五十嵐沙織の混乱

「それにしても学校の主人公が死ぬとは思わなかったね」と、友達の美佳は言う。

 それに私は「2組はお通夜の空気が続いているって。桂木さんが主に」


 三橋陽縁(みつはし ひより)は定期テストが発表された日に飛び降りた。勉強の成績は90点を継続し、運動は鍛えている男子と競える。三橋家の知名度も含め、先生の心象も悪くない。付いたあだ名は主人公だ。男子は彼女を狙えなかった。なぜなら、桂木という彼女の親友が行動を共にしていたからだ。


「マジでレズかなって距離だったー」


 美佳は私が七風(ななし)区に戻ってからの友人だ。五十嵐沙織こと私が生まれ故郷に帰ってきても優しく接してくれた。私の隣に座っている友達が麻衣と言う。その彼女がイヤホンを外して訂正した。


「無神経だよ、美佳。サバイブ速報は不適切だって書いてた」

「なにそれ」

「話題のニュースサイト。賢くなれるし暇つぶしにもなるよ」


 記憶正しかったよね、麻衣は携帯から履歴を確認している。


「あ、このサイト見た?」


 自分の知識を披露する麻衣は誰が聞いているのか見えなくなる。私は彼女の強固な姿勢が嫌いじゃなかった。

 夕方の電車は人が乗ってきて、入口が詰まっている。私たちは座席の真ん中に座っているから、向かい側の夕焼けをのどかに鑑賞できた。麻衣は一呼吸つくまで時間がある。 

 それよりも頭で先ほどの会話が続いていた。それは三橋のことだ。彼女は私と違って完璧であり目立つ。なので、嫌でも目が追っかけてしまう。

 私の高校生活は三橋ほど絢爛じゃない。先生からは気に入られていないし、二人の友達は彼氏もいて、他の友達もいる。私とは帰り道が近いから一緒にいるだけだ。彼女らは私に彼氏を作れと提案しないから気が楽だ。そんなふたりといたら嫌なことも忘れてしまえる。


「ん?」


 正面に男性が立っている。彼は額から大粒の汗を落とし、顔は青かった。電車よりも病院にいてほしい人間だ。


「それで弟がチョコと間違えて洗剤を噛んだわけ」

「まじー? やばっ」

「いや、すぐに吐き出したんだけどさー」


 友人は二人して会話に熱中していた。隣の席はイヤホンして眠っているし、優先席には老人が並んでいる。つまり彼の異変は私だけが知っていて、席を譲る選択肢は私にしかない。


「あ、あの」


 私は席を立って、彼を一歩だけ下がらせた。その男性は私の視線が乗客の誰か探し、自分だと気付き唾を飲んだ。


「席どうぞ」

「いや、大丈夫です」


 男性はカバンの持つ手を反対にした。スーツ姿だから仕事帰りか通勤中だ。事情があれど座った方がいい。


「でも顔色が悪いですよ?」

「次の駅で降りるから結構です!」


 その威圧に負け、足の力はなくした。椅子は私を載せた衝撃で波を伝える。恥ずかしさで周りの音が聞こえなくなった。


「アイツ、まじか?」

「せっかく沙織が親切にしてるのに」


 話していた友人は私に関心が向いた。どうやら彼に聞こえる大きさで擁護してくれる。傷つかないように守ろうとしてくれた。彼女らの優しさでも私の余計な行動は恥という結果を残している。


「沙織は優しいね。私だったら怒ってるよ」

「私が優しさを押し付けたようなものだから」

「ほんと、沙織って変わってるー」


 二車両目の私たちに平坦な男性の声が届く。アナウンスは麻衣が降りる駅を告知した。


「ちょっと麻衣」

「なんだよ。冗談じゃん」

「麻衣、次の駅だよね?」

「うん。帰ったらラインする」


 電車がブレーキをかけて緩やかに停車する。麻衣は鞄の上に広げていた携帯をポケットに押し込む。片手で手を振り、人の波に過ぎ去る。


「美佳、気にしすぎ」

「本当に大丈夫?」


 私は中学一年生まで別の場所に住んでいた。なのに、五十嵐家が七風区へ来たのは理由がある。

 彼女は私が転校した理由を唯一話しているから、過剰に心配してくれるわけだ。甘やかされていること安堵感を覚える。甘え方が不健全だとしても、抜け出せなかった。


「心配してくれてありがとう」


 そうして電車は私たちの駅まで連れていく。出口正面に美佳を乗せるバスがある。彼女は時間かかるから先に帰っててと言う。

 左に曲がり、遮断機の点滅が終わるまで待った。


『都市開発反対!』


 驚いて後ろを向く。その通りは高速道路から出てきた車が飛ばしていたり、歩行者は信号無視をできない。そこで、デモが行進していた。


「ここまで来てるの」


 市長がテレビで高校の近くの寂れた街を再開発すると宣言していた。それ以外は知らないけれど、地方のローカル番組が報道するほど騒ぎになっている。

 麻衣はサバイブ速報を元にした揉め事に詳しい。


「ま、明日も覚えていたらだけど」


 一限目の始まりは体育だった。宿題の提出は月曜なのにプリントを開いていない。帰ってからの予定を立てていた。

 その時、肩を叩かれる。


「あの」

「はい?」


 振り返ると、そこに犬がいた。いや、犬を連れた女子高生がいる。


「落し物しましたよ」


 私は落とした物より人に注目してしまった。


「何で、あなたが」


 前よりも髪が短くとも同じだ。栗色の髪色と瞳の黒さは記憶の中から一生消えない。

 彼女は伊藤葵(いとう あおい)。

 私を虐め、転校させた人間だ。

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