第27話 尊者の資格と決戦の火蓋

「お前はあやつを許せるのか?」

九条の爺様が俺に聞いた。俺は釼持と一緒に写真に写っていた子供たちの表情から目が離せなかったのだ。屈託のない、隣にいる釼持にすっかり心を許した表情。俺は子供の頃、いや、いじめられていた頃、あんな表情をしたことがなかった。

「わかりません。でも、この憎しみから解き放たれないなら、それは俺にとっての敗北を意味する気がします。」


俺の答えに笑い声がする。天使マスティマが現れたのだ。マスティマは言った。

「それでいいんだよ、爽至。『子供は天使だ』なんて言うが、天使に子供みたいな顔をしたやつはいないよ。なぜなら全ての天使はGODがオーダーメイドで創造したからね。だから可能性のかけらもない、完成された大人の顔なのさ。


逆に GODはそれぞれの世界の創造主たちに、肉の身体を持つ知的生命は生殖によって増やすよう求めたのさ。なぜだと思う?個性という名の可能性を欲したのさ。人は自分で夢を抱き、なりたい自分を目指して自ら手を伸ばす。もがき、苦しみ、いつかそれを手に入れる。たとえ夢やぶれても再び立ち上がって別の夢を目指してまた、歩き始める。GODはそんな姿ドラマを愛でたいのさ。」


何を仰りたいのですか?マスティマ。

「わからないかね? 神は個性を愛されるのだよ。それがたとえどんなものだったとしても。人間は他人の個性が気に入らないと排除しようとするね。かつてキミがされたように。


だから、個性を楽しめない人間は神のことを分かっていないのさ。全てを楽しめ。気にいらないではなく面白い、って思うんだ。面白いと思えば少しは興味がわく。そして、興味を抱いて相手のことを少しでも知ることができれば、案外怒りは消え失せるものさ。」


それはこれから戦う相手に対してでもですか?

「汝の敵を愛し、そのために祈れ、ということさ。求めているのは感情としての愛じゃない。理性としての愛、つまり相手を同じ人間として尊重することだ。全力で戦え。その時は憎んでもいいだろう。でも、戦いが終わればそれまでだ。後々までグズグズ言わない。それがノーサイド。すなわちそれが愛だ。」


俺は漸く理解できた。そうだ。俺は釼持について知ろうとはしなかった。俺をいじめていた同級生のことも。俺は自分がされていたことだけに注意を向け、自分の殻に閉じこもったまま、一歩も外に出ようとはしなかった。


被害者である自分に酔っていただけなのだ。無論、子供だった俺にそんな結論に達することができるはずもなかった。水中で溺れている人間にもがくな、というようなものだ。でも、今はどうだろうか。ノーサイドの笛は鳴ったのだ。俺はかつての敵と握手が出来るのだろうか。


「いい顔になったじゃないか、爽至。ボクはキミと尊者の契約を結ぼう。キミは苦しみと哀しみの涙のうちに種を撒いた。だからボクはキミとともに、今度は喜びの涙のうちにその実を刈り取りたいのさ。」


「それで良いのじゃな?マスティマ。」

爺様が確認する。

「ああ。改めて告死鳥を名乗るがいいさ。」


新宿御苑にそびえたつ塔。それはまるでバオバブの樹を象ったかのようであった。

サン=テグジュペリの書いた童話、「星の王子様」では「惑星を破壊する」樹とされている。作者はフランス人で第二次大戦パイロットとして従軍した経験を持ち、このバオバブの樹を「ファシズム」の象徴として表現したといわれている。


 「魔法も人類にとっては地球を破壊するものなのですかね?」

時塚はいやに感傷的である。日本だってかつてはサン=テグジュペリにとっては惑星を破壊する三本のバオバブの樹の一本だったんだけどな。ただ、日本人としてはナチスドイツに対した抵抗もできずにあっけなく潰走したフランス軍人ごときに言われたくはない。


