第12話:急襲×パリピ×セックスドラッグ

お笑い芸人木下に違法魔法陣を売った売人の死亡により、捜査は再び振り出しに戻る。「カンロ」の取引もしばらくはなりを潜めるだろうから、別の「麻法」からとっかかりを掴むことになった。


セックス麻法ドラッグである「シンデレラ」である。数種類の魔法と至法を込めた魔法陣である。

魅了チャームと快楽魔法、それをブーストする倍加魔法。そして共鳴魔法の組み合わせが基本です。これが『シンデレラ』と呼ばれる魔法陣で、これにオリジナルの要素を加えた亜種魔法が数十種類ほど確認されています。」

小野寺圭の説明に皆が頷く。


元はアメリカで開発されたものだ。アメリカでは俗に「コ●アン」と呼ばれている。アジア系売春婦の平均年齢が高いためどんなババアでも余裕で抱ける、という意味らしい。

日本では「どんな」女の子でもお姫様に見えるという意味で「シンデレラ」、略して「デレ」と呼ばれているのだ。そして亜種麻法には必ず「デレ」という言葉が含まれる。


簡単な構造なため生産しやすく手に入れやすいため、「入門編麻法ゲートウエイドラッグ」の役割になっている。都内だけでも毎年1000人以上が密売で検挙されているくらいだ。


 当直の日が重なった時塚と俺は夜の六本木界隈のクラブを回っていた。時塚だけでなく、俺の方も店員に面が割れるようになってきた。若い店員は最近は時塚の真似をしてか俺を「エノさん」と呼ぶ。


 ドリンク代を払い、ウーロン茶をちびちび飲みながら麻法の気配を探す。魔法陣は術式が起動しない限りは察知できないが、一度使えば数時間からものによっては数日くらいは残留魔法は探知できるのだ。


 「エノさん、おかわりいかがッスか?」

頭を金髪に染め、ピアスを耳にいくつもつけている男性店員。苅谷だ。時々「小遣い」をやる程度の情報源。剱持みたいなSとまではいかない。

「600円のウーロン茶なぞ2杯もいるかよ。新橋なら生中がジョッキで飲めるわ。」

俺が断るとどうです?といいながら指を一本立てる。

「その価値あんだろうな。」

俺は財布から万札えーちゃんを取り出すと苅谷の胸ポケにねじ込む。無論、経費だ。


「やっぱ渋沢栄一えーちゃんは神っすよね。えーちゃんの正体は現代人が幕末にタイムスリップした人らしいすけど知ってました?」

「ばーか、どこのラノベだよ。もしそうだったら渋沢財閥ハーレムになってるはずだろうがよ。で、そんなラノベ情報だったらお前のアルファード、魔砲キャノンち抜くぞ。」


 まあまあ、といいながら苅谷はツイッターのDMの画像を寄こした。それは、乱痴気パーティーの正式な告知だった。この正確な日時が欲しかったのだ。俺はうれしくて思わず苅谷の胸倉をつかむ。

「おい、ご褒美にキスしてやってもいいぞ。」

不要いいですよ。エノさんの『ファーストキス』なんてもらったら悪いですし。」

「とっくに済ませとるわ。」

「でも童貞ですよね?」

「ちゃうわ!……いいか?お前はこいつに参加する方向で話を進めておいてくれ。そしたら追加してやる。」

「まいどー。えーちゃんでお願いします。」

格好はちゃらいが普段は慶大の経済学部に通う学生だ。頭は間違いなく俺より良い。おもにツイッターやネットから怪しい情報を引っ張ってくるのに長けている。


翌日のブリーフィングでこれが議題になる。

パーティの予定地は 「第二海堡」。20世紀初頭に東京湾に築かれた首都防衛の要塞。第二次大戦後には破壊され、灯台や消防訓練に使用されてきた。魔導大戦後は民間に払い下げられ、今はカジノやエンターテイメントを中心としたリゾートホテルに再整備されている。そのホテル「カジノ・サンライズ」である。交通手段はヘリと船しかない。


「いわゆる『リア充』の巣窟、ってやつです。」

時塚がそう言ったので俺は笑いを吹き出した。

「おまえもそうだろ?」


 そこには巨大な室内プールがあり、プールサイドでは夜な夜な若者たちが夜通しでダンスパーティを繰り広げ、カップルが成立すれば部屋にお持ち帰りできる、という。その時に公然と麻法キナシの売買が行われているのだ。

party peopleパリピってやつですか?」

俺が言うと皆ニヤニヤしている。どうも今では死語らしい。

「すまんなオッサンで。」

俺がふてくされると小野寺によしよしと慰められるように頭を撫でられてしまった。


 期間は2週間後であった。ただ、第二海堡を所轄するのは千葉県警であるため、千葉県警、魔取、海上保安庁を主体に警視庁組対6課が協力、という形になる。

 実はそれぞれが独自に捜査はしていたものの、このたび確実な情報が上がったため、一気に検挙ということになったのだ。


 どうもパーティーには船会社が絡んでいる。港湾労働者の派遣は昔からヤクザのシノギだった。だからこそ、薬物の時代から現代の麻法の時代に至るまで密輸が絶えない原因の一因となっている。


