五十嵐沙織の企み

 私はショッピングモールで伊藤が来るのを待っている。金曜日に伊藤から連絡があり、遊びに誘われてしまった。彼女を絶望させるためにイジメを連想させたいが、何事にも順序がある。まずはイジメを関連した話題でも出して、彼女の中にある良心を信じることにした。集合は昼の12時で、夕方には解散する。

 遊ぶ場所は大型のショッピングモールだ。先月に改装工事を終えたから、休日を満喫したい人たちで賑わっている。そして、ここは巨大な施設だからエリア分けしてあり、駅から近い左側のエリアの入口に立っていた。この場所は学校の最寄り駅から十分で到着できるから、道に迷わないはずだ。


「あ、五十嵐さーん」


 集合時間十分前に歩いてきた。服装は黒を貴重にしており、また動きやすそうだ。短パンが似合っている。


「ごめん。待った?」

「大丈夫。ご飯食べた?」

「朝も食べてない」

「先に昼を済ませようか」


 フードコートまで私たちは歩いた。その間に伊藤は美佳たちと話したことを明かす。連絡先も彼女らに教えてもらったようだ。


「信じてもらえたってことかな。うれしい」


 エスカレーターの先頭に立つから、彼女は身長が低く見える。上目遣いで笑ったのか歯を見せた。


「あのふたりは良い人」

「うん。コンビニ弁当を心配されちゃった。美佳さんは手作り弁当なんてお洒落だね」

「母さんが入院しているから家事を任されてるんだって」

「美佳さん偉いね」

「何か手伝いが出来たらいいんだけど」


 話しているうちにフードコートへ到着した。日曜は家族連れや学生で溢れている。その中をかき分けて椅子を確保した。


「私はとんこつラーメン食べる」

「え」

「ダメだった? 私、とんこつラーメンが好きなんだ」

「ダメじゃないけど」


 彼女といたら気が抜ける。伊藤は警戒しないから不釣り合いだ。まるで、今から気を落とそうとする私が悪人だった。

 注文をお互い済ませ、椅子に座る。店内は改装されたばかりで清潔感がある。フードコートなのに、食いかけが落ちていない。


「五十嵐さんはローストビーフ丼なんだ! 美味しそう」

「テンション高いね」

「うん。だって五十嵐さんと遊べてるもん」


 私の注文したベルがなる。彼女に断りを入れ、注文を取りに行った。人通りの多い通路を歩く。ある女子が目に入る。

 髪は耳にかかるほどの短髪で、黒目が小さいから睨まれているようだ。肌は黒く焼け、スカートを履いていることから女子は確定かもしれない。また、歯が尖っている。


「なんだ。私を見るな」

「ご、ごめんなさい!」


 用意された丼物を手にする。そうして、私は自分の机に戻っていく。すると、ある男性が私の席に座っていた。


「あんたは……」

「よう。邪魔したな」


 世界を変える集会に参加していた。三橋と呼ばれる男子だ。ヨークの説明を受容している1人。


「何の話をしていたの?」

「いや、特にしてねぇよ。買い物中に見えたんでな」

「いえいえ」


 三橋は腰を上げ、首を鳴らした。


「ただ友人が来ねぇんだわ。少しだけ話してもいいか」

「五十嵐さんが良いって言ったら許します」

「別にいいですよ」

「五十嵐さん……」


 三橋は席を近くから引きずった。彼は私たちと違うクラスに所属していて、友人もそれなりにいるらしい。


「俺の名前は三橋翔(みつはし かける)。あの三橋家の一人息子だ」


 この街を都市開発で騒がせている家だ。金は十分に溜め込み、貧困の街を改装しようとしている。


「なら、三橋陽縁さんの弟さん?」

「そうだ。あ、御冥福とかいらない。俺はあんまり仲良くさせてもらえなかったし」

「仲悪かったの?」

「まあ、金持ちは色々あるんだわ」


 嫌味を言い、目横にシワがより和ます。翔から話しに爽快な風を感じる。まるで人を気遣っているようだ。

 そこで都市開発のことを思い出した。麻衣よりも正確なことを教えてくれそうだ。


「都市開発って何してるの?」

「五十嵐さん、そんなこと聞かなくていいよ」

「伊藤葵さん落ち着けって」


 都市開発の対象は貧困で治安の悪い地域に限られている。そこに新しいマンションを立てることにより、地域を風通し良くすると言った。


「まあ、子供だからごまかしも言ってんだろうけどな」

「いいことに聞こえるね」

「既に住んでる奴らは溜まったもんじゃねえけどな」

「ああ、そうか」

「ま、オレは資金提供の三橋なんて継がねえから分かんねえや!」


 彼の話に興味が尽きなかった。私の知らない世界を舞台にして、金持ちの恥エピソードを暴露する。その後、何かあったら助けてやるよと連絡先を交換した。その間も伊藤は叱られた子供みたいに黙っている。


「あ、そろそろ時間だ。邪魔したな」

「うんうん。じゃあね」


 彼の背中が遠くなっていく。男子の割に怖くなかった。


「ねえ、ナンパですよ」

「どうしたの伊藤さん」

「あんな男に騙されちゃダメです。どうせ五十嵐さんを食ってやろうって魂胆です!」


 両手の爪を出し、ライオンの真似をしている。周りの目が痛くないのかな。


「はいはい。気をつけます」

「こんなはずじゃなかったのに……、こんなはずじゃ」


 私は二人でご飯を食べることにした。彼女はラーメンの汁を盛大に振りまいて、黒い服にシミ付ける。まるで大きな子供だ。


「伊藤さん。汁ついてるよ」

「あ、ありがとう」


 私はティッシュを渡したら、そこを丹念に拭いた。


「なんか馬鹿らしくなってくる」

「五十嵐さん、私を馬鹿にしてますね」

「伊藤ってこんなガキっぽかったんだ」

「あ……」


 名前呼びしてしまった。


「貴方の知る伊藤はしませんよね。変なことしました」

「なんで謝るの」

「なんとなく、私の喜ぶ姿みたくないかなって」

「何に怖がってるの」


 伊藤は何かを理解している。でも、聞き出す勇気がない。


「そうだね。い、五十嵐」

「……」

「……」

「沙織って名前だけど」

「さ、沙織。今日は乗ってくれてありがとう」

「まだ始まってもないよ」


 私の丼物はすっかり冷めていた。口に入れても冷たい肉が残るだけ。

 伊藤はラーメンを一滴残らず食した。私よりも先に完食したけど、携帯も触らずに壁を見回したり時間を潰してくれる。

 決意がゆらぎそうで、口の中を飲み込む。

 私は怒りを原点にして付き合っている。いじめを言うのはまだ早い。

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