スーシャは襲う

 世界を変えられる集会の一回目が終了し、夕焼けがいる間に帰ろうとした。

 靴箱で履き替えて、外の空気を浴びる。


「沙織」

「麻衣、まだいたの?」

「うん。心配になって」


 過剰に桂木を警戒している。伊藤と話した後だから、その優しさは心にしみる。私と麻衣は一緒に帰ろうと決める。


「美佳は彼氏とデートするんだって」

「仲睦まじいね」

「その指輪、何?」

「拾った」


 伊藤から指輪を渡されてしまった。その形状は赤色の宝石を模したオモチャで、親にせがんだことがある。

 この玩具を捨てることはできる。なのに、落としたら全てを失いそうで離せない。このガラクタが私の願いを叶えてくれるのか。話だけでは受け入れにくい。それに、スーシャという存在も気になる。

 私含めふたりは階段を下って駅まで進む。学校の帰り道は住宅街を過ぎたら高架線の下を歩く。自転車がライトを付けず走行するから、暗さで対面がわからない時がある。その場者に私たちは踏み入れた。


「あれ?」


 麻衣は前方を指さした。釣られて指の先を追う。


「え?」


 白い髪の男子が立っていた。前髪は瞳が隠れるほど長い。身長は小学高学年ほどの大きさだ。彼は上下とも白で生きていると思えない。服の袖に泥の跳ね返りも付けずに裸の足で歩いてきている。


「知り合い?」


 瞳は見えないけれど、粘ついた目線が私たちに逸らさない。私が右に歩けば右に行き、左だと追従してくる。

 そして、周りに人影がない。この通りは帰宅途中のサラリーマンや私と同じ学生が通行しているのに、霧が濃くなって道の先が判明しなかった。


「なんかやばくない?」


 男子は歩いてくる。私は足が震えて動けなかった。


「え、何なに」


 左肩が持ち上がる。麻衣が私の体を引っ張った。顔が引きつっている。


「沙織、逃げよう!」


 麻衣の姿が消えた。後ろにはいない。上を見、下に目を移す。

 彼女が手足を伸ばしてうつ伏せになっていた。伸ばした指が痙攣している。


「麻衣?」


 立ち上がった。瞳に生気はなく、死人のような印象を受ける。胸部から両手にかけて、波のように呻いている。身体全体が海のようにのたうち回る。それでもなお、立っていた。これでも麻衣と呼べるのだろうか。


「え、え?」


 私は力が抜けて倒れてしまった。膝が震えて脱力している。友人の変貌に心が整理できていない。

 今は何が起きているのだろう。


「スーシャは初めてじゃないだろ」


 彼女の体から男子の声がした。すると、その頭上に大きな四角が浮上してくる。四角の中はくり抜かれたように景色の外が映っていた。麻衣の頭は四角の欠片を頭に乗せ、体が馴染むのを待っている。


「ど、どうしよう。どうして」

「お前は自分のことしか見えていないクズだ。人間のフリをして友達と過ごすなよ。お前は永遠と怒らなければならない」


 頭の中で電気が弾ける。スーシャ、指輪を強奪してくる敵の存在。あの透明な男子が指輪を奪おうとする人間だ。


「指輪を持つものを狙えるチャンスだ。速攻で潰さないと面倒な手段に出る」

「……」

「お前は願いもなしに来たのか。まあ、指輪はお前を守るためにあるからな」


 彼女の身体で暴れる化物が存在したが、やがて抵抗は終わってしまう。四角い輪っかは大きさを小さくした。


「スーシャは手加減をしない。どの場所にも現れて指輪を奪ってやる。お前達には相応しくないからだ」


 頭の四角が縮まって、三角形になった。それは風船のように膨らみ、破裂した。そこから同じ男子がスーパーの魚みたいに力なく落ちる。


「じゃあ、一つの可能性食べます」

「そこまでだ」


 後方から強い風が吹いてくる。霧は背後から風に乗せられ、かき消されていく。頭上を通過したのは健康的な足。ジーンズとパーカーの紐がある。


「幻想使い登場」


 その足は麻衣の腹部に吸い寄せられる。その後、彼女の身体から透明なところが後ろに吹っ飛ばされた。壁、床、天井に跳ねている。


「貴様!」

「初めましてスーシャ。今回は私が相手になるよ」

「グッ、来てしまっ……」


 跳ねた体は床に砕け、手足の先から粉々になっていく。「アンインストール」と叫び、スーシャは姿をばらばらにした。

 その場には静けさと、冷静さを失った私がいる。


「やあ五十嵐沙織」

「わたしの名前?」

「これが世界を変えるということだ。降りるか?」

「私には、無理です」

「それも一つの道だ。でも、指輪を手放すまで敵は追いかけてくる」


 指輪をポケットからだし、彼女に届けようとする。幻想使いは手を重ねて指輪をはめる感触がした。


「指輪は受け取った」

「もう、たくさんです。友人が痛い目にあうなんて知らなかった」

「あの教室は周りを犠牲にしてまで変えたいものが集まる。だから手紙は願いを叶えるシステムを作り、君たちにチャンスを与えた。君が世界に訴えたい主張はなんだ」

「私の、願い」


 親孝行をやってみたかった。心配な友達という枠組みから脱したい。彼氏がいなくても見下されないようになりたい。

 虐めた人を同じ目に遭わせたい。過去の経験が怒りに変わり、私の中で煮えたぎるものがある。

 気付くと幻想使いは立ち去っていた。

 麻衣は数秒たって起き上がる。彼女は何も覚えていないようで、スカートに汚れがついたと愚痴っていた。

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