第16話 JKと呪術人形と宣戦布告

俺のスマホが鳴る。

「あの、芽依です。今日もお邪魔してもいいですか?」

「うん、いいよ。」


年が明けた。もう三十路に突入してから半年以上経つ。時間が経つのがどんどん速くなるのを感じている。

芽依ちゃんは年末ごろからちょくちょく俺のアパートで勉強するようになっていた。

「来週、『共通テスト』(旧大学センター試験)の本番なんですよ。」


例の従兄が芽依ちゃんの部屋の前で夜な夜な暴れているらしい。どうにも芽依ちゃんの受験勉強を邪魔したいらしいのだ。芽依ちゃんが家を出れば騒ぐのをやめるので、居づらいことこの上ないという。


最初は小野寺の部屋で勉強していたらしいのだが、意外に汚部屋で落ち着かなかったのと、女子同士だといつのまにかお菓子をつまみにお喋りになってしまうらしく、結局、俺の部屋に入り浸るようになった。俺は勉強の邪魔にならないよう奥の私室にいるか飲みに出かけてしまう。もっとも年末年始はキナシの案件が一気に増えるので下手をすると九段の合同庁舎で寝泊まりしてる方が多かった。


「俺の部屋に入らないきゃ自由に使ってくれて構わないよ。」

という条件で芽依ちゃんにはアパートの合鍵を渡しておいた。

「エノさんの部屋に興味はないので安心してください。」

とばっさり切り捨てられてしまったのだ。まあ、今日日タブレット一つあれば「オカズ」は十分事足りるので、漁られて困るような類のものはない。


最近は芽依ちゃんは家に帰らずソファで睡眠もとって行くのである。もちろん昼間は学校の自習室で勉強している。無防備この上ない。


「女子高生に手を出さないでくださいね。」

小野寺に念を押される。

「まあ、あと数ヶ月で女子大生だからな。そうなったら手を出すよ。」

俺が冗談を言う。

「そうしたら全力で抵抗します。」

芽依ちゃんは冗談とも本気ともつかない言い方だ。 多分そうなる。結界というのは同系統の術者なら力量差さえあれば簡単に解除できるが、系統が違えば一筋縄ではいかないのだ。大体、天使憑きと妖精憑きが暴れたらアパートの方がもたない。


俺は、年が明けてすぐに九条の家を訪れたのだ。

俺が逃げ出してから5年ぶりくらいだろうか。硫黄島は相変わらず活火山の島で、隆起のせいか少し広くなった気がした。


硫黄島。


小笠原諸島南端にある火山島である。第二次大戦の激戦地でありここが陥落したことで日本中が「アメリカによる非戦闘員虐殺行為」のための基地になった。いわゆる「空襲」である。


異世界といち早く繋がった日本はここに「魔導師養成施設」通称「マホウトコロ」を置き、天使憑きや妖精憑きの育成を行った。ここを巣立ち、天使正規契約者である「福者」や「妖精使い」たちが通常兵器を圧倒したのが魔導大戦なのである。 九条白右はその中心メンバーの一人であり、今もここで魔導自衛官の養成を続けている。


俺が受け付けに顔を出すとすぐに通された。一応アポイントメントは取ったのだ。

爺様に会うのは久しぶりだった。少し小さくなったのだろうか。


「久しぶりだな、爽至。しかし、お前が宮仕えとはな。」

「ええ。ただ非正規なんですよ。」

爺様はえらくご機嫌だった。孫の写真だのお孫さんが書いた爺様の似顔絵だのを見せられる。散々普通の爺様ぶりを堪能させられてから漸く本題に入った。


「で、何しに来たんだったっけな?」

おい。もうすでに料理や酒もふるまわれ始める。俺は爺様が酔っ払ってしまう前に要件を述べた。

「バロン・サムディの呪詛人形ブードゥードールをお借りしたいのです。」

呪詛人形は日本の藁人形と同じく、他者を呪うためのアイテムである。また、陰陽師の式神のように、術者の意のままに動かすこともできる。戦役中ナイジェリア政府の要人の暗殺に使用された呪詛人形を自衛隊が鹵獲しており、それは研究のためにマホウトコロで保管されていたはずなのだ。


