第31話 ゾンビ化した俺と裏切りの真相

 芽依ちゃんのスマホに着信があったのは、彼女が飛び出して1時間も経たない頃だったという。

「どうしたんですか、三上先生?」

彼女が務めて平静な声で受け答える。なぜ脱走したのだろうか。


「心配かけてすまなかった、芽依。君に手伝って欲しいことがある。」

こんな時に?そんな言葉が喉まで出かかった。みんなが東京を守るために戦っている時に、いったい何を考えているのか。しかし、自分にとっては師であり、これまで父親のように導いてくれた人でもある。彼の行動の背後に何か正当な理由があると信じたい気持ちもある。

芽依は三上の指定した場所へと向かった。


メリッサ・イガロ。魔法陣師スペルライターである。通常、単一の魔法しか持たない妖精憑きのために魔法陣を書く能力者である。ブライアン・イガロが持つバロン・サムディの魔法を書き起こす、まさに彼の右腕とも言える。


この、四天王の最後の一人を倒せば事実上、イガロは今回の戦争を続行出来なくなる。もちろん、俺を殺せば勝ちという向こうの条件も生きているのでまだ勝敗が決したというわけではないが、決着をつける時が来ようとしていたのは確かだ。


メリッサが合図をすると兵士たちが一斉に獣人化を開始する。間違いなく「エンジェルクライ」である。もちろん、ここで戦う者たちの体には魔法回路があるため、麻法のような陶酔効果は無い。


その姿はいつものガーゴイルではなく、狼男ウエアウルフのようであった。

「新型か⋯⋯。いや、戦闘用でしょうか。」

時塚の気勢ボルテージが上がったように見えた。

「親父の資料の中にあったんですよ。カンロを集団で服用して獣化すると、より統率力が上がるんですよ。」

確かに、獣の群れは個としての意志より集団としての利益が優先され、その上で序列というものが存在する。人間の社会も原初はそうだったのかもしれない。


急に敵の攻撃の圧が増す。最初の突撃の精度が上がったのだ。簡単に言えば昔の日本軍のように自己犠牲的な突撃−「バンザイアタック」−が出来るようになったということである。やっかいだな。アフリカ戦役の相手でこれほどの圧迫感を感じたことはなかった。


だんだんこちらは押し込まれていく。その時だった。エレベーターの扉が開き、芽依ちゃんが現れたのだ。

哀鳴啾啾あいめいしゅうしゅう、青龍!」


芽依ちゃんの手から何かが出たわけでないが、不意に敵の攻撃が鈍る。いや、これは音響攻撃か。動物が嫌がる超音波を発しているのだろう。敵が立て直す余裕を与えず俺たちは一気に攻勢をかける。敵はたまらず後退する。俺たちは一気加勢にホール上部の武装ユニットの入り口へのエレベーターまで押し込んでいく。


俺たちは大将のメリッサ・イガロの前まで迫る。しかし、その後退こそがある意味罠だったのだ。彼女の手から放たれた魔弾が俺の身体に撃ち込まれたのだ。もんどりうって倒れる俺。素早く二人の仲間が俺を後方へと搬びこんだ。ここで一旦休戦状態になる。


俺は頭が朦朧としていた。明らかに毒である。猛烈に気持ち悪くなる。いや、これはただの毒じゃない。

時塚の顔が青ざめる。彼はデバイスで診断チェックをかける。

「まずい。心音が低下してます。テトロドキシン系の毒作用する魔法と、ダチュラ系の麻薬作用を及ぼす魔法の混合です。猛毒ですね。」

ちなみに、テトロドキシンとはフグ毒に含まれる成分。ダチュラとはチョウセンアサガオから取れる最悪の麻薬だ。


 身体が熱いし酷い幻覚が現れる。時塚の懸命な治癒至法でなんとか毒性分は抜ける。どれほど時間が経ったのだろうか。いまだ朦朧としていた俺の枕元に気配を感じる。それはかつて俺を騙した女、サーシャ・ルビンスキーであった。


