第28話 突入作戦と要塞の魔人

 結界と要塞の壁面に空いた大きな穴。そこに結界師が投入され、その穴を拡げ、さらに結界のトンネルを通す。これによって侵入経路を確保する。これこそ建築師の建てた要塞に対するセオリー通りの攻撃である。

 

 この魔法使い同士の戦いの鍵を握るのは結界師なのである。イガロの結界師の茅野と守備隊の尖兵であったエコングを確保できたことは俺たちに有利に働く。もちろん、結界師は彼一人ではないが、茅野の術式を基本に統一されているため、大黒柱を欠く敵の結界師たちの術式展開に遅延が生じるのだ。


 要塞上部に設置された対空砲が俺たちの侵入経路への砲撃を始める。ただ、こちらの結界の術式を破れるほどのものではない。結界を破壊するには相手の術式を圧倒的に上回るか、術式を判別しそれと相性の良い術式を構築し、魔弾に変換して攻撃していかないと難しい。

 それを指揮するはずだったエコングはすでにこちらで拘束しているのだ。


「戦争は喧嘩とは違いますからね。脅しとはったりは効かないものです。」

時塚は手厳しい。ただ、相手をなめてかかるのもだめだ。


 突入した第一陣が後退したのだ。意外に敵の抵抗が強いようだ。要塞内の警備を指揮しているのは建築師のデイビッド・デルーロである。兵士たちはホールの上部に設置されたバルコニーに陣取り、強化結界を纏いそこから銃撃をしかけていた。


特火点トーチカか。」

倉崎が唸る。魔法を使う自衛隊なら標準装備ではある。正式にはドット・マジックというらしいが、日本軍経験者はこの言い方をする。魔法陣から召喚する個人用結界であり、敵の銃撃や爆破によって降り注ぐ破片から完全に身を守ることができる。


相手にすると厄介だ。これに対する対処は土魔法によって地形を操って封じ込めるのが一般的だが、ここはデルーロが支配する要塞、当然ながら床にも壁にも呪文封じアンチスキルが施されている。


「そうなると各個撃破するしかないか。爽至、頼まれてくれるか?」

はいはい、人使いの荒いことだな。とりあえず自動照準オートエイムが使える兵を用意してくれ。


俺は5人ほどの狙撃手とトーチカをまとわせ前線に出る。

「火焔魔弾用意。」

担当する敵トーチカを指定し、狙撃を開始する。


トーチカも銃眼部分は無防備になっており、そこに火焔魔弾をぶち込めば攻撃が効くのだ。魔弾の特殊能力カリスマの中でも上位能力である自動照準オートエイムがないとなかなか当てることができない。


 攻撃が面白いようにあたり、結界内で火焔が爆ぜると敵兵は慌てて結界を外すと次々に後退していく。火力の劣勢が決定的になると彼らはついに上の居住区へと続くドアを閉ざした。


 釼持からの情報だと下の生産ユニットにデルーロが、上の居住区にメリッサ・イガロが居る、とされていた。こちらは完全にこのホールを拠点化し、まず休憩を取る。そして、まず下へと降りることにしたのだ。生産拠点を制圧すれば補給を断つことができるからだ。


 要塞の中央部にはエレベーターホールになっている。重力魔導式であるためゴンドラを吊るすケーブルはない。すでに結界による封印が施されていた。封印を解除し、そのすぐ下の階に突入することにした。


「モブを使え。」

倉崎は「機動人型装備【Mobile Humanoid Gear】」の投入を命じる。人間が外部から操作する魔動式の歩兵ロボットだ。自衛隊をはじめ多くの先進国に導入された技術で今回の戦争で東京の街を結界で守っているのがこの兵器である。


普通は「ギア」と略されるのだが、なぜか天使憑きは「雑魚モブ」と略すのだ。これは魔法回路も仕込まれているので術者でなくても使用可能な上、術者であれば自分の術式を遠隔で発動できる。


 俺はモブをエレベーターホールに飛行魔法で降ろすと、結界で閉ざされた下の階の入り口を魔砲で吹き飛ばす。突入を試みたがそこにはバリケードを張り、その脇から銃撃をしかけてくる。


 さあこちらも押し込もうか、突撃を支持しようとしたその時だった。風系魔法によってモブたちが切り裂かれる。

「くっそ。高価たかいんだぞ、あれ。」

倉崎が苦虫を嚙み潰したような口調で言う。でも人命よりは安いもんでしょ?

