第22話 社会チートな相棒と癒しの聖女

「確かめたいこと」。

 なんだろう?翌日、対策本部のある千鳥ヶ淵に回されてきた車に俺は一瞬飛び上がりそうになった。周りの景色を映しこむ磨き抜かれた漆黒のボディの国産高級車。しかもナンバープレートが菊花だったから。つまり皇室からの迎えである。


 「エノさん、行きますよ。」

あわあわとそている俺を尻目に時塚は乗り込んでいく。こいつ何者なんだ?いつも驚かせられることも多いが今日はまた格別だ。

「安心してください。今日は馬車じゃなかっただけマシですよ。」

時塚が愉快そうに言った。行き先は赤坂御所。皇太子殿下ご家族のお住まいや迎賓館などがある場所だ。そして、もう一つ重要なものがある。


 大天使ラファエルの本拠地がここにあるのだ。ラファエルは正契約を女性皇族と結んでいるのだ。女性皇族は結婚と同時に皇籍を離れられるので、その都度契約が受け継がれるシステムなのである。ラファエルは癒しの天使であるため、医療系至法の権威である。


 日本の皇族らしいシンプルなデザインで堅牢なつくりの建物の前で車を降ろされる。ラファエルの眷属である護衛が侍しており、たとえイガロといえども迂闊には手を出せないはずである。


 リビングに通された俺たちの前に少女がソファに腰掛けている。歳の頃は芽依ちゃんと同じか少し下だろう。肩甲骨までのばしたつややかな黒髪に白い肌の美少女。まだあどけない顔だが、その大きな瞳には年相応とは思えない強い意志が漲っている。

俺たちが跪いて一礼すると楽にしてくださいね、と可愛らしい声をかけられる。


「こちらが静宮ちかのみや響子きょうこ内親王殿下。ニュースでご覧になったことくらいおありでしょうが、大天使ラファエルの聖者です。ちなみに僕が東大の研修医時代の指導教官でした。」

マジか。もうどこからつっこんでいいのやら。こんな美少女がお姫様で医師で聖女ときたわけだ。


静宮様はその歳に似合わぬ慈愛の笑顔で問う。

「時塚。婚約者とはうまくやっていますか?」

「はい、内親王殿下ユアハイネス。おかげさまで。この戦いが収束いたしますればその時にも籍を入れる予定です。」


「それはおめでとうございます。そうと時塚、他人行儀はやめてください。」

そしてこちらにも聖女の微笑が向く。

「あなたが榎本爽至さんですね。響子と呼んでいただいて結構ですよ。」

 はい、響子様。なにしろ若干19歳だが、7歳でラファエルと契約してわずか60秒で義務教育を終えてしまい、8歳からボランティアとして東大で至法医学の講義をしたり大学病院で施術の指導をしているのだ。


 そして、ラファエルには異世界の門を管理する、というもう一つの任務があるのだ。時塚が父親を失った時に「マトリ」に転身したいことを相談した相手であり、なにかと裏から便宜をはかったのも彼女なのだ。じゃあ俺の採用も?

「ええ。内親王殿下プリンセスに手をまわしていただきました。」

くっそチートだな、こいつ。俺は呆れながらも時塚の用件を待った。


響子様が口を開く。

「最近、ラファエルの祠から力が流出していましてね。おそらくは何者かが異世界への扉を建てようとしているのですよ。これも立派な魔法犯罪。取り締まりをお願いします。

 おそらく力の流れからして新宿御苑の方向でしょうね。私が察するにこの東京で三角の図形を作るはずです。それが呪術系の門破りの魔法陣ヴェヴェの術式だからです。この件の捜査に必要な便宜は私が図りましょう。実はこの動きは以前からあったのです。バロン・サムディの正契約者オウンガンが日本に来てからこの時のために準備を進めていたのでしょう。その捜査をひそかに行っていたのが時塚のお父様だったのですよ。榎本さん。あなたも時塚のことを助けてあげてくださいね。」


はい。よ……喜んで。これが皇族ロイヤルファミリー気品オーラの成せる業か。俺たちはもう一度跪いて一礼すると退出した。本拠地に戻る途中、俺はずっと皇女殿下の溢れる気品を反芻していた。同じ正規契約者でも爺様とはまた違った気を感じる。