 空から攻めても対天使防空兵器「天使喰いエンゼルイーター」が、地上から攻めても強力な結界が張られ、術者が待ち構える。

「多分、ウチが扱った事案のなかでもいちばんスケールがでかいね。」

倉崎がつぶやいた。

「そして、いちばん市民が平和ボケしている。」


 完敗だった第二次大戦から70年。日本は魔導大戦を勝ち抜きアメリカと比肩する存在となった。それからさらに20年、世界最強の魔導軍事国家になった日本人には大国の驕りが滲み出るようになったのだ。


 マトリや組対のこの戦争における最後の仕事は御苑の封鎖、つまり一般市民の流入を阻止することにあった。人質がイガロの城に籠られては戦いにならない。


 さらに硫黄島から続々とマスティマの眷属たちが結集しはじめたのだ。それに呼応するかのごとく、御苑にはバロン・サムディの眷属たちが再び集まってくる。


ついに、二つの陣営が雌雄を決する時が来たのだ。千鳥ヶ淵の本拠地に九条の爺様が到着し、その日がやって来た。政府は3月25日から31日まで緊急事態基本法に基づく緊急事態を宣言し、東京23区内への 住民以外の立ち入りを禁じ、住民にも避難を勧告する。新宿御苑、および千鳥ヶ淵墓苑、明治神宮、明治神宮外苑の周辺の住民には避難命令が出される。


マスティマの眷属の建築師が建てた避難施設へと一時避難したのだ。それは葛飾区の水元公園、小金井市の小金井公園、江戸川区の葛西臨海公園の3箇所に設けられた。


 釼持が持って来た情報によると、この要塞は下から商業ユニット、生産ユニット、居住ユニット、武装ユニットの4つに分かれており、ユニット同士の間には天井の高い共同空間ホールがある。そのうち、生産ユニットと居住ユニットの間のホールを突破口として狙うことになった。


「爽至、号砲はお前が撃て。」

倉崎社長の直々のご指名だ。3月26日未明。俺は千駄ヶ谷のNTTドコモ代々木ビルの前に陣取る。狙撃手は俺。電流供給のための助手として芽依ちゃんが、そして結界貫通弾の精製を小野寺に頼む。


「爽ちゃん、圭ちゃん、芽依ちゃんでソウケイメイか。ラグビー強そうだな。」

久保課長のギャグはあまりに古かった。「早慶明」とは大学ラグビーのかつての名門御三家だが。

「じゃあ『ラグビー砲』と命名しよう。」

課長は一人ではしゃいでいたが誰もついてこなかった。


はい、どうでもいいです。圭ちゃんが陰陽系魔法の結界を結界弾の形式に変え、生成する。俺の超電磁魔砲レールガンに芽依ちゃんが道教系魔法の高圧電流を注ぎ込む。すでに発動に必要な圧縮率まで電撃魔法は達しているが、さらに過負荷オーバーロードをかける。過負荷許容範囲ギリギリまで高める。


「ラグビー砲スタンバイ。」

久保課長の嬉しそうな声がインカムから流れ込む。芽依ちゃんがカウントダウンを始める。

「⋯⋯3、2、1、0。過負荷許容限度いっぱいです。」


「ラグビー砲、はっちゃ!」

久保課長が最後に噛みやがった。

「発射。」

俺は笑いを噛み殺しながらトリガーを引いた。

俺の掌から巨大な火球。その周りを小さな稲妻のようにスパークする超高圧電流。空気中のチリが焦げる匂いがする。


ドン、という音がして目にも止まらぬ速さで結界貫通魔弾が解き放たれる。弾は御苑のフェンス上に貼られた結界を突破するとバオバブの要塞の壁面に衝撃波を叩きつけた。おそらく、巨大空母すら真っ二つにする威力をにより、ホールの壁に巨大な穴が穿たれた。


「ホールにホールが開いたぞ!」

課長が叫ぶ。

「課長、それ絶対最初から言おうと思ってたでしょう?」

圭ちゃんが呆れたように言った。


「結界師、突入経路を確保せよ!」

倉崎が結界師と護衛に命じる。ついに攻城戦がはじまったのだ。


 


 


 

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