第25話 裏切者と結界の魔人。

 俺の放った魔弾は三上さんが構えた魔銃デバイスを弾き飛ばした。彼は大きな声を上げてうずくまる。

「何をする!?」

声を荒げる三上さん。 安心してください、峰打ちですよ。

「魔弾に峰打ちもくそもあるか。」

いや、軽く圧縮した風魔法だから本当に「峰打ち」なんですって。


「やはり、三上さんだったんですね?」

時塚がため息をつくように言った。三上さんは一瞬たじろいだようにも見えた。

「なんのことだ?」


「あなたが僕たちの味方じゃない、ということですよ。現にあなたの銃口は僕たちの方に向けられていた。」

「それは⋯⋯君たちの前に人影があったからだ。だいたい、私が警告を出す前に榎本君が私を撃ったんじゃないか。」

時塚は続ける。


「それに僕はあなたには小石川植物園の警備に行くとお伝えしたはずです。なぜこちらに来られたのですか?」

「それは、芽依君から聞いた。」

 実は今回、俺たちは芽依ちゃんに神宮外苑に行くと言ったが、三上課長には言わないでくれと頼んでいたのだ。理由を尋ねられたので、それは彼の「潔白」を証明するためだと伝えておいたのだ。そう言われてまで話すほど芽依ちゃんは愚かではない。


「一つ、確認したいのですが。三上さん、あなたの契約者はどなたですか?」

そう。三上課長が妖精憑きでサイコメトラーであることは誰もが知るところだが彼が誰と契約しているかは誰も知らなかった。

「契約者カードを見せていただいてもよろしいでしょうか?」

時塚が迫ると三上課長は後ずさる。その時、強力な魔力が近づく。


縁千代切エンガチョ!」

俺がバリアを張る。バリアを対消滅させるほど鋭く、強力な魔刃だ。そこに茅野が現れたのだ。彼は日本刀を抜いていた。


「おやおやせっかく門を開く術式が完了したのに、贄が檻から出てしまうとは。しかも、『保険』の方も効いていないとはね。困ったものだな。」

茅野の皮肉に三上は顔を痙攣ひきつらせる。


時塚、応援を呼べ。しかし、時塚は三上課長に目を止めたままだ。

「『保険』ってどういうことですか?三上さん。」

時塚!犯罪者の御託をいちいち真に受けてんじゃねえ。俺が時塚の肩を揺すると我に返ったのか応援を呼ぶ。

「告死鳥、貴様を倒す!」

茅野が俺に切りかかる。一方、三上課長はそこから逃げ出す。

「三上さん!待ってください、なぜ逃げ出すんですか?」

時塚が三上を追う。


俺は茅野から距離を取る。刀の間合いに入ってたまるか。しかし、魔刃が飛んでくる。ただの刀ではないのだ。やつは結界師。まさか結界を刃物として使用しているのか。

翼よウイングス!」

天使の、というか天使憑きでも翼は飛行だけでなく防御にも使える。

「やっと本気を出したかね?」

茅野が両手で刀を持つと正眼に構えた。


教官せんせい!」

逃げる三上の前に立ちはだかったのは芽依ちゃんだった。三上は立ち止まる。

「やっぱり、三上さんだったんですね。」

芽依ちゃんは「御守り」を彼の目の前に出す。お守りの袋をあけて取り出した護符を開くとそれはブードゥーの魔法陣ヴェヴェであった。パパ・レグパ、十字路や門を司る神。つまり交通や「通信」の神。


「これで私の行動をすべて監視していたのですね?」

この術式で芽依ちゃんのすべての行動は逐一三上によって知られていたことになる。

「ああ。それは芽依、私は監督者として君の位置を把握しておかなければならなかったのだよ。」

 

時塚は尋ねた。

「まさか、あなたの契約者はバロン・サムディ!?」

「察しの通りさ。そういうことになる。」

三上が自分で左の袖をまくるとバロン・サムディの魔法陣ヴェヴェが顕れた。


 芽依ちゃんは涙を流していた。六本木のレストランでの人間爆弾事件や合格発表後のエコングとの戦闘は「遭遇」ではなく、仕組まれたものだったのだ。三上を通して情報が流れていたからこその「必然」だったのだ。時塚が尋ねた。

「いつからですか?」


「私はあのアフリカ戦役の時、JICA(国際協力機構)に警察組織の指導を要請されてね。ラゴスにいたんだよ。その時の話だ。だからかな。芽依、あのアフリカで孤児になってしまった君のことは放っておけなかったんだ。私は君に学習院の警備を指示していたはずだ。どうして今、君がここにいるんだ?」


