第10話:爆発×アフリカ×死神

「爆発か?」

煙がもうもうとしている。ただそれほど濃いものではないので「火災」というよりは「爆破」に近いだろう。署内に非常ベルが鳴り響き、天井のスプリンクラーから水が撒き散らされる。取り調べ室からか。


俺たちが駆けつけると煙の中から小野寺と2課長の本田が出て来る。

「無事か、圭ちゃん?」

時塚が声をかける。

「はい。なんとか。結界が役にたちました!」

小野寺の声は無事そのものだ。本田は俺の方も心配しろ、と文句を入れてから説明した。

「売人が爆発したんだ、その、爆弾みたいに!」


その後、消防もやって来て現場検証やらなんやらで朝を迎えてしまったのだ。

しかしどうしても気になって、帰り際に例の売人の取り調べの撮影ビデオを見たのがいけなかった。売人たちは完全黙秘であった。自分の名前さえ言わないというレベルだ。


彼らはアフリカ系ではなくアジア系であった。大事なブツをしかも芸人という「上客」に届けるのだ。「ライ」の構成員であることは間違いない。しかし、突然、一人が机に突っ伏してしまう。もう一人の男が「アイゴー!」と大声で騒ぎ立てる。危険を察知した小野寺が結界を強めた瞬間、画像がホワイトアウト。机に突っ伏した男の頭部が炸裂したのだ。 売人の片割れも完全に身体の半分が焼き爛れており、すでに絶命していた。


「人間爆弾」。回教系魔法と呪術系魔法のハイブリッド。この二つの系統の魔法が交わるのはアフリカ、それもサハラ砂漠地帯以南の西アフリカだ。


「エノさん、この魔法を知っているんですね?」

そう、俺はこの魔法を知っている。18歳から2年間、アフリカで軍事作戦に従事していたからだ。思い出したくもない、ただひたすら命が失われていくだけの虚しい戦いだった。

歴史的には「血の奴隷海岸戦争War on Bloody Coast of Slave」、略して「BCS動乱」と呼ばれている。


「まあな。」

時塚の問いに曖昧に答える。

「明日、日勤ですよね?業務が上がったら飲みに行きませんか?濁庵に。」

「ああ。莉奈ちゃんも一緒ならな。」


俺はアパートに帰ると本当に眠たかったのだが浅い眠りを悪夢で遮られる、の連続であった。最近は見ていなかったのに。きっと香耶のせいだろう。香耶のことが悔しくてこちらの方は思い出さなかったのに、彼女の憔悴した様を見て悔しさが薄れてしまった。


