第14話:負傷した俺【オッサン】と、JKのお見舞い。


 俺の人生の歯車が狂いはじめたのは23歳の頃だった。いや、あの時はすでに完全に狂っていたのかもしれない。2年間の従軍経験という怪物によって。


 俺は間違いなく天狗になっていた。戦争から帰ると俺の位階は特務一尉になっていた。中隊長を任されるレベルだ。責任も部下も増え、それなりに平和で充実した毎日を送っていた。政府からも勲章を贈られ、制服に着ける徽章がぐっと増えた。海外の大使館のパーティに何度も招かれ、制服を着ていくと正直もてもてだった。今でも思い出すといい気分になる。


 俺をいちばん心配してくれていたのが九条の爺様だった。よくメシに呼ばれ、自分を特別視することの危険性を諭してくれた。俺は虚心坦懐に聞いていたつもりだった。でも、実際には右から左へと聞き流していただけだったのだろう。


「爽至、お前、ご褒美に何が欲しい?」

爺様に聞かれてしばらく考えていたが、至った結論は一つだった。

「俺、『学歴』が欲しいです。」

 なるほど、と爺様は膝を打った。なにしろ、世間的には高卒、ということになっているが、実際には小学校中退なのだ。だから、大人を相手にするのが酷く怖かったのだ。何か「自信」のようなものが欲しかった。そしてほどなくしてアメリカへの留学が決まった。


 アメリカは魔導大戦で最終的に日本に膝を屈してからすでに30年。国民の中には反日感情が残っている者もまだ多かったが、若い世代にはさほど偏見はなくなっていた。これなら俺がむやみにちやほやされることもないだろう、爺様もそう踏んでいた。


 ボストンにあるとある名門大学の魔法学部に俺は通いだした。意外に俺はアメリカ人の方が馬が合った。考えてみれば日本人に合わせられないのでいじめを受けていたのだから、当然といえば当然だった。俺は、勉強もしたがそれ以上に遊びまくった。なにしろ費用は政府持ち、金の心配はなかった。俺は、とあるパーティーで出会ってしまったのだ。


 金髪碧眼眉目秀麗。まるでディズニー映画のおとぎ話の世界から抜け出した来たような女性。サーシャ・ルビンスキー。俺はまさに運命を感じた。それが「破滅」という運命の始まりとも知らずに。



俺が目を覚ますと、そこはいつもの天井ではなかった。白く、清潔そうな色。生温い空気。柔らかそうな光。ここは⋯⋯?


俺が起き上がると枕元に点滴のスタンドが置かれている。そう、俺はヘマをうって銃撃されたのだ。ナースコールを押すと看護婦さんがやってきた。

「どうしました?」

俺は日付を尋ねる。答えを聞いて二日ほど寝ていたことがわかる。俺の場合は負傷すると「スリープモード」に入って集中的に自己修復する。今回は芽依ちゃんも応急処置をしてくれたし、病院でも治癒至法が施されているはずだ。すでに修復は完成している。


「治りましたので、医師せんせいの確認をお願いします。」

俺は退院の許可を得ようと医師の診察を依頼した。


俺は事務所に連絡する。電話に出たのは小野寺だった。

「あ、エノさん、治ったんですね。さすが早いですね。あ、でも無理しないでいいですよ。どのみち今日も非番扱いですし。こっちは大丈夫ですから。ウンザリするほど書類が多いだけで。」

少し棘があったが心配してくれている感じはひしひしと伝わってくる。捜査の結果を聞きたかったんだが。

「一応、公務災害(民間でいう労災に当たる)ですから、安心して寝ててくださいね。課長は始末書ですけどね。」

すまんな、課長。


俺が担ぎこまれたのは世田谷の防衛医科大に付随する自衛隊中央病院だった。天使憑きで特務自衛官上がりだっためここになったのだろう。


医師(医官)の診断を受けるためしばらく待っていると、医官が10人ほどの医学生や医官を引き連れてやってくる。どうやら担当した医官は教授らしく、俺はまるで「俎板の上の鯉」だった。傷跡を実際に見せたり、摘出された銃弾を見せたりまさに教材扱い。


医学用至法は治癒の天使ラファエルの系統が主流であるので、他系統の治癒の様子を観察するのが勉強になるというのだ。


告死鳥ザ・ラプターはマスティマの眷属ですから、使用するのは『回復』至法であって『快復』至法ではないのです。」

教授の言葉に医生たちはメモを取りながら耳を傾ける。


この宇宙は無数に存在する多元宇宙の一つに過ぎない。その多元宇宙の中心がGODである。それは「General organizer of Divinities」、つまり「あらゆる神格の組織者」である。GODは多元宇宙を創りその一つ一つに「神」を置いてそれぞれの宇宙を作らせたのだ。これは、水族館アクアリウムの館長がそれぞれの水槽を準備し、係を置いてその水槽を管理させることに似ている、と例えられており、「アクアリウム宇宙論」と呼ばれている。


