第20話 占拠 要塞 新宿御苑!

  3万5000人の妖精憑きと言ってもそのすべてが戦闘員、というわけではない。戦争に参加しない者の方が多い。簡単に言えば「経済移民」である。聖痕戦争に政府が法的に介入できないことをいいことに日本に流れこんできたのだ。


また、特殊能力カリスマも人それぞれであり、だれもが戦闘に特化するわけでもないのだ。それを象徴するような事件が発生する。


―イガロが行動をおこしたのだ。―

 新宿御苑が深夜に何者かに突如襲撃され、占拠されたのだ。その目的は本拠地の確保であった。公園であるため6時には閉園して中には警備員が数名しかいなかったのだ。


国有の財産である公園が不当に占拠されたため、警察が、それも機動隊が出動する。出入口となる3つの門には強力な結界が張られ、屈強な妖精憑きが配備されていた。


「考えましたね。」

 俺と時塚は新宿御苑前のカフェで休憩をとっていた。男二人でお茶を飲むには無駄にお洒落である。

「ああ、既視感あります?ここ、昔の大ヒットアニメ映画の主人公がバイトしてた店のモデルになったこともありますし、ドラマじゃちょいちょいロケに使われてますからね。」

 ああ、そういうことか。でも今は報道陣や警察関係者ばかりであった。二人で調査したところ3.5kmにわたる御苑の外周にも強力な結界が張られていたのだ。結界を調べたところ、呪術系だけでなくいくつかの術式を組み合わせたものである。解除も試みたが複雑すぎて素人には手も足もでない。


 「どうやら四天王ファンタスティック4の登場らしいです。」

おいおい、中二かよ?

 バロンサムディの妖精憑きでも上位の契約者が来ているらしいのだ。その一人がこの結界を張った『結界師』、茅野保かやのたもつである。名前の通り日本人で、アメリカ留学している時に契約者になったそうだ。御苑正門の大木戸門にいてスポークスマンと警備主任を兼ねたような存在だ。

 

 敷地の中でもレストランや茶室があったエリアに巨大な建造物が建てられている。建造物と言ってもまるで樹のように生えてきたといえる。バオバブの樹のような形で天井部には葉を繁らせている。


 「建てたのはデイビッド・デル―ロというハイチ国籍の術者ですね。レゲエ歌手だそうです。」

 しかし一週間もかけずに都庁ビルと同じような高さのビルを建てるなんて常軌を逸している。『建築師』と呼ばれる術者である。おそらくこの要塞全体の管理を任されているのだろう。


 建造物には各所から砲塔のようなものが突き出している。おそらく防空設備だろう。この術者は知っている。ジョエル・エコング、ナイジェリア国籍の術者で対天使戦闘のエキスパートだ。血の奴隷海岸紛争では仲間を何人もやられた。 


対天使戦闘兵器。通称は天使喰い《エンジェルイーター》である。天使はGODから定期的に奇跡を起こすための認証を受けなければならないがそれを遮断する術式が組まれている。

その攻撃をくらうと一時的にいわゆる「堕天」状態になり、天使憑きなら普通の人間に戻ってしまうのだ。堕天した天使が開発した異世界から来た兵器である。


で、残りの一人は?

「ええ、アメリカ国籍の白人女性でメリッサランパードイガロです。イガロの養女とも妻とも言われてます。いつも目隠しブラインドフォールドをしているので盲目なのでは、とも言われています。」

でもよく情報が入るね。釼持からの情報?

「いいえ、日本政府は民間軍事会社と契約したの、ご存知ないのですか?今回はマスティマとバロン・サムディの聖痕戦争ですから、あからさまに自衛隊を戦闘に投入できないのですよ。」

おい、それってまさか⋯⋯。俺は嫌な予感がした。天使憑きは一人前になると必ずボランティアを行う。俺のように自衛官になるものもいれば、芽依ちゃんのように警察に所属するものもいる。他には消防や医療機関で働く者もいる。


その後、それぞれ自分の特性カリスマを活かした仕事をするわけだ。中には天使憑き同士で会社を起こしたりするものもいる。そして、マスティマの眷属ファミリーが起こした会社がある。それが民間軍事会社なのだ。民間軍事会社とは重武装した警備会社、あるいは民間の傭兵会社といえる企業である。俺の先輩も同期も後輩も沢山いる会社があるのだ。


俺はその会社に行くのが嫌で嫌で嫌で新橋でゴロゴロしていたのだが。

「あ、ご存知だったんですね。実は、そこの社長さんが直々にエノさんにお会いしたい、ということで待ち合わせすることになったのですよ。さすがプロですね。情報収集が素晴らしいですよ。」

時塚、そこは感心している場合じゃない。俺たちも捜査のプロなんですよ。いやこうしちゃいられない。俺は今日は早退するわ。しかし、一歩遅かったようだ。


「あ、どうも。はじめまして。マトリの時塚です。」

「おーい、爽至、後ろ後ろ。」

良く知る声がする。俺が恐る恐る後ろを振り向くと予想通りの男が立っていたのだ。

「⋯⋯倉崎大佐!」

俺は反射的に起立して敬礼する。


倉崎豹真くらさきひょうま、49歳。かつて爺様の右腕と呼ばれた尊者である。特殊魔法カリスマは千里眼。魔導大戦の時に尊者になったので今は様々な魔法を使える。


マスティマの眷属ファミリー会社「インビジブルアーム」の社長である。「見えざる腕(もしくは武器)」という社名に違わず、世界的に事業を展開している。俺とはアフリカ戦役以来の付き合いである。


「なんだよ爽至、お前が宮仕えとはな。給料カネならウチの方が断然いいのに。」

大佐は答礼すると笑った。さすがに非正規ですとは言えず黙って頷く。

「まさかお前が戦争パーティーの主役になるとはもっと驚きだがな。」

すみません。それはこちらがもっと驚いてますが。


倉崎は席に座るとタバコを咥える。

「あいつらの様子を見たか?」

俺は首を横にふる。実は、あの新宿御苑「要塞」には入ることが可能なのだ。

ただし、条件がある。それは、魔法回路を持たない者、武器を持たない者、そして政府関係者ではない者である。


ただし、倉崎の得意技は千里眼である。中の様子が手に取るように分かるのだ。そう、大佐のスキルにかかればどんな凄腕もアマチュアに過ぎない。

どうも要塞内には若者たちや暴力団員たちが出入りしているようなのだ。

「僕は話だけ聞いています。」

おそらく時塚は釼持を潜り込ませているはずである。


そして、そこで擬似魔法回路デバイスである魔銃や違法魔方陣が売買されたり配られたりしたのだと言う。御苑の風景庭園にはサーカスのようなテントが張られ、パーティ会場となっていたのだ。


参加者は正門駐車場からバスで送迎されており、天王寺会系のフロント企業が担当していた。パーティの様子はスタッフが撮影してインスタグラムやツイッターなどのSNSを通じて拡散されていたのである。


それからはマトリが大忙しであった。深夜の東京にたむろす若者たちは軒並み麻法をやっていた。所轄の留置所はいっぱいになっていく。

しかも、若者の数は徐々に増えていく。もはや、日本中から警官を集めなければ取締りきれないほどの数へと広がっていく。そして、それこそがイガロの作戦だったのだ。


なぜそう言い切れるのか?なぜなら「戦争パーティ」の主役のはずの俺が「空気」だったからだ。



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