第17話 ディナーデート×テロ×聖痕戦争
俺は、市谷に寄って「呪術人形」を預け、アパートに戻る前に「濁庵」に寄った。唐突に突きつけられた死の宣告。背中に冷や汗、いや脂汗が滲む。不安と恐怖に苛まれる今は、無性に人の中にいたかった。
「エノさん?エノさん?」
胡桃ちゃんが俺を揺する。よほどひどい顔をしていたのだろう。カウンターに座った俺の前に出されたのは「
「大丈夫?」
胡桃ちゃんが俺の顔を心配そうに覗き込む。青汁の苦さが俺を正気に戻らせる。
「ありがとう、少し落ち着いた。」
「よかった。全財産でも落としたような顔してるんだもん。もしかして、芽依ちゃんに手を出しちゃったとか?」
なんつーことを!?
「出してないって。」
「だって最近芽依ちゃんとは『半同棲』、『通い妻』って噂ですけど。」
「勉強部屋を提供してるだけだ。大体彼女は受験生だぞ。『通い妻』って世話されてないし。」
そうか、いやに詳しいと思ったら大家さんの娘だったわ。
「でもその『彼女』さん、共通テストは終わったんだよね?」
怪しい、といいながら俺の顔を再び覗き込む。
「芽依ちゃんはこれから二次試験があるの、まだまだ受験は終わんないの。」
俺は苦笑いを浮かべる。口の中に残った青汁がそうさせるのか。
「よかった。ちょっと元気出たね、エノさん。」
胡桃ちゃんは俺の頭を撫でると、再びオーダーを取りに店内を飛びまわる。
大変なことになってしまった。もう、自分一人の問題だけではなくなってしまったのだ。
「バロン・サムディ」の正規契約者の宣告を俺が仕える「マスティマ」の正規契約者が受けてたつと「戦争」になってしまうのだ。
魔導大戦後の地域紛争のほとんどはこう言った「神格」同士の争いと言っていい。俺が従軍した「血の奴隷海岸動乱」もそうだった。
一般に「聖痕戦争」と呼ばれるもので、「神格」双方が勝利条件を定め、眷属同士がぶつかり合う。問題はそれを戦闘の舞台に設定された政府には拒否権がないことだ。政府は法的に双方の陣営に法的介入できない。
もちろん、黙ってみているわけにはいかないので国民の生命や財産にとばっちりが来ないように自衛する権利を行使できる。大抵は他の「神格」に用心棒を頼んだり軍を出動させることになるのだ。⋯⋯あるいはどちらかの陣営に
俺は時塚に相談することにした。
「ブライアン・イガロの妖精が判明したんだ。⋯⋯バロン・サムディ。かつて、俺が参加した作戦で倒したアレックス・バログンの契約主だ。」
「ええ。知ってますよ。エノさんのコールネームに『the』がついた作戦ですよね?もちろん、術者が斃されたからと言って妖精が死ぬ訳ではなく、次の術者と契約するだけですからね。⋯⋯そうですか。でもどうやって判別したんですか?」
俺は三上さんのサイコメトリーで知ったことを告げた。そして、バロン・サムディから宣戦されたことも。
「でも12年も前の話ですよね。しかも、舞台は日本です。なぜ今、ここで、なんでしょうか?でも、バロンの目的がなんにせよ、正式に『聖痕戦争』の開戦が決まれば政府は動かざるを得ませんね。恐らくイガロは世界各地から眷属を寄せ集めるでしょう。政府はその入国を妨げることは出来ないはずです。
やつらは間違いなく武器と魔法陣を大量に持ち込んでくるはずです。この国の治安はさらに悪化することでしょう。いや、それが目的だとしたら?」
そうか、俺を殺す、というのはただの
「『足切り』通過しました。」
芽依ちゃんからメールが来る。大学入試、一次通過決定。つまり、二次試験への挑戦権を得たのだ。
「おめでとう。お祝いにディナーでもどう?もちろん俺の奢りで。」
「ありがとうございます。たまには新橋じゃないとこでお願いします。」
実は、すでに一次の合格を見越して店を予約してあったのだ。そして六本木で待ち合わせた。
六本木でも比較的治安の良いところにあるイタリアンレストランだった。あまり高くない割に美味しいといういわゆる「コスパ」の良いとことろだ。仕事柄、六本木と新宿二丁目界隈はやけに詳しい。
「あまりこっちは来たことがないです。」
キョロキョロと見回す。確かに女子が「
「最近は受験勉強でボランティアがお休みなので仕方ないですかね。」
違う違う。
レストランはすでに満席だった。リザーブしておいて正解。
「ずいぶんと混んでますね。平日なのに。」
そりゃ今日はバレンタインデーだからね。そういうと芽依ちゃんの顔が赤くなる。これはお祝い。デートとかじゃないし、俺も勘違いしてないから、となんかオッサンが慌てて取り繕う。
芽依ちゃんはギャルソンが引いた椅子に座る先ほどの俺の慌てた様子がおかしかったのか少し表情を崩す。
「エノさん、ツンデレですか?」
お前が言うな!