芽依ちゃんは俯いている。そしてふり絞るように声を出す。

「わたし、どうしても自分の眼で確かめたかったから。三上教官が。あの優しい教官が裏切っているはずなんかないんだって、エノさんや時塚さんに言いたかったのに……。」

芽依ちゃんの涙に流石に三上さんもこたえたようだ。

「そうか。心配かけてごめんな。⋯⋯どうしても逆らえなかったんだ。」


時塚の声も上擦る。

「じゃあ、もしかして、父の死についてももっと知っていることがあるということですね?」

「すまない。それは今は黙秘させてもらおう。」

そう言って三上は両手を前に差し出す。時塚は三上の手に手錠を掛けた。

「三上さん。あなたを秘密漏示の地方公務員法違反で逮捕します。……芽依ちゃん。今、エノさんが茅野と戦っている。助けてあげてほしい。」

「⋯⋯はい。」


 あの優しかった三上教官を巻き込んだやつらをを許すわけにはいかない。芽依ちゃんは戦闘を続ける俺と茅野のところにくる。


俺は絶賛苦戦中であった。普通の日本刀が相手であれば、距離さえとれば銃の方が圧倒的に有利だ。しかし、問題は魔刃まじんだ。妖刀から伸びる結界の刃はまるで刀が数十mにわたって伸びたかのような動作を見せる。対象物に触れた時に物理干渉する術式なのだろう。振り回しても障害物に引っかかるわけでもない。


ガガガ、という低いうなり声のような音と共に俺が翼に展開する結界に魔刃が干渉する。俺は飛行姿勢を崩され、よろめく。そこに一気に間合いを詰められ、茅野が斬撃を加える。俺は咄嗟に魔銃ベレッタで応酬するが弾き飛ばされてしまう。


「エノさん!その魔刃は結界に反応します!」

芽依ちゃんが声を上げる。

「そうだよお嬢ちゃん、正解だ。よく分かったね。告死鳥よ!貴様の翼と結界をもぎ取ってやる!」

優勢な茅野が揶揄うように言った。


結界に反応する?芽依ちゃんのヒントに俺は作戦を思いつく。芽依ちゃん、またあれを頼む。

天使起動イグニッション!」

超電磁魔砲レールガンが起動する。

「そんなもの撃たれてたまるか!」

 茅野は俺の魔砲が追尾式ではないのがわかっているからこそ執拗に魔刃で攻撃を続ける。ところが、いきなり茅野の動きが止まった。刀が動かない。いや、何かに絡め取られたのだ。

発射ファイア!」

超電磁魔砲を放つと茅野は刀を置いて離れた。彼は懐のホルスターから銃を抜く。茅野はすぐに俺の仕掛けたカラクリに気づいた。


「しまった、対探査幻惑魔法チャフを使ったのか!?」

チャフとは本来、戦闘機がロックオンレーダーから逃れるために撒く金属の細かい破片を指す。レーダーは金属に反応するからそこに敵機がいると誤認する。マスティマの眷属は空戦を生業としている。だから敵の探査魔法を避けるために結界の破片を撒き散らすのだ。結界魔法を探す探査魔法を欺くためだ。戦闘時に結界を張らない天使憑きはいないからだ。


茅野、俺の結界を削るためのお前の魔刃は俺の放ったデコイ(チャフ)にからめとられたわけだ。しかし、茅野も負けてはいない。

「まだまだ、お前が次の一発を撃てるまで後2分ある。それがお前の命取りだ!俺の結界貫通弾の餌食になりやがれ!」

茅野の必殺技とっておきの魔弾、結界貫通弾は結界と術者を貫通するためだけに編み出された茅野のファイナルアタックだ。


その時だ。茅野に魔砲を向けた俺の手に芽依ちゃんが手を添える。

雷鳴轟轟ライメイゴウゴウ白虎ビャッコ!」

かなり練られた(圧縮された)芽依ちゃんの電撃魔法が俺の魔砲にチャージされる。

発射ファイア!」

勝利を確信した茅野の身体を超電磁魔砲レールガンが貫く。こんなに速く撃てるはずがない、予想に反した必殺技に直撃された茅野は断末魔の叫びを上げる余地すら与えられずに結界を意識ごと刈り取られ、その身体は地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

 エコングの時よりも数段上がったコンビネーション魔法が俺たちに勝利を呼び込んだのだ。

「っっしゃあ!」

思わずテンションが上がり二人で雄叫びを上げ、ハイタッチを交わす。

「あ。」

盛り上がりすぎて俺も芽依ちゃんも我に帰る。俺は芽依ちゃんに茅野の手に手錠をかけるよう頼んだ。6課の課長を「逮捕」してしまったのだから、6課の顔も立てておくべきだろう。


ただ、三上さんの逮捕がこれからの俺たちにどんな影響を与えるかまだ俺も時塚も理解していなかったのだ。










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