第24話 囚われの二人と時限爆弾。

  それは「賭場」を開くことであった。イガロは御苑内にカジノを作り誰でも入場できるようにしたのである。これに慌てたのが警察庁と警視庁であった。

 

 東京湾に浮かぶ第二海堡にあるカジノは警察利権の温床だったからである。警察官僚が天下りしたところから物品を買い入れ、清掃員や警備員を派遣する。あるいは社外取締役になって相談料を受け取る。


 巡査長どまりの警官なら優先して警備員として再就職できる。などなどカジノと警察はべったりな関係なのである。反対派議員には盗聴をしかけて弱みを握り、逆らえば与野党問わず失脚させる。外国人や暴力団員に政治団体に寄付をさせ、ネットで公表するなどして辞職を迫る世論を作る……などなど。とても警察とは思えない仕方でまさに死守してきた利権である。


さらには売春窟も開く。何しろセックス 麻法ドラッグも使いたい放題。まさに「飲む・打つ・買う」の三悪が揃った治外法権であった。


テロの方法は「Improvised Explosive Magic」(即席爆破魔法)略してIEMという形式の簡易魔方陣である。素人が描いたが故に威力も爆破システムもまちまちで、どこにでも貼っておけるというタチの極めて悪いものであった。 テロリストが使うタイプのものである。


  俺もアフリカ戦役で散々苦労した。探すにはコツがあり、探査魔法を少し改良したものであれば99%見つけることができる。ただし、1%はどうしても見つけられない。それはいわば不発弾であり、素人すぎて呪文の発動部分が不完全なため、物理的な接触で起動してしまうタイプなのである。実際のところこの戦争が始まってから1ヶ月が経過しているが、すでにこの魔法陣によって8人の被害者が出ており、半分は年配者、もう半分は子供であった。というのも年配者は何かにつかまることが多く、子供も何にでも興味を持ち、触ってしまうからだ。


  IAも魔法回路を持たない警察官たちに擬似魔法回路マジック・デバイスを貸与し訓練もしていた。しかし、これも社会不安を招くことになる。マスコミを通じて魔法陣を見かけたらすぐに警察に通報するよう呼びかければ、今度はいたずらでデタラメな魔法陣を貼り付ける者が出たりと混乱が生じたのだ。


 業を煮やした 警察庁は、警視庁と協議し、対策本部に捜査一課の管理官がおくりこまれてきたのだ。植田光士郎警視42歳である。管理官は課長に次ぐ立場でエリート中のエリートの一人だ。アドバイザーという役割だが、聞かれなくても捜査方針に口を出してくるのは必至だった。


  それは富士山で埋められた異世界の門へショートカットするための門をイガロがどこに構築するかであった。俺たちは響子様の助言からしてトライアングルの内側にある神宮外苑が怪しいと推測していたが、管理官の見立ては違った。新宿御苑がトライアングルの中心になるために学習院大学か小石川植物園が狙われると判断していたのだ。論拠としてはすでに制圧した拠点内に門を設けた方が確実だからだ。


俺たちの言い分はトライアングルは霊脈の上に建てられており、学習院大や小石川植物園はそれに当たらないからだ。結局、倉崎社長も折れ、管理官の言い分を採用せざるを得なかった。そして警備の人員の大半をそちらに割いたのだ。


「植田管理官は焦っていますね。なんとか自分の功績にしたいんでしょうけど。」

時塚は苦々しそうに言った。俺と時塚は命令に背いて神宮外苑に潜入する。響子様のおかげでスムーズに捜査できるのはありがたい。本当にこの国はコネさえあればなんとでもなる。


ただ今回は一つ、いつもと手順を変えたのだ。それは俺が抱いた違和感を証明するためである。


 俺は貼られたIEM魔方陣を無力化しながら捜査を続ける。外苑の一角、サイクリングセンターの裏にそれはあった。鳥居状の物体である。これか、と思った瞬間。その鳥居から結界が生じ、俺たちは結界内に閉じ込められた。そこに現れたのは茅野保であった。


