第15話:ハニートラップとJKとドラムスコたちと

芽依ちゃんの学費はご両親の生命保険と、国からの補助で充分に賄える。ただ、それまで政府は彼女が「妖精憑き」だったのを知らなかったらしい。まあ、俺も報告していなかった、というか忘れていたんだけどね。


芽依ちゃんが中学に通い初めてから最初のゴールデンウイークに事件が起こる。芽依ちゃんは家の廊下でばったり従兄に鉢合わせたのだ。ここ数年は見たこともなかったのだが、もう従兄は二十歳になっていたはずである。相変わらず引きこもっていた。


ちょうど伯父夫婦は買い物で留守だった。エンカウント自体は偶然だったのかもしれないが、従兄は芽依ちゃんに「ひどいことをしようとした」のだ。そして、芽依ちゃんは従兄にあっさりと組み敷かれる。


「おまえ、俺のことバカにしてんだろう!」

そう叫ぶと芽依ちゃんのブラウスのボタンを引きちぎった。胸元が露わになる。

「どいつもこいつも俺のことをバカにしやがって!」

言いがかりも甚だしかった。芽依ちゃんは叫びながら必死になって抵抗する。


その時だった。可仙姑かせんこの力が発動したのだ。従兄は弾き飛ばされ、負傷する。ものスゴイ形相で従兄は立ち上がった。

「おまえ、さては妖精憑きだな!?バケモノめ、警察に通報してやる!」


そして、通報を受けた警察によって、芽依ちゃんは正式に「妖精憑き」と確認され、政府に登録されたのだ。ただ、可仙姑かせんこの正契約者である『妖精使い』は台湾共和国の要職者であるため、彼女の指導官になったのは現在組対6課の課長である三上さんだったという。


「それじゃ、三上さんも『妖精憑き』なの?」

俺は思わず尋ねる。

「はい。ただサイコメトリーしか出来ないらしいのですけど。」

精神測定とも訳されるサイコメトリーは物品に残された思念から持ち主や過去の経歴を読み取る能力で、刑事としては「チートスキル」だろう。


「それで、芽依ちゃんは6課あそこでボランティアを?」

芽依ちゃんは頷いた。可愛らしい顔に似合わない、ヘビーな人生を送っているもんだ。

「じゃあ今は一人ぐらし?」


しかし、芽依ちゃんの答えは衝撃的だった。

「いえ、まだ伯父夫婦の家に住んでます。」

マヂか?また従兄に襲われるかもしれんのに?

「それは大丈夫です。どのみち結界を張ればヤツはまず入ってこれませんし、中学生で私を家から出したら世間体が悪いんだそうです、伯父夫婦にとっては。」


なるほど。それに長女である従姉とは仲が良いそうだ。芽依ちゃんの部屋は従姉の部屋なのだ。今は結婚して家を出ているという。彼女が独身時代に実家に泊まる時は芽依ちゃんと同じ部屋で寝ていたという。


「また、遊びに来てもいいですか?」

「ああ。遠慮しないでいつでもおいで。」

つい、安請け合いしてしまう。これは弟の同級生たちの面倒を見ていた頃のノリに戻っていたのかもしれない。


芽依ちゃんが帰ったあと、ようやく時塚から連絡が入った。見舞いには先日も病院に来たそうだが俺はまだ眠っていたそうだ。それで今日寄ってみたら退院したことを知ったという。ちゃんと俺会社に報告したけど。


「快気祝いついでに『濁庵』で飲みませんか?僕が奢りますよ。事件の顛末も説明したいですし。」

「莉奈ちゃんは?」

「仕事の話なんで、今日はNGかと。代わりに小野寺を連れて行きます。」

ほかに女性はいないので仕方ない。と言っても、鑑定課には結構女子がいるのだが、おそらく時塚が売約こんやく済みなので敬遠されているのだろうか。


すでに街はクリスマスキャロルで溢れかえっている。新橋駅のSL広場には恒例のイルミネーションが光を湛えている。


「いらっしゃいませ。エノさん、入院してたって本当ですか?」

濁庵の扉を開けると胡桃ちゃんが心配そうに迎えてくれた。

「ああ、かすり傷だ。もう治ったから心配ないよ。今日は座敷上ってもいい?」

「あ、はい、どーぞー。」

一番手前の一番小さな座卓に通される。掘りゴタツ風の席なので足は伸ばせる。


ビールを飲みながらお通しをつまむ。今日はたこわさびだった。

検挙されたのは売人が12名、これは幇助の運び屋も含めてだ。行使で186名。ヘリの運航会社にも翌日捜査にはいり、逃亡した4人の容疑者を割り出したが、すでに麻法が抜けてしまっているため、嫌疑不十分になるだろう。