天使というのは、このGODの眷属なのだ。つまり、創造主GODの持つ力に「魔」をつけるのは如何なものか、ということで「至法」と呼ばれている。英語表記も分けられ、「majestic」と表記されている。


「どう術式が違うのでしょうか?」

学生が質問する。それには俺が答えてしまった。

「ラファエル系は『分子再構築式』、マスティマ系は『時間遡行式』というとこですね。つまり、負傷する前の状態に戻すだけですから。怪我専用ですよ。」


「その通り。」

教授は嬉しそうに説明する。

「もちろん、マスティマの至法は潰瘍性の病気などにも有効です。しかし、癌のような悪性腫瘍には効かないんですね。もちろん一旦は治るのですが、時間を戻すだけだから、そのままにしておけば確実に再発します。」


結局、退院したのは夕方になってしまった。とりあえず俺はアパートに帰ることにした。

駒込駅から歩いて15分くらいのところにある濁庵の大将の持つ物件だ。3階建ての低層アパート、俺の部屋はその3階だ。


アパートの入り口に人影が。俺の気配に気づいたのか、くるりとこちらを向いた。芽依ちゃんだ。何かあったのだろうか。

芽依ちゃんはスマホから目をはなすと俺に深々と一礼した。

「お勤め、ご苦労様でした。」

芽依ちゃん、退院したのであって、「出所」したんじゃないから。何かあったの、という俺の問いに、お見舞いです、とだけ答えた。

「うちの住所なんてよく知ってたね?」

「はい。(小野寺)圭さんに教えてもらいました。今日退院したって。」

階段を登りきる。

「まあ上がってよ。何もないけど。」

「お邪魔します。」

待てよ、女子高生JKを家にあげてもいいんだっけ?監禁とか疑われないよね?


芽依ちゃんはもの珍しそうに部屋を見回すが、1畳半のキッチンと4畳半のダイニング兼リビングルーム。引き戸の向こうに6畳の俺の寝室がある。築50年オーバーなので4万円と格安だ。

「本当に何もないんですね。」

「まあね。」

別にミニマリストを気取っているわけじゃない。でも九条家で叩き込まれた習性で割とちゃんとしている。

「綺麗好きなんですね、びっくりしました。」

俺は褒められてちょっと嬉しくなっている。


「コーヒー飲める?」

「はい。大丈夫です。」

「そこのソファにでも座ってて。」

俺はコーヒーを淹れる。そう言えばなぜ俺が持て成してだ。見舞に来たんじゃないのか?

「具合はどうですか?」

俺はコーヒーを小さなテーブルに置き、折りたたみ椅子をテーブルを対面に広げて座る。

「まあ、芽依ちゃんの止血が良かったからね。」

「そんなことないです。実戦になった瞬間にパニクっちゃってすみませんでした。⋯⋯そして、ありがとうございました。」

やっと言えた安堵感からなのか、緊張気味だった芽依ちゃんの表情が少し解れたようにみえた。


「そういえば、芽依ちゃんは日本に帰ってから、どうやって生活していたの?ご両親が突然、⋯⋯だったわけだし。」

芽依ちゃんは、お見舞いに持って来てくれたシュークリームを口にしてから、語り始めた。


芽依ちゃんのお父さんは商社マンでラゴスに駐在していたのだという。会社から帰国の辞令が出て妻と娘を連れての帰国の途上だった。享年はお父さんは36歳、お母さんは30歳だったという。俺と同い年だったのかあ。


芽依ちゃんは帰国後、伯父、つまり父の兄の家に預けられることになった。伯父は経産省の一般職の技官だった。妻である伯母さんがあまり芽依ちゃんを預かることを快く思っていなかった。伯父さんは仕事が忙しくてあまり家にいなかった。子供、つまりいとこはふたいて、上のお姉ちゃんは優秀でアメリカに留学に行っていたが、下の弟は中学1年生だったが、中学受験に失敗して不登校になっていたのだ。


お姉ちゃんが優秀なだけに、よく比較されていたそうですっかり引きこもってしまっていたそうだ。よく、部屋で暴れてものスゴイ音がするため、なるべく部屋には近づかないようにしていた。


「芽依ちゃんも優秀なんでしょ?その制服、なんて言ったっけ、香泉こうぜい女学院だったっけ。東大合格ランキングとかで良く見る名前だよね。」

「普通です。」

俺の問いにはにかんだように否定する。

「私は単純に伯父夫婦の迷惑になりたくなかっただけなんです。」





















 


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