第23話 合格発表と仇敵との遭遇

芽依ちゃんは胸ポケットからお守りを取り出す。それは?

「両親の写真と三上さんからもらったお守りです。」

なるほど、俺もこの二人が亡くなった時、そこに居合わせたんだよな。


それはそうと芽依ちゃんの番号は?俺は掲示板に張られた数字と芽依ちゃんの受験番号を交互に見る。

「あった!」

芽依ちゃんの番号があった!

「はい。ありますね。一応、大学のホームページでももう一度確認します。」


電報レタックスが送られてくるんじゃないの?

「はい。ただそれは伯父の家に送られますし、多分、従兄が封筒を確認次第、破り捨てているはずですから。」

私立の合格のお知らせは全部捨てられてしまったようである。


 うつむいて歩いて行く様は独りぼっちになってしまった12年ほどの歩みをかみしめているかのようでもあった。大学構内から出たところで俺は思わず後ろから芽依ちゃんを抱きしめてしまった。

「おめでとう、芽依ちゃん。よく頑張ったね。良いんだよ。もう誰にも遠慮しなくていいんだよ。笑っても泣いても大声で喜んだっていいんだよ。」


 俺が腕を解くと芽依ちゃんがくるりとこちらを向いた。目は涙でいっぱいで洟も少し出ていた。俺がハンカチを渡すとそれで顔を拭う。

「良いんですかね。」

訴えるような目で俺を見る。俺が頷くと俺の胸に顔を埋めわんわんと泣き出した。おそらく一番我慢していたであろう感情表現だったのだろう。家族を亡くし、肩身の狭い思いをして暮らし、それでも勉強やボランティアに手を抜けなかった。そんな悲しみ、プレッシャーからの解放感、そして嬉しいという感情。それらすべてが相まって、泣くという感情表現になったのかもしれない。


 周りの人は気の毒そうにこちらを見る。きっと不合格に見えたのだろう。ただ、俺が泣かしていると思われていないことだけが救いだったのかもしれないが。

 一頻り泣くと芽依ちゃんは現実に戻ったようだ。

「よし、今日は焼肉でも行くか!いや、濁庵に行こう!二人でお祝いしよう。」

芽依ちゃんはクスリと笑うと頷いた。


「エノさん。」

芽依ちゃんも気づいたか?目の前にアフリカ系の大男が立っていた。ジョエル・エコング。血の奴隷海岸紛争の際、「平和への祈り」作戦での生き残りである。

「告死鳥よ。先日カヤノはお前を見逃したそうだが俺はそうはいかない。ここでお前を斃し、仲間の墓前にお前の首を手向けてやる。」


 発想がいやに日本人的だなこいつは。俺が芽依ちゃんの顔を見るとどうやら一緒に戦ってくれそうだ。これなら五分五分で戦えるはずだ。すぐに自衛官がかけつけ結界を張る。これは双方のどちらでもなく国民の命と財産を守るためである。


 エコングの身体が膨張する。獣人化を始めたのだ。カバのようなゴリラとでも表現すべきか。まあカバというと温厚で鈍重なイメージがあるが、実際にはキレると手に負えないほど狂暴である。そして、何よりか皮膚が堅牢だ。魔弾が一切効かないとも言われている。俺は戦闘で遭遇したことはないが、強いという話は聞いていた。


 芽依ちゃんは四神を発動。俺は千鳥が淵に応援を頼む。エコングは疾風のごとく間を詰め、怒涛のごとく拳を振るう。スピードは互角だが、パワーは向こうがはるかに上、どうしたものか。

「ははは。衰えたな告死鳥。平和に胡坐をかいて惰眠を貪ってきたお前が俺に勝てるはずがない。」


 お言葉ですが、俺は平和と惰眠を貪るために一生懸命戦ったんですけどね。じりじりと押される。


「そう簡単に応援は来ないぞ。お仲間は陽動にかかっているからな。」

そうか、いやに爆破事件が多いと思ったらそういうことか。やばいな、唯一効くのは俺の奥義「超電磁魔砲レールガン」だが起動が遅く連射は効かない。尊者(仮)になって威力は数段上がってはいるが、その弱点は変わらない。その時、俺は良いアイデアが浮かんだ。

