第18話 尊者×眷属×喧嘩上等!
「爽至、お前に最初に教えるのは、喧嘩のやり方だ。」
俺が親元を離れたのは小学6年生の冬休みだった。秋の修学旅行で俺が天使憑きになり、釼持が教師をクビになり、イジメグループが瓦解した後、俺は地元に残ることもできたが、硫黄島に行くことを選んだ。正確にはそこへ「逃げ出した」のだ。だいたい、俺のせいでめちゃくちゃになったクラスに俺の居場所があるなんて思えなかった。
九条の爺様の教室には男女合わせて12人くらいの天使憑きたちがいた。年齢も11歳から18歳くらいの若者たちで、卒業が認められれば魔導自衛隊に特務自衛官として従軍するのだ。だからメンバーは頻繁に入れ替わる。俺も15歳までの3年間をここで過ごした。
爺様が言うところの「喧嘩」とは「ドッグファイト」だった。
天使マスティマの眷属は大抵「魔弾」が特殊魔法となることが多い。天使憑きは戦闘機と戦うことも多く、
相手の特性、得意技を知り、それを凌駕するための策を練り、冷静にそれを実行する。ゲームとしては面白かった。相手の背中を奪った方が勝ち、という単純なゲームだった。
「怒っても怒りに呑み込まれるな。恐れてもそれに取りつかれるな。」
爺様の教育はいかに感情をコントロールするかに焦点がおかれていた。
俺は再び硫黄島を訪れた。
今日も声を上げながら子どもたちが翼を広げ空を舞っていた。ペイント魔弾を撃ち合う懐かしい光景だ。勝っても負けても最後は風呂で汗とペイントを流す。
爺様の部屋に通されると昼間から酒を出される。
「相談、ということだが、先回のバロン・サムディの来襲に関することか?」
はい。俺はバロン・サムディに宣戦され、レストランで人間爆弾による襲撃を受けたことを報告する。
「そうか。ゾンビ兵も確かに厄介だったが、あの人間爆弾もきつかったのお。」
何しろ誰がどこで爆発するのか、術者のみぞ知る恐ろしい魔法だ。海外のテロではお馴染みではあるが、日本で頻発すれば民衆の不安を煽り、移民排斥運動へと悪化するかもしれない。
「マスティマに訊いてみるか。これをお前の私闘とするか、それとも聖痕戦争にするか。」
爺様は俺の目を見据える。歴戦の
「なにしろ、お前だけでは絶対に勝てん相手じゃからな。お前が進化するか、戦争に持ち込まねばならんな。⋯⋯爽至、『
天使契約者には位階がある。大天使以上の位階の天使と正契約をした『聖者』。そして天使の正契約者である『福者』。この地球上に合わせて72人だけ存在する。
そして「天使憑き」の中でも上位契約の「尊者」がいる。それには今契約している天使に昇格を認めてもらわねばならないのだ。
俺は爺様に連れられて祠に行く。そこには久しぶりに見る天使マスティマの姿があった。
「久しぶりだな、爽至。アフリカ戦役以来じゃないか?」
俺はひざまづいてはいと答えた。
「我が友よ。あなたがお聴きになられた通り、バロン・サムディはあなたの眷属に死を宣告しました。」
爺様の言葉を聞くとマスティマは頷いた。
「そうだったね。前回アフリカでやられたことがよほど悔しかったのかねえ。
「あの、俺のせいで死人が出ることになってしまうんでしょうか?」
俺は怖かった。芽衣ちゃんみたいな孤児を自ら作ってしまいかねないことに。マスティマは皮肉っぽい口調で言った。
「なに言ってんの?あの戦いでキミがあの芋男爵バロンを倒したわけじゃない。思い上がらんことだよ。キミは私の手にあるただの銃にすぎない。私が弾を込め、私が引き金をひいた。ただそれだけのことだ。バロンがキミに宣戦したのは私を引きずりだすためだ。まあ、やつの狙いはわからないけどね。」
俺はうなだれた。確かに、あの勝利は俺の力ではなかった。今度は爺様が口を開いた。
「マスティマ、わしは爽至を尊者に推挙したいのじゃが。」
マスティマは爺様と俺を交互に見てから両手を広げた。
「爽至、それは本気かい?君が尊者を目指すだって?一度も自分と正直に向き合ったこともない癖に?」
穏やかな言い方だったが内容は痛烈だった。
そんなことはありません!俺は声を大にして言った。俺だってこんなに苦しんでいるのに?
