第29話 過酷な試練と開かれた心眼

ここは要塞の魔術システム内なのだろうか?緊迫した場面のはずが鳴り響く陽気なレゲエがBGMであるため、拍子抜けも甚だしい。


そこに現れたたのはデルーロだった。がっちりした体軀に黒檀色の肌。サーモンピンクのスーツに白いTシャツ。ジャラジャラとした金属のネックレスを首から下げている。そしてよく整えられた口髭と顎髭をはやしていた。


「ようこそ、告死鳥ラプター。私はこの要塞と一体の魔術師でね。これ以上君たちに暴れられて傷つけられるのは御免被りたいのだよ。そこで賭けをしないかね?もしこの娘が今から試練を超えられたら、上の居住区への通行を許可しよう。しかし、失敗すればここから撤退していただく。」


いいだろう。ただ、たとえ撤退しても、俺たちがまた来るのも事実だ。次はマスティマの眷属の総意とプライドのもとに総力戦をしかけるだろう。そうすればこんな要塞はひとたまりも無いだろうが、そのかわり東京にも甚大な被害が及ぶのは間違いがない。


眼下にはどこかで見たことのある風景が広がる。そう、あの12年前のラゴス空港。芽依ちゃんの両親が亡くなった場所。ドクン。俺の心臓の鼓動が響く。その瞬間、俺もその場面に送り込まれた。


俺はこの場面を動画で何度も見てきた。人間爆弾の魔法をかけられた人間の挙動を覚えるために。爆発した後、どうすればよかったのか自省するために。いた。あいつが人間爆弾。

 

 俺は咄嗟に駆け出し、ベレッタを構える。結界を張ってやる。

  その時、幼い芽依ちゃんが両親を庇うように人間爆弾へと向かって行った。もちろん、あの時の芽依ちゃんとは全く違う行動だ。しかし、母親の手に捕まり引き戻された瞬間、爆発が起きる。


「芽依!」

物凄い衝撃波が爆心から同心円上に広がる。俺は翼で受け流すとそこへ走りだす。煙と火薬と人体の焦げたいやな臭いが立ち込める。


両親は即死。というか遺体の損壊が酷い。芽依ちゃんも腹部になにかの破片が刺さったのだろうか大量に失血している。やはり、瀕死のアジア人女性が芽依ちゃんの傷を止血を始めたところで崩れ落ちる。その手には可仙姑の護符。


 何度シュミレーションを繰り返しても防ぎようがない。俺は痛みのあまり声もでない芽依ちゃんを抱き起すと護符をもとに契約を譲渡させた。当時全く感じることがなかった小さな命への愛しさ。


芽依ちゃんの目が開く。

「芽依、大丈夫か?」

もちろん、当時は名前も知らないはずだが。

「ありが……とう。爽至お兄さん……。私、パパとママを守れなかったよ……。」

その目じりから泪がこぼれる。恐怖と痛みで泣き叫ぶのではなく、ただ悔恨の泪。

「痛みは?」

 俺の問いに首を横にふるふると振る。そして、右手で望遠鏡を見るような仕草をする。そして 左手で1、7、7。2、3。5、6、9。これは特殊部隊のブロックサインだ。俺は芽依ちゃんを抱く腕を左手に替えるとブロックサインの通り、右手を後ろに回すと魔弾、徹甲弾を放つ。


 ぎゃあ、という男の悲鳴があがる。俺は立ち上がると芽依ちゃんを抱き起す。そして後ろを振り向くとはるか遠くに男が倒れていた。

「なぜ、わかった……?」

倒れていた男はデルーロだった。デルーロはライフルを取り落としていた。


 そりゃわかるさ。芽依ちゃんのサインは「狙撃手、時計回りに177°、仰角23°、距離569m」。お前の位置を知らせるものだからな。貴様が狙撃の素人で助かったよ、デルーロ。設定を風もなにもない絶好の狙撃日和イージーモードにしてくれて。しかし、デルーロの驚いたところは違っていた。


「いや、そうではない。娘よ。お前は父母の死になんの痛みも感じぬのか?」

芽依ちゃんはいつものクールな表情で答える。

「何度も『十試』で見たことだから……。仙者の修行の基本。試練勝負で方士(道教系の妖精憑きの自称)に挑んで来た時点であなたの負け。」


 十試とは仙人の素質を試すために、八仙の一人である呂洞賓りょどうひんが受けた試練を指す。その第一試こそ、家族の死に直面した時にいかに平静であるかが問われるのだ。俺は思わず芽依ちゃんの顔を見てしまった。こんなひどい経験を何度となく繰り返してきたというのか。


