第19話 決起する 血気さかん 譎詭【けっき】なき仲間

俺は東京に戻る。俺にとって最大の試練の始まりだ。


 「聖痕戦争」。天使と妖精が、あるいは妖精と妖精が戦う戦い、決闘である。大抵は正規契約者同士が手駒同士を戦わせ、最終的に相手を屈服させた方が勝利することになる。今回、イガロが俺を殺すと宣言した。それに対してマスティマはそれをオレ個人の私闘ではなく眷属ファミリー込みの戦争としたのだ。


 戦いの舞台に選ばれた国の政府は参加者への法的干渉をしてはならない。ただ、市民や財産を保護するために実力行使で対抗することは可能である。

この決闘の参加するものたちの体の一部に所属する陣営の魔方陣が浮かび上がる。それが『聖痕』戦争と呼ばれる所以である。


 せめて日本政府には俺の味方にならずとも邪魔はしないで欲しい。


俺はアパートには戻らず、九段の合同庁舎、マトリの取り調べ室にこもって魔弾の準備に取り掛かる。


魔弾、と一言で言っても術者によって様々だ。魔法で構成された弾頭を火系魔法で射出する「火系魔弾」。圧縮した風魔法で射出する「風系魔弾」。そして、重力で加速する「土系魔弾。」射出方法だけでもこれだけある。

魔矢ミサイル と呼ばれる狙った相手を追尾するタイプもある。


そして、擬似魔法回路デバイスを使えば、誰でも撃つことは可能だ。俺が爺様から預かった魔銃もその一つだ。これは、俺の魔弾の特殊性ユニークに合わせてあるのだ。


普通の魔弾、魔銃はあらかじめ決められた魔法を撃ち出す。火炎弾は最初から火炎弾として作り出される、俺の場合はすべての魔法の源である「エーテル」しか込められていない。銃の「銃身バレル」にはいわゆる「線状痕」が刻んであるが、俺の魔法回路指ピストルの銃身に当たる部分で魔法陣が加えられ、魔弾は発射の段階で様々な魔法に変化させることができるのだ。そして、今回爺様から渡された魔銃は同じ方式を採用していた。


時塚から電話が入る。俺が庁舎に戻っていることを知るとわざわざ駆けつけてきた。

「エノさん。俺も一緒に戦いますよ。」

なぜ?時塚、お前はやめておいた方がいい。お前に何かあったら莉奈ちゃんが悲しむじゃないか。だいたい、たかが半年くらいしか付き合いの無いやつのために命を危険にさらすなんてどうかしてる。


しかし、時塚は何を今更、という表情だ。

「いや、そんなに僕って足手まといですかね?たかが半年に過ぎませんが、僕だってエノさんと相棒バディを組んでから結構な場数を踏んでますけど。」


  ほら、お前には大事な婚約者がいる、ってだけで「死亡フラグ」だし。

「大丈夫ですよ。フォワードはエノさんで僕は援護バックアップに徹するんで。そこまでうぬぼれちゃいませんよ。⋯⋯それに、僕はエノさんのことを親友だと思ってるんですけどね。」

 親友?30歳にもなって初めて言われた殺し文句パワーワード。俺にとってはすべての思考が止まるほど狼狽えてしまった。


 「エノさん、ツンデレですか?悪いですけど、僕だって大事な自分の命を預けるわけですから、相手を選びますよ。エノさんは下心がないんですよ。僕はたいていの人間から嫉妬とか呪詛みたいなネガティブな感情を抱かれることが多いのですが、あなたはいつでも僕を尊重してくれる。


 それはそれはやっぱりあなたが頂点を極めたことがあるからだ。今は確かにうだつが上がらないかもしれませんが、あなたのプライドはあなたの優しさとして今も残っている。僕はエノさんのそういうところが好きですよ。ああ、へんな意味じゃなくて人間として、ということですが。もちろん、そう考えているのは僕だけじゃありません。すぐにわかると思いますよ。」


そして、続々とマトリの連中が事務所に集まってくる。政府から「聖痕戦争」の対策を協議するよう各省庁に通達があったのだ。


「エノさん。」

小野寺も来た。

「私もお手伝いしますね。」

おい、「戦争」だぞ。わかってんの?向こうはこちらを殺しにかかってくるんだぞ。


「それ、いつもと同じじゃないですか?わたしだって代々陰陽師の家系ですから、ここで逃げたらパパに叱られます。」

はあ?俺はアフリカで嫌になるほど嗅いだ血と硝煙の臭いを思い出す。あの地獄はそう忘れられるものじゃない。でも、小野寺も涼しい顔だ。

「ねえ、時塚さんもそう思いません?」


みんなが集まると部長の訓示があり、聖痕戦争の経緯が説明された。

次に久保一課長がマイクを取る。

「みんな、戦争戦争言うがやる事は普段と変わらない。世界中から、未登録の妖精憑きが大挙して押し寄せ、魔法を行使する。

小野寺、未登録魔法使いの魔法行使とはなんだ?」


「それは魔法犯罪です。魔法行使者登録法をはじめ、いくつかの法令に反した行為です。」

小野寺の答えに満足そうにうなずく。

「そうだ。そんな魔法犯罪を許すわけにはいかない。この犯罪を取り締まるのは誰だ?時塚?」

「僕たちマトリです。」

時塚の答えに久保課長はその通りだ、と言ってから俺に振る。

「どうだ榎本、確かにお前は戦争の当事者だ。しかし、ここにいる俺たちは部外者か?」

俺はようやく理解した。みんなが俺のことを仲間だと思ってくれていることを。非正規職員に過ぎないのに。


久保課長は続けた。

「そうだ。だからお前は自分を責める必要も、俺たちに遠慮する必要もない。俺は逆に良かったと思っている。何しろ、実際に敵と戦った経験があるやつがここにいるんだ。そのノウハウを俺たちに教えてくれ。出し惜しみなくな。」


「そうだ、俺たちは仲間ファミリーだ。これから始まるのは俺たちの戦争だ。俺たちの敵はすべての魔法犯罪者、俺たちは『マトリ 』だ!」

課長が右腕を突き上げる。その右手の甲にマスティマの紋章が現れた。天使マスティマの陣営サイドと認定されたのだ。

みんなも腕を突き上げる。その利き手の甲に浮かぶマスティマの紋章。そう、みんな俺の戦友サイドなのだ。


俺は久しぶりに涙が止まらなかった。俺は嫌われてはいなかったのだ。


 それからアフリカ、カリブ海、南アメリカ諸国を中心に「バロン・サムディ」の眷属が続々と日本へ向かい始める。わずか1か月で3万5000人程度の妖精憑きが来日したことになる。

「入管庁がパニック状態らしいですよ。」

法務省勤務の莉奈ちゃんからの情報だ。


「こっちもパニックですよ。」

6課の古川がボヤく。警察庁が戦場に指定された東京の警護のために地方から掻き集めた応援を所轄に割り振るだけでも一苦労だ。事務方に至っては食事から宿の手配まで気を配る。

「戦死する前に過労死しそうだよ。」


まあ、観光客が減った分、警官が増えないと経済的に問題になるからな、とはいえ、世界中からジャーナリストやらミリオタやらが集まってくる。いわゆるユーチューバーを「ジャーナリスト」に加えてもいいのだろうか。もはや「祭り」のような雰囲気ですらあった。政府は戦闘に加わらない人間に腕章をつけるよう法務省を通じて省令を出した。


俺は戦争が終わらない限り東京エリアを離れる事はできなくなった。











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