第26話 裏切りの代償と無責任の代価。

「どういうことだ?」

 体面を何よりも重んじる警察組織にとって身内の逮捕はもっとも由々しき事態のひとつである。今回の三上の逮捕は対外的には伏せられることになっていた。三上が認めたとはいえ、彼が敵と内通していたかどうかは立証が困難であり、検察に送致したところで公判が維持できるかどうかまだなんとも言えなかった。


 ただ、バロン・サムディの眷属を「味方」として現場に置いておくわけにはいかず、戦争が終息するまでとりあえず留置しておく、という管理官の判断が通った。さらに言えば、地方公務員法はマトリの逮捕用件である魔法の違法使用という範疇を超えており、「私人逮捕」という形式であるため妥当な措置であるともいえる。つまり、戦争が終われば話も終わり、ということだ。


 そうでもなければ、もともとライバル関係にあったマトリと組対6課の対立が決定的となり陣営が崩壊するかもしれないのだ。


 取り調べはIAが6課の立ち合いのもとで行うことになった。もちろん逮捕案件である秘密漏洩の罪状ではなく、バロン・サムディとその正契約者ブライアン・イガロについての情報を得るためである。いわばこれが「司法取引」の条件ともいえる。三上の提供する情報の精度によっては「秘密漏示」の罪状を打ち消しても良いというのがIAの見解だった。


 三上がバロンの眷属になった時は正契約者はイガロではなく、前任のアレックス・バログンであった。だから彼がイガロと初めて会ったのは日本だったのだ。その当時はイガロが率いるブラックパンサーは歌舞伎町と六本木のシマを巡って日本最大の暴力団「菱山組ひしやまぐみ」と争っていた。


そこに関東最大の暴力団「天王寺会」がイガロを取り込もうと接触を図っていたのだ。組対4課は全力でそれを阻止しようとしていたが、課長であった時塚の父親がカンロを使っていたアフリカ系移民に殺されたのだ。


 時塚はその時の捜査状況がどうしても知りたかったのだ。父を殺されたのは偶然によるものではないはずだ。今回の逮捕から一気に真相解明に辿り着きたい。しかし、この件に関しては頑として知らない、の一点張りであった。


「時塚君。気持ちは解るが今はやめておいた方がいい。むしろ、イガロを捕まえればいいんだ。そうすれば自ずと真実にたどり着ける。そう思った方がいい。」

倉崎社長の言葉に時塚は頷く。そう、すべてはこの戦争を終わらせてからだ。


「エノさん、付き合って欲しいところがあるんですが。」

時塚が神妙そうな顔で俺に頼みこむ。別にいいけど。四天王のうち、二人倒しているのでそこまで強いやつはそれほど出くわすこともないだろう。そんな安心感もあって安請け合いする。


連れていかれた場所は新橋駅だった。無論、時間は昼時である。やって来たのは釼持だった。

「よお、しばらくぶりだったな。」

彼は薄手のコートにハンチングを被りボストンバッグ一つでやってきた。そのまま俺たちはモノレールに乗って羽田空港へと向かう。

「ブツは?」

囁くように尋ねる時塚に釼持は胸のポケットからICカードのようなものを取り出すと時塚に渡す。時塚はそれをデバイスにいれて中身を確認すると自分の懐にしまった。そして封筒を渡す。なんだよ、それ?


「御苑のイガロ城の内部図面です。」

時塚が囁く。

「驚いたか?」

剱持のどや顔に俺は思わず舌打ちをした。


「エノさんもコピーを持っていてください。」

時塚がデータを俺のデバイスとIAのサーバーに転送する。剱持が持って来たデータに対する報酬はIAから出たのだろう。


 これをどうやって?

「潜入だよ。日がな一日御苑に入り浸ってな。少々頭が抜けてそうな妖精憑きから失敬してやったまでだ。まあここまでできるのは俺の腕があってのことだな。」

剱持は得意げだった。羽田から関空へ行き、そこからマニラに向かうのだという。そこに、「ほとぼりを冷ます」ための隠れ家があるのだという。


「じゃあ、羽田までの護衛を頼むぜ。」

俺はあからさまに嫌そうな顔をする。時塚は苦笑を浮かべて俺に軽く頭を下げた。確かに素直に頼んできたら断ったかもしれない。

「悪かったな榎本。今回は時塚に俺がお前に護衛を頼んだんだ。」

俺はそう言った剱持の顔を見る。剱持は視線をそらす。


「お前にはずっと謝りたいと思っていたんだ。だが、俺も失ったものが多すぎてなかなかそうできなかった。それにお前は戦争ではちょっとしたヒーローだったしな。会いに行っても門前払いされるだけだ、って思ってた。でも、お前が軍をクビになったと聞いた時、ざまあみろというよりも無性に何かお前にしてやりたくなったんだ。不思議な気持ちだった。今ならきっと俺のこともわかってくれるかも知れない気がしたんだ。だから今回の潜入はお前への懺悔の気持ちの現れなんだ。……あの時は本当にすまなかった。」