 しかもパーティーの企画会社は「天王寺会」系の企業だ。検察のゴーサインが出たので決行が決まった。


 苅谷の代わりに時塚が小野寺とカップルを装って潜入。合図に従ってマトリと6課が突入。俺と芽衣ちゃんがヘリを押さえる。

 海保は運航船舶を押収。

 千葉県警は都内の企画会社と船舶を運行する船会社を家宅捜索。

手筈は整った。


 当日、俺たちは時塚と小野寺の格好を見て言葉を失った。

 時塚は髪を染め、日焼けサロンで少し肌も焼いてきた。

小野寺もビキニにシースルーの上着を羽織っている。髪ももはや亜麻色にまで染まっっていた。しかもギャルメイク。

「小野寺……。親が見たら泣くぞ。」

俺は思わずつぶやく。

「エノさんのそういうところがおっさん臭いんです。」

小野寺に即座に粉砕される。


「時塚、お前の格好について莉奈ちゃんはなんて?」

「いや、『ちょっと新鮮かも』……って言ってました。」

「はいはいご馳走様。」


 マトリは麻法を取り扱う資格を持っているので、「単純所持」で逮捕されない特権がある。これは他の司法警察員にはない特権である。だから潜入任務は独壇場なのだ。

 会場の様子は小野寺の式神で確認できる。これもマトリだけに与えられた特権なのだ。

 DJのMCとビートが利いた音楽が大音量で響きわたる。

「時塚、ライターは確認できるか?」

白い100円ライター。これは中に「シンデレラ」が丸めた状態で仕込まれている。会場にスマホは持ち込めるが強力な「妨害電波ジャミング」が流されているため、外部の通信には使えない。


 俺と芽衣ちゃんは日没を待って上空へと上がった。会場内には300人ほどの若い男女でいっぱいである。

「売人です。」

アフリカ系移民のガタイのいい男である。男は白いライターを金と引き換える。時塚にも売人が近づいてきた。二人ともサングラスをかけているので気づかない様子だ。もっとも、アジア人がアフリカ人の顔を似たような顔にしか認識できないことがあるが、逆もまたしかり、といえるかもしれない。


「なんデレ?」

時塚が聞くと売人は嬉しそうな顔をする。

「これ『ツンデレ』ね。すごい効く。痛いくらいにバッキッキね。そこの彼女、Go to heaven間違いないね。2千円。二人分でたた2千円。どう?」

「『ヤンデレ』はないの?」

時塚が聞くと売人はオーマイガー!と驚くふりをしてから

「おにさん、すきねえ?そこの彼女に自慢のムスコさん食いちぎられてもノーリターンよ!」

ピンクのライターを渡す。3千円だ。時塚が金を渡すとグッドラック!と投げキスをしながら人ごみへと消える。

「驚くほどリーズナブルね。」

小野寺は値段に驚きながら、壁際によって中身を確認する。ライターの底が蓋になっていて、開けると魔法陣が2枚。セックスドラッグなので二人で使用する必要があるのだ。


 ただ、そこにはもう使用して性欲がどうしようもなく高まったカップルが部屋にもいかず、すでにコトに及んでいた。証拠は押さえた。しかしまだ、もう少し様子を見た方が良いだろう。人波は会場をひっきりなしで入りする。部屋で行為におよび、また違う相手を見つける。それの繰り返しなのだろう。


 もうすぐ深夜0時。

「そろそろシンデレラの魔法が解ける時間だ。」

それが合図だった。海保の船で上陸した突入チームが会場になだれ込む。拡声器を持った本田2課長が捜査令状をかざしながら怒鳴るように言う。


「警察だ!麻法売買、ならびに行使の罪で捜査する。逃げ出すものは全員逮捕する。」

会場は大パニックになる。動くなと言われても皆必死に逃げる。壁沿いを伝って逃げるのは売人だろう。しかし、彼らの乗ってきたモーターボートはすでに海保によって押さえられている。


あわただしくヘリのローターが回りはじめる。

「行くよ。」

俺の合図に芽依ちゃんは黙って頷く。俺たちは急降下するとヘリポートに降り立った。

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