「では爽至、お前はそのブライアン・イガロとやらが例のアレックス・バログンに代わるバロン・サムディの新たな契約者だと見ておるのか?」

爺様の推察に俺は頷いた。

「どうやって証明するのだ?……そうか。現物を見れば良いのじゃな。」


発泡スチロールに毛糸を巻き、ボタンで目をつけただけの粗雑で粗末な人形。しかし、原価100円に満たないこの人形が数多くの貴重な人命を奪って来たのである。

100均ダイソーにでも売ってそうじゃのう。」

運ばれてきた人形を見て爺様は笑った。結界を解くと禍々しい霊気が人形からあふれだす。

「どうやら爽至の推理は杞憂では済まなかったようじゃの。」

人形はいきなり内部からカミソリを出すと爺様に襲いかかった。


「囀るな、三下が!」

爺様はきつい結界で呪詛人形を拘束する。人形は言葉は出さないが手足をジタバタさせる様子は気味が悪いの一言につきる。

「これでバロン・サムディは新たな正規契約者を得たことは証明できます。」

俺の言葉に爺様は意地悪そうに言った。

「じゃが、誰がそうかは証明できんな。」


「ええ。でもこれでスッキリしました。」

俺は本土に戻ることにした。無論、飛ぶ必要はない。福者にだけ許されている空間至法「ゲート」により、このマホウトコロは市谷にある防衛省本庁と繋がっているのだ。


俺がアパートに帰ると芽依ちゃんはソファにだらしなく寝転がり、ポッキーを咥えながらスマホをいじっていた。

「お帰りなさい。」

「息抜き中?」

「まあ、そんなとこです。」

俺は受験したことないけど、こいつは間違いなく受験を舐めている。そう思ったものの、俺には芽依ちゃんに頼みたいことがあったのだ。


「ねえ、芽依ちゃん、三上さんの携番教えてくれない?」

「え?個人情報なんで無理です。」

にべもなく断る芽依ちゃん。その割にあなた、私の個人情報を小野寺からもらってたよね?

「んー。日本にはこんな言葉があります。『それはそれ。これはこれ』」


やかましい!ジャイアンかおまいはっ?

芽依ちゃんは冗談ですよーと言いながら教えてくれた。大体、無償で勉強のスペースを貸してるのにこの扱い、極めて「雑」過ぎだろう?


一回り歳下の女の子に良いようにされている恥ずかしさを感じながら、俺は教えてもらった携番に電話する。

「はい、三上です。⋯⋯ああ、エノさん、どうしました?」

俺はたたみかける。

「三上さんがサイコメトラーだということを芽依ちゃんから聞きました。鑑定してもらいたいものがあるんですが、お時間いただけませんか?」


基本的に術者は依頼を断らない。競争の原理と知識欲によるものだ、俺は三上の前に手提げ金庫のように厳重に封じられたカバンを置く。ただ、中から出て来たのが粗末な手芸人形だったので三上は一瞬拍子抜けしたような表情を浮かべる。


 俺は例の呪詛人形ブードゥードールを三上の前に置いた。人形は爺様の結界で拘束されているため、イボ語で罵詈雑言を喚き散らしていた。俺は人形の由来について説明せず、術者の鑑定だけを頼んだのだ。


「これをどこから?」

恐る恐る三上が尋ねる。

「偶然です。麻法常習者の家から押収したものですが何か?」

「いや、とてつもなく嫌な、いや強力な霊気ですね。」

組対6課の課長と言う麻法犯罪者と対峙することには慣れているはずの男とは思えない言い方。いや、それだけバロン・サムディが強力なのだろう。


「結界は最強の術者の一人がかけていますから大丈夫ですよ。」

三上はおそるおおそる術を開始する。

「これは途中から使役者が変更されてますね。⋯⋯エノさん、あなたこれをどこで?」


もう一度由来を尋ねる。

「術者は日本にいます。これは⋯⋯アフリカ系移民ですね。間違いない。この顔は知った顔です。まさか⋯⋯ブライアン・イガロ。」


三上は術を中断した。

「すみません。これ以上は私の精神領域を冒される恐れがあります。」

三上は震える手で額の汗を拭った。

「ありがとうございました。」


その時、呪術人形が恐ろしく低い声で喋る。

「Hey,Raptor! I kill you! Let’s begin war!【告死鳥よ。俺はお前を殺す。さあ、戦争を始めようか。】」


俺も震えが止まらなかった。人形をカバンに入れようとして二度ほど取り落としてしまう。予想はしていたが最悪の鑑定結果だ。イガロが俺を殺すと言ったのはただの脅し文句ではなかった。復讐の標的ターゲットに認定されたのだ。



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