「とりあえず一次合格おめでとう。」
軽く乾杯する。俺はトスカーナの
「もし合格したら、ですけど⋯⋯伯父の家を出るつもりです。」
良いんじゃない。じゃあ、ウチ来る?俺の冗談に芽依ちゃんは口を尖らせる。
「絶対に嫌です。⋯⋯狭すぎます。」
しばらく、おしゃべりしながら食事を楽しむ。やっぱり頭の良い女の子と会話するのはすごく楽しい。
あの、と突然前置きすると芽依ちゃんはバッグから包みを取り出す。
「いつも、部屋を貸してくださってありがとうございます。」
そう言って俺に手渡す。え、これってもしかしてバレンタインのチョコ?
「はい。もちろん、義理チョコです。ここに来る前に三上さんにもあげてきました。」
ですよね。
「ありがとう。とても嬉しいよ。」
「手づくりじゃなくてすみませんが。」
そんなことはないよ。受験生にそんなこと求めていませんよ。その時だった。魔法の起動を感じる。
「エノさん?」
芽依ちゃんも気づいたのか?注意を集中する。どこだ?しかし、すぐにその魔法は発動する。
「
入り口に近い席で爆発が起こる。俺はバリアを起動して爆風を防ぐ。
「人間爆弾?」
あちらこちらでテーブルはなぎ倒され、食器や料理が撒き散らされる。何人も人が倒れ、血まみれになっていた。灯りは落ち、非常口の方向を指し示すランプだけが光る。女性が悲鳴をあげると堰を切ったように人々が非常口に殺到する。
俺と芽依ちゃんは至法で灯りをともすとギャルソンに客の避難誘導するよう指示する。俺はデバイスで爆心地となったテーブルにバリアをかけ、二次的な爆発や現場の保存する。あとは怪我人のトリアージ。幸い爆弾と化した人間以外の、絶命したものはいない。救命士が来る間、至法陣を使って回復に努める。
救急車と所轄、そして機動隊が駆けつけた。
「マトリと6課の術者さんでしたか。よかったです。居合わせてくれて助かりました。」
俺たちの初期の活動が評価された。しかし、俺の胸に不安が過ぎる。もし、これが偶然でないとしたら。俺に対する攻撃の口火を切ったことを意味したら。
いや、逆にそう思わせて俺を怖気付かせようとしているのだろうか。
「人間爆弾」は損傷が酷く、身元を明らかにするものを持っていなかった。リザーブ席ではないため、店との通信記録も無い。
「芽依ちゃん、俺はしばらく家には帰らない。受験が終わるまで部屋は自由に使ってくれてかまわない。」
「ありがとうございさいます。それでエノさんはどうするつもりなんですか?」
とりあえず芽依ちゃんは目先の受験勉強に集中。俺は売られた喧嘩を買うだけだ。己の生存権をかけて。
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