千鳥ヶ淵に戻ると組対6課の三上課長がいた。俺たちの話を聞くと捜査を協力してくれるという。しかし、「三角形」の魔方陣を作るとなると……。俺たちは東京の図面と睨めっこをする。新宿御苑、赤坂御所のラインを底辺とする三角形。つまり……。


明治神宮が怪しい、という結論が出る。


明治神宮はその名の通り、明治帝とその妃が祀られた神社である。広大な緑地を持つ点では他の2箇所と一緒だ。しかも大晦日を除いては日の入りと共に閉門する。響子様に頼んで入れさせてもらうか。俺たちはIAのハンヴィーで神宮へと向かう。

 三上さんは4課で時塚の親父さんの部下だったわけだが、この案件を知っていたのだろうか。

「ああ。時塚さんが捜査してたのは知ってはいたが、こんな大ごとだとは思っていなかったよ。」


俺たちは広大な神宮の境内地の外側から回って社務所の前へと向かう。

「イガロは赤坂御所の祠からどうやって魔力を引っ張りだしたんでしょうか?」

時塚が問う。確かに俺もそれはおかしいと思った。確かに同じ系統の術式なら引かれあうこともあるだろうが、天主教式と呪術式では全く違うのだから。


 その時強烈な魔力の発生を感じた。三上課長も感じたようだ。車を降りて発生源の方に向かう。

 「清正井きよまさのいどか?」

戦国武将の加藤清正が掘らせたといわれる井戸でパワースポットとしても有名だ。そして、そこにいたのは「四天王ファンタスティック4」の一人、茅野保であった。


 黒いスーツに黒いネクタイ。白いドレスシャツ。切りそろえられた短髪の精悍な風貌。警官やヤクザかのどちらかにしか見えない。身長も180cmはあるだろうが御付きの術者たちも大きいのであまり大きさは感じられない。

「茅野!?」

俺が誰何するとこちらをじろりと見る。

「お前は……。ほう、告死鳥か。まだお前を殺して戦争を終わりにするわけにいかないのでね。今日は帰らせてもらうよ。」

茅野はそういうと魔法で跳躍しつつ逃亡していく。俺が魔弾を撃つ前に御付きの術者たちが発砲する。俺たちはいったん退避して態勢を立て直そうとするが、その間に逃げられてしまった。


 俺たちは応援を呼んだ。清正井に強力な結界がはられていた。結界の中には魔力を発生させるための人形が封じられている。これで基本的な魔法陣が完成してしまったことになる。


 それから2,3日は妖精憑きや麻法にらりった人たちを検挙する。そしてやっと非番。俺は久しぶりにアパートに戻ることにした。というのも今日は芽衣ちゃんの卒業式だったのだ。今日は仲の良い従姉家族が祝ってくれるそうだ。


「明日、大学の合格発表なんですが、付いてきてもらってもいいですか?」

私立大学の方はいくつか受かっているので浪人をするつもりは無いそうだが、やはり本命は気になるところだろう。

 家に帰ると「お帰りなさい。お疲れさまでした。」とのメッセージと栄養ドリンクが置いてあった。ありがとう、ああ、もう芽衣ちゃんはJKじゃないんだなあ。とlineすると「オヤジっぽくていやな感想です。」と返ってくる。そして、「3月31日まではJKですのでヨロシク」と追記する。少しは気にしてんのだろうか。


 翌日、二時過ぎに駅で待ち合わせる。今日はいやに爆破事件が多い。スマホが定期的にピロピロ鳴く。

「実はもう、発表はされているんですけど。まだ見ていないんです。」

芽依ちゃんは不安そうだった。がんばったんたんだから大丈夫だよ。

張り出されてからだいぶ経っているのでマスコミも引き上げていたし、人もまばらだった。


 思ったより長い掲示板。そりゃ3000人を超える数字が張ってあるんだから無理もない。芽依ちゃんはすたすたと奥へ奥へと進んでいく。見なくてもいいの?俺が尋ねると

「あ、理Ⅲなんで一番奥です。」

え、医学部かーい!

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