第21話 空気な主役と異世界への門

それはバロンの妖精憑きの一人と遭遇したことからだった。

御苑への「客引き」を担当していたそのアフリカ系の男は戦闘系の能力者ではなかったが、魔銃で抵抗する。路地へと追い詰めるとエンジェル・クライを使った。無論、魔法回路を持っているため酔ったり幻覚を見たりはしない。蝙蝠の翼が生えたライオンの姿になるとこちらに襲いかかる。


雷電ジャック!」

俺はベレッタを出すと無造作に撃つ。電撃と化した魔弾が魔獣に突き刺さる。魔獣は一旦よろめいたが、すぐに回復して再び襲いかかる。

ヤツはベレッタに噛み付く。これで俺の攻撃を封じたつもりだろう。

烈風サム!」

俺は魔獣の腹に手のひらを当てるとゼロ距離で衝撃波の魔砲キャノンを撃ち込む。男はそのまま気絶した。


男は四谷署に連行され、取り調べを受ける。俺は俺が誰か知っているか尋ねた。

「知らん。」

無論、翻訳至法越しに聞いていたのだが思わず耳を疑った。俺が告死鳥ラプター、お前たちの標的だ。思わず自己紹介したが、反応は薄かった。

「へえ、そうなんだ。俺は戦闘の担当じゃないからよく知らないんだ。」

じゃあ、お前らの戦争の目的は何だ?お前は誰と戦っているのか?俺は思い切り苛立っていた。男は澄ました顔で肩をすくめると両手を広げた。

「さあ、どうでもいいさ。楽しく遊んで金を稼ぐ。俺は故郷に帰ったら自動車販売業をやりたいんだ。お前、東京で良い中古屋を知らないか?やっぱり日本車は最高だ。できればトラックの扱い量が多いところがいいのだが。」


もしかして、俺って本当に「ダシ」に使われているんじゃなかろうか。時塚も気になったらしく、逮捕された他の妖精憑きの取り調べの調書を調べてみれば、ほぼ戦争の目的については知らされていなかったのだ。


そして、俺を狙った行動が確認されたことも一度もなかったのである。

「エノさん、まるで空気ですね。」

うるさい。俺も少しは凹んでるんだよ。ただ、ほっとしてもいた。


二月の最後の晩、芽依ちゃんからLineが入る。

「二次試験終わりました。」

「無事に?」

「まあまあです。」

芽依ちゃんのまあまあは割と出来が良かったのだろう。

「部屋の鍵、返した方がいいですか?」

「なんならアパートが見つかるまで使っていてもいいよ。」

「ご迷惑では?」

「芽依ちゃんなら迷惑じゃないよ。」

「ありがとうございます。甘えさせてもらいます。」

「これからごはんなんてどう?受験終了記念で。」

「ありがとうございます。ただ今日は三上さんちに呼ばれてます。」


組対6課長の名前が出て思い出す。IA(インビジブルアーム)社の本営で「マスティマ側」の合同作戦本部が立ち上げられ、そこに呼ばれていたのだ。場所は「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」。そこに本部が設置されたのだ。


「そう、三上課長によろしくお伝えください。」

「はい。じゃあ明日、千鳥ヶ淵で。」

芽依ちゃんのメッセージはそこで終わった。


千鳥ヶ淵戦没者墓苑は戦争で亡くなったものの、引き取られなかった遺体が納められている場所である。桜の名所としても知られている。あとひと月もすればジンダイアケボノ(ソメイヨシノの後継品種)の花が満開になるだろう。それまでにはこの戦争を終息させたいものだ。


俺は九段の合同庁舎に迎えに差し向けられたIAの車に乗り込む。ハンヴィーという軍用車を特殊改造カスタマイズしたものだ。ちなみにハンヴィーを民生化した車がハマーである。アフリカで乗った時は感じなかったがなんとも大きいことか。