「どうかね?告死鳥ラプター君。文字通り『籠の鳥』になった気分は?」

「アメリカに留学していたわりに冗談ジョークのセンスは磨かれなかったようだね。」

俺の皮肉たっぷりな答えに茅野は愉快そうに、そして意地悪そうに片方の眉を上げた。

「ええ。せっかくのアメリカ留学で女に現を抜かしてすべてを失ったあなたほどではありませんがね。」

ぐうの音も出ない嫌味で返す。時塚は疑似魔法回路マジック・デバイスを開いて張られた結界を調べていた。


「結界師の罠か。これは生半可ではいかないかもしれませんね。」

時塚が呻くように言う。するとそこに魔法陣が現れた。その下にはタイマーのような数字が現れる。


「次元式爆破魔法陣だ。結界の外には電波も魔力も通さないから応援はよべないよ。君たちには生贄になっていただこう。キミたちは『エリコの呪い』を知っているかね。」

まあな。一応、俺だって天主教系の術者だからな。それは聖書の一節で、イスラエル人に抵抗したエリコという都市の壁を神が破壊し、制圧するのだが、その際、将来エリコを再建する者に呪いをかけたのだ。それは子供を二人失うであろうというものだ。


「『長子を失って礎石を築き、末の子を失って門を建てよ。』⋯⋯つまり俺と時塚の命を対価に異世界への門を開けるつもりか?なるほど、『天使喰い』の魔法陣に爆破をプラスか?」


「その通り。この術式はメリッサの特製品だ。30分後に起動する。俺もそれまでの間に門を開く術を構築せねばならんのでね。失礼するよ。」

茅野はそこを離れる。おそらくは遠くへは行かないはずだ。どうする?どうやって解除する。

 時塚はデバイスで必死の形相で解除を試みている。そう言えば時塚、お前何か魔法使えるの?


「僕は回復と治癒の至法しか使えませんよ。医師ですから。」

 メスとかで魔法陣を消すとかさ。そういうスキルはないの?

「何言ってんですか?魔法陣への下手な加筆は大事故のもとですよ。エノさんこそ尊者でしょう?魔弾以外に使えるんじゃなかったんですか?」

そうそう、俺も回復と治癒の「魔法」が使えるんだぜ。俺も医師免許取るかな。


「生きて帰れたらそうしてください。それに、治癒回復の術式は『至法』ですよ。」

残念だが、マスティマの眷属の治療は「至法」じゃなくて「魔法」なんだよね。⋯⋯⋯!!


ここでようやく思い出す。

「時塚、俺と代われ。」

爆発までの時間があと10分を切り、春先にもかかわらじ汗びっしょりの時塚の肩をたたいた。

「エノさん⋯⋯。」

5分だけ俺にくれ。最後の5分はお前に任すから。

「何をする気ですか?」


とりあえずお前は祈ってろ。⋯⋯うまくいってくれ!

天応丸オプテンノート。」

俺が魔法陣に手をかざすと治癒魔法が発動する。尊者になると妖精憑きの時には魔法陣なしでは行使できなかった魔法が使えるようになる。


すると爆破時間を告げるカウンターの数字がカウントをやめ、そして時間が増えていく。

「時間が戻っていく?どういうことですか?」

時塚が不思議そうな顔をする。マスティマの眷属の治癒魔法は「時間遡行」なのだ。時間を負傷する前の時間まで戻すのだ。つまり、「時限」爆弾なら時間を戻してやればいいのだ。


「それは禁忌じゃないのですか?」

確かに、空間に使ったり1年以上時間を戻すと強制堕天だな。しかし、物体に関して一定の時間に限り許されているんだ。


やがて、魔法陣の半分を消したところで止める。時塚、結界の「起点」は分かるか?時塚が指したところに「治癒」魔法をかけると結界が解ける。

「万能ですね。」

感心する時塚に照れ隠しでお前ほどじゃない、とだけ言う。そう、結界の起点がわからないと時間が戻しようもないのだ。


「大丈夫か?」

そこに三上課長が駆けつけてくれた。

「ええ、なんとか。それよりも茅野を見ませんでしたか?」

「ああ。やつなら御苑方面だ。」


俺たちは走り出す、しかし、俺はすぐ立ち止まると振り向きざまに魔弾を撃った。


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