「サーシャ?逢いたかった⋯⋯。」

俺はかつて彼女を心から愛していた。いや、突然、俺の前から姿を消してしまった彼女への感情は、その日のまま、時間が止まったままだったのだ。


「サーシャ。もう一度、俺たちでやり直さないか?」

なぜこんなことを言ったのだろうか。サーシャは妖艶な笑みを浮かべた。

「じゃあ、私を助けて。私、味方だったやつらに追われているの。私も騙されていたのよ。」

黒服にサングラスをかけた男たちが銃を持って現れる。俺は立ち上がった。


「エノさん?」

仮死状態にあった俺がいきなり覚醒して時塚は驚く。いや、俺の次の行動でもっと驚いただろう。俺が味方に攻撃を加え始めたからだ。無論、俺の目に映るのは「敵」の姿だ。悍ましい姿に獣化した敵と戦っていたのだ。


「エノさん!」

時塚は俺を取り抑えようとしたが俺に弾き飛ばされた。

「どうした爽至?何やってる。」

倉崎が驚く。

「突然、エノさんが何かに乗っ取られたかのように暴れ出したんです。」


周りの天使憑きが銃を構える。倉崎が声を荒げる。

「あほ!こいつ殺したら俺らの負けじゃ!こりゃ操られてるぞ。」

まさか敵が俺を操ってこちらに混乱を招くとは思っても見なかったのだろう。

「クソ、爽至のくせに、つええじゃねえか。」


手を焼くI A、そこに現れたのは三上さんだった。彼は手に小さなアタッシュケースを持っていた。

「三上さん?」

「綾介君。これを使って欲しい。」

そう言ってアタッシュケースとキーを渡す。時塚がそれを開けると魔弾が入っている。

「これは?」

「榎本君がかけられた魔法は通称『祭司ボコール』、ゾンビパウダーだ。」


ゾンビとはエンターテイメントでは『動く死体』として描かれているが、実際には毒物によって思考力を奪われた『生ける木偶でく』状態になった人間だ。それを作り出すのがゾンビパウダーという毒物である。


「解毒術式の魔弾だ。」

時塚が擬似魔法回路デバイスでチェックする。危険はない。しかし、どうやって

俺に当てるのか。居住区上部のホールで交戦中の芽依ちゃんが呼び戻される。


芽依ちゃんは説明に頷く。そして、俺に挑みかかった。


「これを取りに行ったんですか?」

時塚の問いに三上は頷く。

「俺も時塚さんも別々の麻法を追っていた。時塚さんはカンロ。俺はこのボゴールだった。しっての通り、俺のように刑事デカはSが使えない。だから自分で潜入するしかなかったんだ。幸い、ボコールはカンロほど一般化はしなかった。でもな。だからこそ政界財界の深いところで使われていたんだ。ライ(ブラックパンサー)とはこちらの情報と引き換えにするしかなかったんだ。」

「じゃあ、父さんの時も⋯⋯?」

「ああ。情報は知っていた。だが、時塚さんには言えなかった。」

「見殺にしたのですか?自分の手柄と引き換えに。」


時塚の父は敵の罠に嵌められたのだ。その日のカンロの取り引きの情報は、父をおびき出すための餌だったのだ。

「すまない。そう言われても反論はできない。」


俺の目の前に突然、メリッサ・イガロが現れる。彼女が俺に襲い掛かって来たのだ。俺は迷うことなく彼女の胸に照準を定め、魔弾をぶち込もうとする。

「芽依!」

魔弾を放つ瞬間、俺の目の前に三上さんが立ちはだかる。俺は慌てて発砲を止めるようとしたが止められない。そのまま魔弾は彼の腹部を抉った。


「先生!」

メリッサが叫ぶ。しかし、その声は彼女のものではなかった。この声は芽依ちゃんの声だ。これは幻覚?その時、俺の腹部を鋭い痛みが貫く。芽依ちゃんが俺に魔弾を当てたのだ。


「先生!」

芽依ちゃんは銃をしまうと三上さんのそばにいく。

「芽依、慌てるな。治癒魔法陣ヒーラーを使え。」

三上さんが撃たれた腹部を左手で押さえ、もう一方の手で芽依ちゃんに魔法陣を手渡す。三上さんは尻餅をつくように座り込んだ。芽依ちゃんは一度目を瞑ると回復至法をかける。以前、俺に施術した経験が役に立っているに違いない。


「エノさん、帰ってきてください!」

時塚はさらに俺に解毒の魔法をかけ続ける。俺はようやく朦朧とした状況から帰ろうとしていた。




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