「そりゃそうだがな。俺だって経営者だ。要らぬ損害は頭痛が痛い。」

アメリカ生活が長いせいなのか、日本語力衰えてますよ、社長。


 そこには頭からすっぽりと布をかぶり、さらにマントを着た謎の人影である。手には払子ほっすに似た馬の尾にも似た動物の長い毛の束が先につけられた短い杖を持ち、腕を組んでいる。


精霊祭りエグングンへようこそ!」

声は男のものだ。パワフルな波動を感じる。ちなみに「精霊祭りエグングン」は呪術系サイドが使う「聖痕戦争」のことだ。西アフリカで今も行われているブードゥーの祭からとられている。その祭神であるエグンを象ったのだろう。


「私がデイビッド・デルーロ。この館の守護者である。」

名乗ってくれてありがたいはありがたいのだが、残念ながら顔もまったく見えないため、本人確認には至らない。風魔法を得意とするのだろう。残念ながら魔弾は風系とは相性があまりよろしくない。もっともマスティマ自体が土系が得意なため、その眷属が中心になっているIA【Invisible Arm】社も全般的に風系統は苦手なのだ。


「私が行きます。」

 ここで芽依ちゃんが名乗り出る。芽依ちゃんは「四神」の術者なので全属性が使える。芽依ちゃんは今回は火系魔法である朱雀を防御結界に纏う。移動に土系の玄武。攻撃には風系の白虎である。


 ちなみにだが、属性魔法と言っても4つの系統に完全に分離しているわけではない。それらを組み合わせた一つの完成された術式を特殊能力カリスマとして与えられているのが天使憑きや妖精憑きなのである。


 芽依ちゃんの術式はかなり用途が広いので、使用魔力制限リミッターがない上位契約者になれば大学なぞ行かなくても軍事関連企業なら引く手もあまたになるはずである。


 芽依ちゃんは高校の赤と白のジャージの上にミリタリージャケットとパンツをはくというあまりお馴染みでないスタイルである。芽依ちゃんが構えるを取るとデルーロが払子を払う。

以火滅滅いかめつめつ、朱雀!」

デルーロから放たれた風の刃は芽依ちゃんの火の壁に打ち消される。

風は熱の影響を受けやすい。だからこそ、防御に火系を配したのだ。芽依ちゃんが反撃に転じようとした時、今度は低周波の音波攻撃がデルーロの払子から放たれる。


 それは断続的に放たれ、極めて不快感を催させるものだった。珍しいな、音響魔法か。術式も用途も限られているため、あまり一般的ではないが、人間の平衡感覚を司る内耳に影響を及ぼす術式で、芽依ちゃんのような体術を使う術者には効果的だ。まずいな。ここは援護射撃を。


 俺は援護射撃をデルーロに加えるが風魔法で容易に弾道をそらされる。自然の風相手なら、計算すれば補正できるが魔法による不規則な風を読むのは不可能だ。じゃあこっちの手を変えてやる。


次の瞬間、デルーロの払子に俺の撃った魔弾が当たり、弾き飛ばされた。

「What!?」

怪音が止み、芽依ちゃんの攻撃が再開する。

「雷鳴轟々、白虎!」

電撃がデルーロを捉える。そして、マントが焼かれると中から現れたのは「モブ」であった。そして、しっかりと床から生えている。つまり、建物の一部なのだ。


そのモブは芽依ちゃんの手を捉える。

「いかん!」

モニター越しに倉崎が叫ぶ。

「爽至!仙崎が捕まるぞ!」

俺はうっかり芽依ちゃんの名字が仙崎であることを忘れかけていた。魔弾でモブの手を撃ち落とす。

「芽依。」

俺が揺すっても反応が無い。意識が乗っ取られているのだろうか?俺は芽依ちゃんを連れて攻略本部になったフロアに戻ったところで意識を失った。いや、正確には意識と肉体が乖離したのだ。俺と芽依ちゃんの身体は担架に乗せられる。


「二人とも脈拍、心音共に正常。おそらく、魔術的な力でこの要塞に取り込まれたようです。」

衛生兵の術者が診断する。時塚が突然、立ち上がった。

「すみません。俺、ちょっと調べたいことがあります。」

そう言うと勢いよく外へと飛び出して行った。


俺の意識はゆっくりと要塞の中に取り込まれて行った。

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