「芽依!」

俺は芽依ちゃんに耳打ちをするとすぐに意図を理解したようだ。さすがもうすぐ東大生。

起動イグニッション!」

俺は天使起動を実行する。

「させねえよ。」

克己磊磊こっきらいらい、玄武!」

エコングの攻撃を芽依ちゃんが足技で受け流す。

「ははは。3分も待ってやるわけねえだろ。俺は1分で撃てるぞ。奮い立て我が主よ……。」

エコングの詠唱にあわせ彼の目の前に巨大な円錐が形成される。追尾型の妖精砲だ。撃たれればこちらの負け。しかし、必殺技勝負に持ち込むことこそ俺の狙いだったのだ。

「芽依、頼む。」

雷鳴轟轟らいめいごうごう、白虎!」

芽依ちゃんの手に稲光の球のようなものが現れる。本来は電撃技だが今回はこれだ!

発射ファイア!」

俺の掌から放たれた「超電磁魔砲レールガン」が芽依ちゃんの手の間を通過すると一気にエコングの身体を撃ち抜いた。獣のような咆哮を上げ、エコングがよろめく。

「ばかな、お前のは3分かかるはずだろ?速すぎる!」


俺はすでに第二射の態勢に入る。

「芽依、第二射!発射ファイア!」

断末魔の声を上げてエコングが墜落した。電撃魔法の圧縮を繰り返して高電圧を得て放たれるレールガン。芽依ちゃんの電撃魔法でその時間を短縮したのだ。威力は2/3ほどだが2発当てればなんとかなる。ぶっつけ本番というか思いつきだったがなんとかなった。ようやく、時塚がハンヴィーで駆けつけてきた。

「すみません。途中で陽動に気づいたのですが、遅れてしまって。」

時塚は平謝りであった。

 

 人間の姿に戻ったエコングは失神しており、封印手錠をかけられ、本部に搬送されていった。しかし、なぜ俺の行き先がやつらに解っていたのだろうか。本拠地に帰って小野寺に調べてもらったが何もでてこなかった。もしや、俺はいやな予感がして時塚にそれを告げる。時塚は

「俺に考えがあります。俺に一任してもらえませんか。」

とだけ言った。そして

「じゃあ行きますか。」

と俺と芽依ちゃんを乗せハンヴィーをだす。どこに行くんだよ?二人には予定があるんだが。……その、芽依ちゃんと晩飯「デート」なんだがな。

 着いたところは「濁庵」であった。しかし、「本日貸し切り」の表示だ。ああ、がっかり。

「いらっしゃい。」

ドアを開けて胡桃ちゃんが出てきた。その手には花束があった。

「芽依ちゃん合格おめでとう!」

そう、組対6課とマトリのメンバーの貸し切りだったのだ。芽依ちゃんは顔を真っ赤にして

「ありがとうございます。」

と深々と頭を下げる。芽依ちゃんの合格記念パーティだったのだ。


 主役を差し置いて半分の人間はすっかり出来上がっていた。おいおい。気が利かねえ。エコングの逮捕も士気があがる要因だったようだ。

「チクショー。今回はマトリに先を越されるとはな。」

古川がくだをまく。同じことをもう4回くらいは言ってやがる。


「なーに言ってんのお。(6課所属の)芽依ちゃんと共同作業なんだから、先も後もないでしょうよ。」

 久保課長が古川を宥めている。まあ四天王の一角が崩れたのだ。今夜くらいは敵もおとなしくしてるだろ。俺は久しぶりにうまい酒を飲んだ気がした。そういう意味ではやっぱり俺は新橋が一番落ち着くのかもしれないな。


 何度目かの芽依ちゃんへの祝福の乾杯。俺の勝利を祝してはその中の一回に「ついでに」入っていたものだ。


 しかし、敵もさることながらすぐに手をうってきた。もちろん戦闘においてではなかったが。


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