、席を立つ。


「え、これって」


 麻衣が帰り道で襲われたけど、このショッピングモールでも始まってしまった。


「スーシャ?」

「沙織。逃げよう」


 喫茶店から通路に逃げる。入口は霧で封鎖されて身動きが取れない。次の道さえ判断がつかない。スマホの電波は生きているが、電話機能だけ不可能だ。


「うあああ!」

「叫び声がした」


 伊藤は耳をそばたてる。眼球を広げ、首を回す。そして、駆け出した。


「ち、ちょっと。どこに行くの!」

「助けに行かきゃ!」


 もう分かってしまった。

 伊藤は世界で正しい人だ。正義が許された側の人間にいる。私に失望しないし、電車は相手に席を譲らせる度量があるはずだ。

 何もかも劣っている。いじめっ子に負けてしまっていた。

 それでも残されたのは僻みしかない。


 二人は現場に到着する。2階おもちゃ売り場の前だ。そこは倒れた三橋翔と幻想使いが透明な男子と対峙している。


「三橋くん!」

「この男をフードコート側の道路からでろ」


 彼は体をうつ伏せにして這って進む。透明な男子は逃避を許さないのか先回りされた。


「分かりました!」


 迅速な彼女は翔を赤子のように抱き上げた。その後で敵に背中を向ける。

 幻想使いは目を男に奪われた幽霊に片足で片付ける。伸びた足は腹部に吸い込まれ、敵の身体はバネが仕込まれたように跳ねた。


「久しぶりだな」

「幻想使いさん。助かりました」

「今から問題だ。スーシャはお前たち3人から指輪を奪おうとしている」


 ショッピングモールはスーシャ領域と変貌したわけではない。フードコート側の通路から逃げられるようだ。


「沙織。逃げる前に渡すものがある」

「は、はい」


 煌めく宝石が放物線を描いて落ちる。掌を丸めてくっつけた。それは宝石じゃなく、私の指輪だ。


「お前の指輪だ」

「返してなかった……」

「それは自分で返せ」


 幻想使いは帽子を深くかぶる。ポケットに手を突っ込み、片足に重心を預けた。


「沙織の願いは何だ」


 伊藤葵は私が出来なかったことを叶えている。平等に正しく、優しさを分け与えていた。だったら、なんで私を虐めて喜ぶ。どうして、私のことを嫌ったくせに、同じことをしている。


「私は、伊藤を貶めたい」


 身体が浮いた。臓器が持ち上がり、身体が落下していると気付かされる。落ちているとわかって、慌てようとして、地面に当たりそうになった。風が吹いて尻から一回に降る。


「どうしようもない女だな。なぜ彼女のことがわからない。お前の過去は悲しかったし、同情されるべきだ。でも、それが続いて何になる」

「あ、あなたに何がわかるんですか! 受けた苦しみを自分以外で決めるな!」

「五十嵐沙織は両親よりも知っている。だから、こそ突き放す」


 寒気がして、横を向く。透明な体を持つスーシャが浮いていた。


「彼女が誰なのか見極めろ」


 スーシャが襲いかかる。麻衣みたいになりたくない。私は走れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る