 俺は剱持の独白に少し深めに息をついた。もちろん、あの当時の剱持は保身のための謝罪を俺と両親に何度もしていた。その時はきっと自分の中で依怙地になっていて、謝罪はしても自省はしていなかったのだろう。俺もサーシャの罠にかかってすべてを失った時、同じだった。取り繕いたい、逃げ出したい、俺は被害者に過ぎない、そんな気持ちを抱えたまま自省しようだなんて一顧だにしなかった。


「でも、報酬はもらうんだろ?」

「ああ。それは別にお前の懐から頂戴しているわけじゃないからな。それくらいは勘弁してくれ。」


 モノレールを降りると、やはり自衛隊や警察官によって厳重な警備がされていた。

「テロ厳重警戒中」のサインが各所に掲示されている。

桜の時期も近づいており、海外からの観光客を含め空港はごった返していた。

その時だった。前方10m当たりで強い魔力の発生を感じる。俺は剱持を自分の背後に回し拳銃ハンドガンではなくいつもの人差し指と親指の「ハンドガン」を構える。


「ぐわっ。」

その時後ろの剱持がうめき声を発する。剱持が脇腹を抑えうずくまった。そこから出血している。陽気そうな身なりの外国人観光客を装った男がそこから逃げ出す。血に気づいた周りの人々が悲鳴を上げ、我先にそこを離れようとパニックがおこる。


 時塚がすぐに反応して追跡し、男を取り押さえた。男は「このドロボウめ。オマエはユルサナイ。」と何度も叫んでいた。


 俺は結界を張って安全とスペースを確保し、剱持を横たえると傷口に回復魔法をかける。剱持が俺を見上げた。


「なあ榎本。俺たちのクラス……、6年2組。まだ一度も同窓会をやったことがないんだ。それだけが気がかりでな。」

 確かに同窓会のようなものは何度かやっているらしい。卒業10周年と15周年の時の2回だ。俺もお袋を通じて知っただけで剱持も俺も招待されていない。そりゃそうだろう。かつていじめた対象が圧倒的な暴力を振るう立場に変わったのだから俺を呼べるはずはない。また、そのいじめに関する全責任をなすりつけた剱持を呼べるほど面の皮は厚くはないのだろう。


 時間が戻されると同時に傷口はふさがっていく。痛みにゆがめられた剱持の表情が徐々にほどけていった。


「そういや昔、ボロボロになったお前によく回復至法をかけてやったな。」

剱持がなぜか懐かしそうに言う。いじめっ子といじめられっ子の記憶の齟齬、ってやつだ。いじめられた側にとってはずっと消えることのないトラウマだが、いじめた側にとってそれは単なる遊んだ記憶にすぎないのだ。


 「剱持。俺がかけたのは回復だ。至法と違って流れ出た血液は戻らないからしばらくはしんどいぞ。」

やがて救急隊が担架をもってやってくる。俺が簡単に治療術式を説明し、立ち去ろうと思ったが俺が病院に付き添うはめになった。時塚が殺人未遂犯を連行する関係上仕方がないことだった。


 警察病院で医師の診察を受け、治療個所に問題が無いことと貧血のために2日ほど入院するよう求められた。当然、警察からの事情聴取も控えている。しばらくは日本を脱出できないかもしれない。警備上の都合で警察病院を選んだのは救急隊の良い判断だといえる。


 家族への連絡先を聞いたが、剱持は独身であり、教職をはく奪されてからは親兄弟とも疎遠であるという。

「これが俺の今の家族さ。」

子どもたちの写真だ。彼はマニラに孤児院を共同で経営しているのだという。

「教員免許を取り上げられて初めて、俺は教育の仕事が好きだったんだとおもい知らされたよ。まあ、お前にとっては迷惑この上ない話だがな。」


 俺は九条の爺様に頼み、退院後の剱持の身柄を戦争が終わるまで硫黄島で預かってもらうことにした。

「いやだなあ。なにもないとこだろ?」

贅沢を言うな。少なくとも安全はあるぞ。いずれにせよ、イガロの城の内部の情報を把握できた以上、そこに攻め込む準備が整ったことを意味する。





 

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