「パパとママを救える力を得たのは二人が死んだ後。悔いても何も変わらない。パパもママも帰ってこない。」

そう言った芽依ちゃんの目から涙が頬に一筋の跡を作った。そう、感情が動かないわけじゃない。その身体で受け止めていたのだ。なによりも辛い現実というものを。


 さて、悪いが勝負に勝ったので我々を通してもらおうか、デルーロ。

「断る。まだ私はなにをもって成功とするかの条件を提示していませんからね。ここは私の世界、私がロアなのです。」

 おい、それは卑怯に過ぎるな。俺の意識に怒りの感情が揺らぐ。


俺は立ち上がったデルーロに魔弾を放つも、それは彼の姿をすり抜ける。

「もうその攻撃は効かない。ボーナスステージは締め切らさせてもらった。」

これまで俺たちが見ていた場面は転換して真っ暗闇に変わった。


 さあ、どうやってここから脱出する?ここはデルーロが仕掛けた精神的な結界なのだろう。どこかに糸口があるはずだ。光あれ、俺が命じると光がうっすらと生じた。

果てしなく何もない世界。ただ隣に芽依ちゃんがいてれる。彼女の姿はすでに現在の姿に戻っていた。芽依ちゃんが俺の手の上に自分の手を置く。俺が芽依ちゃんの方を見ると彼女は俺の視線から目を逸らした。彼女は不意に口を開いた。

 

 「あの、エノさん、ありがとうござました。あの場面は何度も何度も見させられていたんです。パパとママが酷い死に方をして。自分ものすごい激痛に苦しんで。そして、必ず最後はエノさんが助けてくれるんです。痛みが引いて眼を開けると必ず心配そうな『お兄さん』の顔があるんです。それがほっとするんですよ。だって、それが試練が終わったていう合図ゴールだったから。……だから私は医者になりたいんです。病気やケガで苦しむ子供たちにとって、今度は私が試練のゴールになってあげたいんです。かつてお兄さんが、ううん今でもわたしにしてくれたみたいに。」


 そうか。ずっと彼女は俺なんかを目標にしてくれていたんだな。最近までニートで今は非正規労働者で学歴も無い俺なんかを。うう、でも東大理Ⅲなんて、今芽依ちゃんが見ている俺の背中はすでにきみはとっくにぬかした周回遅れの背中なんだよね、情けないことに。


「お待たせしました、エノさん。」

その時不意に上から声がする。時塚の声だ。強力な術式が俺たちを捕らえた世界に干渉を始める。大天使クラスの至法だ。俺たちの周囲が明るくなる。


これは「ベツサダのさざ波」か。


 古代エルサレムにあったベツサダの池。それは屋根の下にある人工の貯水池で蒸発を防ぐために囲われていたため、波など起こらない。しかし、そこに天使が降臨するとその水面にさざ波が生じ、その池に最初に浸かるものを癒すという伝説。


 その天使の名は、ラファエルである。


 その干渉波はデルーロの強力な結界を抜けると俺たちに奇跡を起こす。

「心眼【the Third eye】」である。


 建物全体にかけられた緻密な術式が露わになる。デルーロは名うての建築師であることは間違いない。まるで植物の構造に似た自動成長・修復システム。まるで動物の血管や神経構造にも似た配管・配線・制御のシステム。ただ俺の場合、見えるからと言って理解できるわけではない。


 「エノさん。ここです。ここが私たちが今閉じ込められている『虚数結界』の発動術式みたいです。」

 芽依ちゃんが図面を指さす。しかし、魔弾はどうする。俺の魔弾はこの結界内では無効だ。虚数魔法はマスティマの眷属は専門外だ。


「これを使ってください。」

俺の手に6発の魔弾が現れる。時塚が強制的に結界内に干渉して送り込んで来たのだ。

「虚数魔弾……。」

 俺はベレッタに装填すると、要塞内部のある地点を狙い、撃ち抜く。すると虚数結界の起点術式が移動する。俺はもう一度撃つ。今度は停止したため、念のためもう一発当てる。


 すると再び男の叫び声が聞こえる。俺たちは目を醒ました。




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る