「大手柄、と言っていいよな。」

時塚も小野寺も頷く。それで、逃亡したのはどんなヤツなんだろうか。


「それが、上からの指示でこれ以上騒ぐな、ということだったんで⋯⋯。」

二人とも歯切れが悪い。

「上?本庁ってこと?」

二人が頷く。とりあえず4人のプロフィールを見せてみろ。確かにやばそうな案件であった。一人は与党自由共生党の都連幹部の息子。もう一人は野党平和民主党の衆院議員の息子。3人目はメガバンク共和銀行の専務取締役の息子、最後は財務省審議官の息子。


政財官のドラ息子が勢ぞろいである。4人は大学のサークルの同窓のようだ。

「見なかったことにしよう。」

俺の言葉に二人はほっと胸をなでおろした。で、都連幹部って?俺はあっさり地雷を踏み抜いた。時塚は言いにくそうに言う。

「東京のドン、と呼ばれる男ですよ。肩書きは千代田区区議に過ぎませんが、30年に渡って与党の幹事長の座を死守している男です。」

じゃあ70超えてんじゃ?

「ええ、すでに85歳、だから息子と言っても妾腹ですよ。」

絶倫だな。いや、そういう話じゃない。イガロが盃を交わしている「天王寺会」、そいつとどこかで関わりがあるんじゃないの、って話だ。この4人の親の中では一番怪しい。


「やだ怖い。ダメですよエノさん。分かっているからこそストップがかかってるんじゃないですか。」

小野寺が戯ける。そう、利巧な奴は危機管理リスクヘッジが上手い奴だ。それが出来なかったのが俺だ。


そう、もう7年前くらいか。あの日、俺はサーシャに恋をした。彼女はまさに俺の理想の女性だった。

ウクライナからの留学生、という触れ込みだった。クリミア半島は魔導大戦に負けたロシアから取り上げられ、ウクライナのものになっていた。しかし、再びロシアはそこに攻め込み、再奪取に成功していたのだ。


その時多くの金持ちはアメリカに亡命した。そんな国を失ったプリンセス。ヒロイズムが発達したアメリカでは受けのいいヒロインナンバー1に違いない。そしてそのヒロインが選んだ相手が俺だった。俺は酔った、自分の力に、そして境遇に。


二人が男女の深い仲になるのにそれほど時間はかからなかった。女性経験なんてそれまではナイジェリアで従軍していた時にほかの国の女性兵士たちとベッドの上で「国際交流」をしたくらいだった。何しろ毎日が「吊り橋効果」の連続、何かに狂っていないと正気を保てない世界だったのだ。


だからこそ、 この甘いときめきに導かれた初めての恋愛だった。だから俺はサーシャに溺れてしまった。その瞳に、その唇に。その甘い囁きに、その柔らかな抱擁に。彼女は俺に魔法を教えて欲しいとねだった。アメリカでは魔法行使用のデバイスは拳銃並みの手軽さで手に入れられた。


だんだん、色々な魔法を教えていくうちに特殊な魔法陣をねだられるようになった。そこで一旦立ち止まるべきだった。でも、俺は止まれなかった。そして、俺は九条流の門外不出のデバイスまで貸し与えていた。


そして、突然サーシャは姿を消した。彼女はロシアのスパイだったのだ。俺はハニートラップにまんまと引っかかってしまったのだ。

俺はそれでも騙されたことに気づかず彼女を捜した。いや、騙されていたことを認めたくなかっただけだ。サーシャと俺が愛しあっていたことを嘘だったと認めたくなかったのだ。


現実は残酷だった。


俺は即刻日本に呼び戻され、九条家の重鎮たちから叱責を受けた。位階も特務三尉まで落とされた。こうして軍における俺の出世の道は閉ざされてしまったのだ。無論、スパイ容疑で逮捕されなかっただけマシだった。というよりも戦功ゆえの温情だったのだ。

俺はそのまま軍を辞め、九条の家も出た。


「お前は気づくべきだったのだ。お前は神でもなんでもない、ただのオペレーターに過ぎなかったのだ。それを全て自分の能力だったと見誤り、危機管理を疎かにした。『己を信じる』とはな、その『己』こそが一番弱いことを信じているからこそできるのだ。⋯⋯今一度原点に帰ってやり直すが良い。」


九条の爺様の言葉が心に突き刺さった。俺はサーシャに裏切られた自分がどうしても認められなかった。だから、逃げ出してしまったのだ。


「エノさん。」

時塚の呼びかけに俺は現実に引き戻された。

「あのヘリを護衛していたのは『ライ』の連中で間違いありませんね。天王寺会、そしてアフリカ系の術者。そしてカンロ。結論は一つしかないのに、まるでとっかかりがつかめない。」

そう、犯罪とは自分の欲望を不公正アンフェアな方法で実現することだ。イガロは俺が告死鳥ラプターであることを知っている。そして、俺を殺そうとしている。イガロの正体をまず確かめなければならない。


「そうか。」

俺の脳裏に閃きが走った。






















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る