スーシャは語る

 翌日になり、美佳となにげなく登校した。昼休みになり、教室で弁当を出す。友達と机をくっつけ、話の勢いが落ち着いた。ここでやっと話題を切り出せる。話せる勇気が満たされた。


「麻衣、伊藤葵ってどんな人か知ってる?」

「ただ誰からも好かれていない様子だが嫌われてもない。成績も目立たないランキングだった。美人なのに彼氏はいない。私の見立てでは両親とは離れて暮らしている」


 想像以上に長けている。彼女の情報網は侮れない。


「しかし、なんで聞いてきた?」

「昨日ちょっと話したんだ」


 麻衣の目が輝く。知的好奇心を刺激されたようだ。


「なにを話した」

「ただ馬鹿にされた。彼女は記憶喪失だってよ」

「記憶喪失か。なら、納得が行く」


 パンを置いて腕をくみ出す。周りはやれやれといった調子で会話に入ろうとしない。


「彼女は自分のクラスや名前を忘れたりした。極めつけは『先生、私の家はどこですか』だ。たまたま聞いた私は掌握したくなったんだ」

「だから詳しかったんだ」

「沙織は記憶喪失じゃないと断定できる理由はなに?」

「それは、ないけど」

「沙織、気をつけろよ」

「え?」


 桂木が手紙を持つものを嗅ぎ回っている。特に黒髪で眼鏡をかけた人に行くなと伝えてほしいクラスメイトが伝言を頼まれたようだ。


「そんなことがあったの」

「今の桂木は冷静じゃない。気をつけなよ」

「うん」


 その後、麻衣はパンを平らげてサバイブ速報の近況を報告してくる。都市開発の話や他国の争いごとで惹かれていく。

 私と麻衣の友人は彼女の雑談で昼休みを潰した。

 やがて昼休みは終わり、授業が始まる。


「ついに、今日が集会か」


 五限目の授業は眠っている男子が多い。教科書を層にして、携帯を隠す人や爪をいじる人もいる。そのなかで、私は引き出しから手紙を取り出した。


『世界を変えられる力があります』


 この宛先不明の招待状は三日前に届いた。通常の状態ならゴミ箱に捨てるか、親に相談する。しかし、私は世界を変えられるという言葉に強い興味を抱いた。世界を変えられる順番が来る。浮かれる気持ちを引き締め、桂木の忠告を思い返す。黒髪で黒メガネは私のことを指している。行くなと言われたら行きたくなる。伊藤葵も手紙に導かれていたから、集会に出席するはずだ。麻衣の体験は信頼できる。彼女が記憶喪失か確かめたい。



 空き教室は五人の人間が顔を連ねていた。男子一人に女子四人で、比率は偏っている。彼らは乱雑に配置された椅子に座っていた。その中は伊藤葵もいる。


「やっぱり、来てしまうんだね。沙織ちゃん」


 掃除箱の横で女子がたっている。髪を右に流し、クラスで目立ちそうな格好をしていた。彼女が桂木だ。


「あ、あの?」

「沙織はなんの願いがあって世界を変えたいの」


 初対面で言われることじゃなかった。桂木は人に無礼だ。


「願いは……」

「冷やかしなら帰って」

「桂木さん。始まるよ」


 伊藤が席の後ろを向いて口出しした。二人で目を見合い、桂木が折れる。彼女も適当に配置された椅子に座る。


「五十嵐さんも座りなよ」

「う、うん」


 赤色のチョークで登場しますという文字が書かれた黒板がある。五人の参加者は説明会の始まりを待っていた。桂木の隣が咳き込んだ。


「お待たせしました」


 右から影と共に歩いてきた。入室時は彼のような男性は見つけられなかったはずだ。

 黒スーツに赤水玉のネクタイ。目立つのは顔だ。


「え、犬!?」

「犬は可愛いでしょう」


 答えになっていない。柴犬の被り物をした男性が私たちの前に現れた。白手袋をした右手が赤色の手紙を摘んでいる。


「今回は私の誘いに乗っていただきありがとうございます。私の名前はヨーク・フです。ヨークと呼んでください」

「外国人みたいでかっけぇなあ」


 唯一の男子が犬に食いついた。明らかに怪しい人間が学校に侵入している。


「可愛くて格好いい私は疑いの目を見抜けます。世界を変えるとは何か。それをお答えしましょう」


 黒板を一度叩いた。登場しますが消えて、事例という文字が浮かぶ。長すぎて読む気が失せる。


「あなたたちは世界を変えられる資格を得ました。ただ世界を変えるには中核となる願いが必要かつ、代償も存在します」

「代償って何だ?」

「三橋くんさっきから良い反応」

「えへへ」


 代償は願いに比例して叶う。時を止めるなら、時を止める代償をくべる。そうして、世界は変えられる。願いに上限はない。


「よーく。本題に入れ」

「分かったよ。桂木さん」


 彼の立つ場所に机があり、引き出しに手を突っ込んだ。出てきたのは宝箱だった。子供が買えそうな安さがある。また、スマホを出すように指示した。三橋という男子と桂木が率先して取り出す。


「君たちがパーセンテージを百にするまで指輪を守るんだ。パーセンテージの経過はスマホのアプリでわかります」

「ええ、現実的だな」

「我々だって対応していきます」


 伊藤もダウンロードを済ませる。どうして彼女達は疑わずに信頼できるのか。


「おい、沙織もやれよ」

「うーん」

「五十嵐さん。信頼できないならしなくていいですよ。ただ、いつだってインストールは待ちます」


 この指輪は願いを叶えるために用意されている。

 スーシャは人口密集している場所にこそ発生する幽霊で、指輪を奪おうと躍起になる。


「身を守るには幻想使いを指輪で呼ぶんだ。ただし、指輪で呼んだら願いは叶えられなくなる。幻想使いの行動パターンを理解するか、自分の身を守るかだ」

「指輪を奪われたら消費する意味がない」

「説明は終わり。教室を出たら戦いは始まる」


 伊藤を皮切りに教室を出ていく。私は後に続いて声をかけた。


「い、伊藤さん!」

「なに?」

「参加するの?」

「うん。私は自分の記憶を取り戻したいから」


 彼女は手を広げた。中には指輪があり、思わず受け取ってしまう。


「一緒に帰ろ」


 あの説明を本気で受け取れない。伊藤は教室に戻り、指輪をまた掴んできた。


「ごめん。人を待たせてるから」


 彼女は伊藤葵の外見をしている。ただ中身は誠実だったかと疑ってしまう。

 また彼女から逃げてしまった。

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