第11話 :戦争とヒーローと出会いと
「え?」
3人の目が同時に芽依ちゃんに集まる。
「あ、なんでもないです。榎本さん、どうぞ話を続けてください。」
ここで俺はようやく記憶のピースが繋がって来た。
「で、エノさん。戦場でも時には心温まるシーンとかは無いんですかね?殺伐としすぎて悪酔いしそうですけど。」
時塚が無茶振りしてくる。じゃあ、お隣の婚約者とチューでもしたらどうですかね。めっちゃ心も股間もあったまりまっせ!けっ。
「あるぞ、一つ。」
珍しく大将がカウンターから出てくる。胡桃ちゃんの親父さんの泰造さんである。大将は芽依ちゃんの前に突き出しのメカブオクラを置く。
「嬢ちゃん、身体に良いからこれ食いな。お代は古川さんにつけとくから遠慮なく召し上がれ。」
大将は咳払いを一つすると語りはじめた。
「実は俺も元自衛官でな。まあコックだったけど、この榎本特尉の下で働いてたんだぜ。でも胡桃の母ちゃんが重い病気になっちまってよ。回復至法が効かないってんでさ。でもこんな大変な時に戦線は離れられん、そう思ってたらさ、この榎本特尉がさ、家族も守れんで何が自衛官か!まず妻の安全を確保せよ、とか言いやがってさ。バカヤロー、ガキのくせに俺に意見すんじゃねえって言ってやったらさ、なんて言ったと思う?下っ端のくせに俺に指図すんじゃねえ、バカヤローって言い返しやがって。俺はもうスゲー腹たって日本に帰っちまったらよ。飛行機の中でさ、俺の上着のポッケに封筒が入ってることに気づいてさ。エノさんからってなんだろなと思って開けたらよ、奥様の快復を祈願します、って天使憑きしか持ってねえ超高性能な快復至法陣が入っててよお、俺泣いちゃったさー。」
「いや、凄いいい話じゃないですか。」
時塚も絶賛する。まあ、この
「奥様は治られたんですか?」
ああ。それ一番聞いちゃダメなやつ。大将は頭をかきながら
「ああ。治ったんだけどよ。俺の酒癖が治らんもんで、結局嫁には
大将、それ笑えねえし。まあ、男手一つで胡桃ちゃんを育て上げたのは間違いないんだけどね。
「あの、もう一つあります。」
芽依ちゃんはメカブオクラを食べ終わっていた。彼女はうつむき加減で語り始める。
「12年前、私の家族はラゴス空港から日本に避難するはずでした。でも空港で人間爆弾のテロに巻き込まれました。両親は私を庇ってくれたので即死でした。私もたくさん血が出てこのまま死ぬんだな、って思ってました。そこに妖精憑きのおばあさんがいて、やっぱり死にそうだったんですけど、最後の力を振り絞って護符をくれたんです。でもそこで事切れてしまって。私、どうしていいかわからなくて泣いてました。そこに、そのお兄さんが来てくれて、護符を確認すると私に貼ってくれたんです。そうしたら、可仙姑様と契約できたんです。そのまま命も助かって。そのお兄さんが⋯⋯。」
最後は少し泣き出してしまい、胡桃ちゃんが抱きしめてくれていた。
そう、やっと思い出した。俺も赴任したばかりでいきなり出遭った事件だった。
妖精契約を自ら解除した老婆の亡骸。その護符はおそらく目の前に横たわる瀕死の女の子に譲渡したかったのだろう。物好きな婆さんもいたもんだ。だったら最後までやりきってから死ねや。俺は適当に妖精を女の子に「移植」した、ただそれだけだった。
その時は被害者のトリアージの確認やら二次爆発原因の除去などマニュアルを追うことだけで精一杯で、助かった小さな命一つ一つの重さへの自覚に欠けていた。気宇だけが壮大で、自分の力に自ら酔いしれていた頃だった。あとで少女からお礼の手紙ももらったはずだが、多分日本の実家に届けられていて一度も見たことがない。
この若さゆえの思い上がり。これこそが「若気の至り」である。これがいかに恥ずかしいとに気づくことが大人になることなのかもしれない。
胡桃ちゃんは芽依ちゃんの頭を優しく撫でながら言った。
「でもね。一番感謝しなくちゃいけない相手はエノさんじゃなくて、仙女様を譲ってくれたおばあちゃんだと思うよ。自分が助かるはずなのに契約を解除してくれたんだもん。」
「はい。」
胡桃ちゃんの言葉は正しい。でもなあ。
そこに店の扉が開き、釼持が入ってきた。俺にだけ緊張が走る。