俺がうなされていると香耶がよく手を握ってくれたのを思い出す。もう、あの日には帰れないのだ。


日勤で日頃溜めていた書類仕事を片付けているうちに1日が終わってしまう。新橋駅で時塚と莉奈ちゃんと合流する。

「二人はいつ結婚するの?」

「親父の仇を討ったら⋯⋯ですかね。」

つまり、イガロを逮捕したら、ということか。

「そんな言い方やめとけって。死亡フラグだぞ。まあこいつが死んだら莉奈ちゃんは俺が幸せにしてやるから安心しろよ。」

俺が揶揄うと莉奈ちゃんが口を尖らせる。

「いやです。私のダーリンを見捨てるような人なんてお断りですぅ。」

やれやれ。


「いらっしゃいませ。エノさん、テレビ見ましたよ。ちょこっとだけ映ってましたよ。その⋯⋯香耶さん、大変だったんですねえ。」

胡桃ちゃんは今日は少し元気がない。テレビで大きく木下の逮捕と六本木署爆破事件が扱われたのだが、テロップに小さく出た香耶の名前によくもまあ気づいたものだ。


テーブル席について注文を済ますと、そこに6課の古川たちがやって来た。なんと芽依ちゃんもついて来たのだ。

「おお、時塚君、こないだは大活躍だったねえ。ねえ、なんで4課と一緒だったの?6課案件でしょうよ?」

古川たちは2軒目だったらしく少し酔いが回っていた。麻法事犯を他に挙げられては面子が立たないのも事実だ。


「今回は4課のヘルプですよ。暴力団マル暴関連だったのでね。だいたいなんであなた方がこの店に来ているのですか?」

時塚が不機嫌そうに尋ねる。

「だってダミアンといえばオーメン、オーメンといえば666。俺たち6課にぴったりじゃん。ねえ、芽依ちゃん。」

なかなか上手いことを。ただ酔っ払いに絡まれて芽依ちゃんは嫌そうだった。

「私はご飯を食べたら帰ります。課題もあるので邪魔しないでください。」

そう言って俺の隣に席を取った。


「もう芽依ちゃんてば、怒ってもかわうぃーねえ。」

完全に回ってやがる。芽依ちゃんは海鮮丼とあさりのおすましを頼むと鞄からタブレットを取り出して勉強を始めた。いたってマイペースな子である。

「こんなにうるさいところで勉強になるの?」

俺の問いにこくりと頷く。

「いや、適度にうるさい方が割と集中できるよ。静かにしてるとかえって思考が彷徨っちゃうんだ。」

時塚が言うと莉奈ちゃんも芽依ちゃんも頷く。まあ、頭が良いやつはそうなんだろうな。


時塚が聞きたかったのはアフリカ系の魔法のことだった。俺がアフリカに従事していたことをすでに知っていたのだろう。


アフリカは主に天主教系、回教系、呪術系の三系統の魔法が有力である。基本的に北は純粋な回教系。南側は純粋な天主教系。後は呪術をベースに混じりあっている。そして、その交差点とも言えるのがナイジェリア。アフリカ最大の人口を誇る国である。

ただ、国の形は殖民地支配した宗主国によって決められてしまったため、民族同士の内乱が激しい。しかも、宗主国の言語が公用語として統一されているため、この三系統の魔法がぶつかり合い、混じり合ってカオス状態になっているのだ。そのため、三系統の魔法集団の間に強力な結界を張り、陣営の衝突を防ごうと国連軍が派兵され、日本も魔導自衛隊を実戦部隊として投入したのだ。


もちろん、それぞれの陣営は別れたいのではなく、互いを支配下におさめたいので抵抗する。結界は台湾共和国、中華連邦(南中国)、中華合衆国(北中国)、大満共和国(旧満州)の道教系魔法を得意とする4か国が担当し、他の国は警護に回った。そして、一番の激戦区を担ったのが日本だったのだ。

 

 ああ、ちなみに大中華帝国は昔の魔導大戦で敗戦して6か国に分割されてるんだよね。残る東トルキスタン共和国は回教系で大吐藩チベット座主国は仏教系なのでこの時は参戦してません。


俺は天使憑きとしてボランティアの従軍したんだ。ボランティアと言っても、働いた分は恩給として老後に支給されるので長い目で見れば只働きではない。えらく長い目だけどね。


俺は経済首都にあるラゴス空港の警護を担当していたんだ。とにかくとんでもない現場だった。金持ちが政情が安定するまで国外に退避することが多くて、そいつらの身柄を捕らえて人質ビジネスをやろう、というテロ部隊が毎日やってきたんだ。


毎日が銃撃戦だった。民間人がどんどん巻き添えになってね。さらに問題なのはその死体を盗みに来るテロリストも多かった。呪術系は人間の内臓や骨を媒介にして術を発動するんだよ。だからどんなに人が死んでも御構い無し。「あとでスタッフがおいしく有効利用いたします」ってやつだ。


テロリストだけじゃない。空港職員も警官もみんな、死体を盗んでテロリストに売ってしまう。結局、戦争になると物流がストップしてインフレになる。先月の30万円が次の月には3万円の価値しかなくなる。そんな世界だったんだよ。だから生きるためなら何でもやるんだ。


そんな中、最強の妖精使いが現れた。それも敵にだ。妖精使い、というのは知っての通り妖精の正規契約者だ。最初の戦いは酷かった。何人も妖精憑きや天使憑きが命を落とした。まあ、自衛官はドールという人型の魔法回路を搭載したロボットを安全が確保された場所から遠隔操作して戦うから命は落とさなかったけど精神をやられたやつが何人もいたんだ。


酒を煽りながらの昔語りは恥ずかしながら気分が良い。特に戦争の苦労話は格別である。やだやだ、これは歳を重ねる度に酷くなっていくのは確実なのだから。


「その妖精使いは誰と契約してたんですかね?」

時塚がナムルを口に運びながら聞く。

「ああ。みんなやつのことを『男爵バロン』と呼んでいたよ。その契約主は確か⋯⋯。」


「⋯⋯土曜日の男爵バロン・サムディ

突然、すまし汁から口を離した芽依ちゃんが言った。

そうそう、呪術ブードゥー系最強の精霊ロアの一柱。死とセックスを司る死神ゲーデにしてトリックスター。

「え?よく知ってるね、芽依ちゃん。」


芽依ちゃんは微かに笑った。

「私の両親の仇の名ですから。私、いたんです。12年前までラゴスに家族と一緒に。」




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