イジメられていた自分。天使憑きになってここで修行した日々。戦争で幾度も死線をくぐった。確かにアメリカでは失敗したけれど、今はなんとか立ち直って前に進もうとしている。
マスティマは俺に問うた。
「でも、キミはいつまでも『被害者』のままだよね。キミをイジメたやつが悪い。キミを騙した女が悪い。でも、キミはその人たちを許したことが一度でもあるのかい?私が言いたいのは、キミが他人ときちんと向き合おうしないのは、自分と向き合ったことがないからなのさ。」
俺は何も言い返せなかった。釼持は犯した過ちへの罰を受けた。いじめっ子たちもそうだ。いつまでも拘る必要はないはずだ。でも俺は今でも気にしている。もう俺が望みさえすれば簡単に命すら奪えるのに。
マスティマはまた愉快そうに笑う。
「また、イジメられていた情けなーいあの頃のキミに戻っているじゃないか。それこそ元の木阿弥ってやつだ。良いかい?キミはカッコつけすぎなんだよ。楽に接することができる人としか関わろうとしない。そんな殻に篭った人間が他人を希望へと導く尊者になれると思うかい?」
俺はこの言葉にも何一つ返すことができなかった。マスティマは続けた。
「爽至、そんな絶望した目をしないでくれ。私はこれでもキミには期待しているのだよ。あのいじめられっ子だったキミは憎しみに身を焦がしながらも学校へ逃げずに来ていたじゃないか?この世界を変えたければ、まずキミ自身を変えてみたまえ。その資格も能力もキミには既にある。キミに無いモノ⋯⋯それは自分が変化する勇気だよ。
だから私はキミに試練を与える。本気であの「芋男爵」を怒らせてみたまえ。あの芋男爵はまだ怒っていない。まだまだ猫がネズミを痛ぶって遊んでいるようなものさ。キャッチアンドリリースを繰り返し、キミがボロボロになっていく様子を楽しみたいのさ。しかも、戦争とか言ってるわりに、それにかこつけて何か企んでいるのが見え見えなんだよね。
だからさ、『窮鼠猫を噛む』をやってみてくれ。やつの首にガブリと噛み付いてみておくれよ。それがキミが尊者になれる道さ。」
「わかりました。」
俺はそう言うしかなかった。俺がためらっているのは自分のせいで誰かが傷つくことなのだ。「尊者」になればより多くの人を守れるはずなのだ。俺はもう一度ひざまづいて礼をして祠を去ろうとした。
「ちょっと待ちなよ。」
マスティマが俺を呼び止める。俺が振り向くとウインクしてから言った。
「キミに恩寵を授けよう。魔力制限は無しだ。幾らでも魔弾を撃ってもいいぞ。そして魔つまり『尊者』の仮免許だ。」
「ありがとうございます。」
俺は東京に戻ることにした。恐らくこれからは一人で戦わなければならない。時塚も小野寺も芽依ちゃんだって自分の人生がある。俺に巻き込まれるのはごめんだろう。そう、これは俺の戦いなのだ。
「爽至。お前にこれを預ける。」
俺が市谷へのゲートをくぐろうとした時、爺様が俺に銃を渡した。ベレッタM92に似ているがイタリアの同社が制作した魔弾用の銃だ。ちなみに
天使憑きは政府に登録すれば魔銃の所持は認められているのだ。恐らくすでに俺の名義で登録を終えているのだろう。
「肚は決まったか?爽至。」
俺は頷いた。
「マスティマがバロン・サムディに決闘を宣言した。それは、日本国政府にも伝達された。この意味が分かるか?」
俺は首を横に振る。
「彼はお前の退路を絶ったんだ。『聖痕戦争』が始まったんだよ。爽至。残された道は前にしかない。お前はもう後ろに退がるな。前へ進め、そして突破しろ。」
俺は不安だった。俺なんかのために戦ってくれるやつなど果たしているだろうか。
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