墓苑に着くとやはり大きな建物に目が向く。建築師が建てたIAの本営である。墓苑を損なわないように中央の六角堂を覆うように建てられていた。


建物に入ると時塚を探す。芽依ちゃんや組対も勢ぞろいのようだ。政府は表だって聖痕戦争に介入できないため、マトリや組対からマスティマ側に参入する公務員に特別有給休暇を付与し、特殊勤務手当を払うことを閣議決定したのだ。


カンファレンスルームに集まったメンバーに、社長の倉崎が自己紹介から始める。次いで主要なメンバー、そして警察側、マトリ側のおもだったものを紹介する。最後に俺が紹介される。

「これが榎本爽至。今回の戦争パーティの主役です。ただ残念ながらBBQの『肉』としてですが。」

倉崎のいい様に会場から笑いが起こる。


 次いでイガロの戦争での狙いについてプロファイラーからの説明が入る。やはり、俺の命をというのはブラフに過ぎず、可能性が高いのは「金を稼ぐこと、」、「自分の組織ブラックパンサーと天王寺会の武力増強」、そして「異世界への門へ到達」であるとのことだった。


異世界への門。この地球には3つだけ存在する。アメリカのセドナ、イギリスのストーンヘンジ、そして日本の富士山である。それぞれ異なる世界に繋がっているのだが、三つの世界の中で最強の魔法を提供したのは、日本に現れた門と繋がった世界、「魔法世界ユーフォリア」だった。今は人的交流は政府レベル、学術レベルにとどめられているが、今でも各国のスパイがその門から異世界へ潜入することを虎視眈々と狙っているのである。


会場からどよめきが起こる。そういえば九条の爺様はユーフォリアで生まれ、子供の頃に父親に連れられてこちらの世界にやって来たと言っていたのを思い出した。イガロが強力な魔法を求めて異世界へ行けば、きっとこの世界に災厄となるのは明らかだった。


方針としては、「四天王ファンタスティック4」を倒すということだった。そうすればこの戦争は終わることになるとのことだった。それはわかる。どんなに強力な術者であっても一人で戦争をすることはできないからだ。


その後、質疑応答が行われた。時塚が質問する。

「このメリッサ・イガロの特殊能力とはなんでしょうか?」


魔法陣師スペルライターです。」

本来、天使や妖精の正契約者は魔法陣は使わない、というか使う必要がない。彼らは契約した霊的存在の力を思いのままに行使できるからだ。その魔法を術者ならだれもが使えるように魔法陣に書き起こすのが魔法陣師スペルライターなのである。  

 つまり、イガロの作った魔法「エンジェル・クライ」はメリッサの手によってこの世に送りだされたともいえる。


 時塚の拳がぎゅっと握られる。怒りなのか、決意なのか。彼にとっての「親の仇」である魔法の生みの親が二人とも明らかになったのだから。

 無理すんなよ。俺の言葉に時塚は解っています、とだけ答えた。そう、戦闘に関してはIAの仕事で、ずぶの素人の捜査官には手に負えないだろう。俺だって地上戦の訓練はしばらく受けていない。だから俺たちは法に則ってやつらを支える連中を片っ端から逮捕し、イガロから引き剥がす。


新宿御苑の本拠地にはIAがあたり、組対は天王寺会に大々的に家宅捜査を決行。マトリも全国各地の特殊法務局から応援を掻き集め、所轄と協力して魔法犯罪に対抗する。役割の分担も決まっていった。


「エノさんはイガロの目的はなんだと思いますか?」

時塚が真面目な顔で聞く。俺は金だと思うよ、と答えた。戦争の目的は大抵誰かが利益を望むところから始まるのだ。しかし、時塚は異世界への門だと言うのだ。推測する理由は「勘」だそうである。勘で動くのを否定するつもりはないが、いつもの理論的な時塚にしては珍しい。


「確認したいことがあるんです。」

そんな澄んだ目で言われたら断りづらいじゃないか。



 


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