「時塚、ちょっといいか?」
釼持は俺には目もくれず、二人が店の外に出る。どうも定時連絡のダシに俺は使われているらしい。それでいいのか。
俺が 釼持からの情報を時塚から知らされたのは翌日だった。
「エノさん、あのイガロになんかしましたか?』
いや、したのはせいぜい九条流を見せたことか。聞くにはどうもイガロは俺を抹殺したいらしいのだ。釼持は金に釣られて俺の情報をあちらに売ったらしい。
「おい!これは
「まあSだって自分の命を優先しても仕方ないじゃないですか?それにエノさんにとってはホームゲームじゃないですか。」
俺は時塚と応酬したがこの程度である。時塚は言った。
「思うに、イガロと例の『
いや、それはない。バロン・サムディの「妖精使い」は殺害したからだ。それが「血の奴隷海岸」戦争の終焉を意味したからだ。
ナイジェリアの政治首都アブジャは回教系勢力と天主教系勢力との境目にあったため、これを手に入れた方が勝ち、という風潮があった。
そのためにおこる軍事衝突を国連軍が制している間に旧中華帝国連合による結界壁
しかし、その間隙をついて第三勢力である呪術系勢力が首都を手に入れようとしていたのだ。テロリスト集団と魔導自衛隊を中心とした国連軍が激しい戦闘を繰り返していた。
テロリストの戦法はゾンビを兵士に使うことだった。生きても死んでも戦い続ける兵士を相手に手こずらされる。それでゾンビの製造元である妖精使いを暗殺すれば呪術系勢力は瓦解するはずだ、という結論がだされる。
式神による綿密な調査がなされ、バロン・サムディの正規契約者アレックス・バログンの位置情報が特定された。ガシャカグムティ国立公園。国内最高峰のチャパルワッディ山の山麓に設けられた核シェルターの中にいることが判明したのだ。
俺は上空へ高くとぶ。目指す高度は1000km。生身の人間は生きてられない高さ。すでに宇宙だ。
「狙撃手。予定高度に到達しました。」
「術式
福者である九条白右の強力な土系魔法をはじめ、魔導自衛隊に従軍する術者の魔法が俺の手もとに集められる。俺はそれで金属の魔弾を錬成する。鋭く、長く、重い。比重は劣化ウランほどの高比重だ。
妖精使いは魔力を感知できる。だからこそ物理攻撃でなければならない。純粋運動エネルギー爆撃の極致「神からの杖」、それで拠点ごとたたきつぶす。
「ターゲットの現在地を確認。座標を転送します。」
俺の脳裏に軍服姿のアフリカ系の男が見える。やつが妖精使い。俺はトリガー代わりの手を挙げた。
「スタンバイ。」
「カウントダウンスタート。10、9、8⋯⋯。」
みな固唾をのんで見守っているのだろう。俺の眼下に広がる青い地球は、地表の戦争がまるで嘘のように美しく見える。
「……、ゼロ。発動!」
「発動!」
ものすごい勢いで魔弾が落下を始めた。巨大な魔弾が大気との摩擦熱で真っ赤になり、じりじりとその身を細めていく。落下速度は最高
着弾する直前、不意にその男がこちらを見上げた。その表情は俺をあざ笑うかのようなものだった。
「着弾しました。総員、耐衝撃姿勢。」
映像がホワイトアウトの後、ブラックアウト。
「式神、消失しました。」
その後、おそらく着弾の衝撃が地震波となって届いたのだろう。地震慣れしていない外国人スタッフの悲鳴が響く。
その後、外で待機していた式神からの映像が届いた。山腹に開いた禍々しいクレーター。周囲は高熱で溶かされて白く発光し、まるで地獄の入り口が開いたかのようにさえ見える。
「敵本部の消滅を確認。……作戦成功しました。」
そう、バロン・サムディの契約者は死んだのだ。その後まもなくして、頭目を失った呪術系勢力は瓦解し、ついに「血の奴隷海岸動乱」は幕を閉じたのだ。
これが俺のいちばん輝かしい過去である。
「そのヒーローの名は『
ナイジェリア国内ではこんな見出しで大ニュースとなった。俺はナイジェリア政府から勲章も受けた。
もう一度言う、バロン・サムディの契約者は死んだのだ。……そう、そのはずだったのだ。でも、やつの魔術「人間爆弾」がなぜ、しかも日本で使われたのだろうか?
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