第5話:過去と現在のはざまで。

「ガーゴイルか?」

正確にはガーゴイルというのはゴシック建築の建造物に付随した彫像のついた雨どいのことだが、この際豆知識を披露している場合ではない。

「また飛んでるよ。」

通りを行きかう若者たちは気にも留めない。それどころか面白がってスマホで撮影をはじめるものすらいる。

「危険ですから避難してください!」

俺が大声を出したが、普段着のおっさんが言っても効果はうすい。ガーゴイルの手が光る。やばい、攻撃魔法を放つ気だ。

乱気流タービュレンサー!」

俺が先に魔弾を放つ。魔弾はガーゴイルの足元に着弾すると圧縮した空気が爆ぜ、乱気流になる。バランスを崩したガーゴイルは錐揉み状態になり、放った焔魔法は空を虚しく焦がす。


 そこでようやく下を歩く人々も危険に気づくが、パニックになってしまった。態勢を立て直したガーゴイルが赤く光る眼で魔弾を放った俺を睨む。

 

 ここで所轄がパトカーで到着した。すぐに現場から一般人を避難誘導を始める。ホイッスルがけたたましく響く。

 ガーゴイルは急降下して俺を襲撃する。急降下する物体に弾をあてるのは困難だ。

翼よウイングス!」

俺は翼で焔撃を防ぐ。そこに時塚が走りこんできてガーゴイルのフルスイングをブロックした。

「大丈夫か?」

なかなかやるな。俺が女なら惚れるかもな。だが、にわか人獣になめられてたまるか。


再び上空へと舞い上がるガーゴイルに向け俺は掌を突き出す。

「貫け!徹甲弾APA!」

それは指先から放たれる「魔弾バレット」より強力な「魔砲キャノン」である。それはガーゴイルの翼の付け根を撃ち抜く。その片翼が吹き飛んだ。ガーゴイルは残った片翼だけで姿勢を制御できるほど飛行に馴れているわけはなく、墜落する。どん、と地響きを立てて地面に落ちた。


 魔法が切れたのかその姿は人間のものへと戻っていく。意識はあるが、目はとろんとしている。

「俺様はヒーローだ。」

寝言のように英語でつぶやいている。時塚は「権利」を読み上げてから手錠をかけた。警官たちが駆け寄ってくる。


 俺たちは手帖を提示して身分を明し、とりあえず容疑者の身柄を預かってもらうことにした。麻法による酩酊状態でとてもすぐに取り調べにならない状態だし、墜落しているので医療チェックも必要だからだ。


「やれやれ、どうやら一歩ばかり遅かったみたいだな。」

そこに40代後半くらいの男が現れる。スラックスに半そでのカッターシャツというどこにでもいるおっさんの格好だが、一目見て刑事だなということがわかる雰囲気だ。

「三上さん。」

時塚が声を上げた。

「綾介君か。久しぶりだな。お父上の新盆以来だったか。やつは君が逮捕したのか?」


「ええ。と言いたいところですが、ほとんど彼一人の功績ですね。」

「彼が例の?」

三上という男が俺を値踏みするように見る。


「私は三上勇仁みかみゆうじ、組対6課のものだ。」

「臨時捜査員の榎本です。」

「榎本?」

俺は差し出された手を握るとがっちりとした握手をされる。


「こいつは間違いなくエンジェル・クライだな。綾介君には因縁の相手、というとこだな。取り調べにはウチの連中もつれて行っていいかな?」

「さあ。それを決める権限は僕にはありませんよ。うちの課長に聞いてください。」


去り際に三上は俺に声をかける。

「こっちの世界でもぜひがんばってください。『告死鳥ザ・ラプター』。それから綾介君、お母様にもよろしく。」


時塚は三上が6課の課長であることを告げてから俺に尋ねる。

告死鳥ザ・ラプター?」

少し顔がニヤついている。俺の恥ずかしそうな表情が面白かったのだろう。

「自衛官やってた頃のコールネームってとこかな。」


天使憑きでも戦闘系のカリスマを持つものは大抵魔導自衛隊でボランティアをすることが義務づけられている。基本的に本名は公表されず、コールネームで呼ばれるのだ。当然、警察など公安関係者は俺の過去を知っているはずだ。


「だいたい魔自(魔導自衛隊)っていうか、九条の爺様が厨二だからな。こう見えても俺ってかつては『神童』だったんだよ。」

「へえ?すごいじゃないですか。」

「そうでもないさ。神童ってやつはどれだけでもいるんだよ。『十で神童十五で才子、二十すぎれば只の人』ってやつさ。」

そう、俺の過去かつては華々しかったのだ。それが現在いまの俺を苦しめる。


 容疑者の取り調べは3日後に決まった。ただその前にすることがある。容疑者の名前から容疑者名義のアパートを家宅捜査する必要がある。しかし、令状はすでに取られていた。組対6課に先にやられていたのだ。


「くそ。身柄を所轄に預けたばかりに。」

本来は所轄である六本木警察署と合同で捜査する手筈だったのに、所轄の方が6課に事件を譲ってしまったのだ。所轄にしてみれば組対6課の方が身内であるし、警視庁本庁に逆らう気は無いはずだ。


俺は憮然とした表情の時塚に連れられて容疑者が留置されている六本木署へ向かう。組対6課からも三村課長と古川という刑事がついて来ていた。古川は時塚を見ると笑顔で近づいてくる。


「よう時塚君、久し振り。」

その男の顔には見覚えがあった。時塚が唇を噛む。古川は俺に愛想笑いを振りまく。

「ああ。あんた、あん時の新橋の用心棒さんじゃないですか?あん時はどうも。ゴチになりました。」

そう、俺がマトリ にスカウトされるきっかけになった事件の時、容疑者を掻っ攫っていった一人だ。


時塚が勝手に容疑者宅へ家宅捜査ガサ入れに及んだことを抗議すると、古川は笑いながら言った。ただ笑っているのは口元だけで目は極めて挑戦的なものである。

「ちゃんと証拠を押さえてあげたんだよ。だからこうやってゆったりと取り調べできるんでしょうよ。」

逮捕の期限がある。それを引き延ばすためには証拠を押さえる必要があるのだ。


取り調べは時塚と古川。そして記録係に所轄の刑事が一人が担当し、俺と三上課長は隣の部屋でマジックミラー越しに容疑者の顔を見ながら聞く。


 取り調べはつつがなく進む。最近は移民がどこから来ても通訳至法を使えるので言語の障壁というものはない。すべての取り調べは録画・録音され弁護士の立ち合いのもとに行われるから、かつての刑事ものドラマでお馴染みの卓上ランプのチカチカもなければかつ丼もないのだ。


それでもポール・オコロという容疑者は肝心なところになると黙秘する。すでに、「ブラックパンサー」の構成員であることは分かっている。時塚は切り札を出した。

「ポール、我々としてはこの麻法陣の流通経路の解明に協力してもらえれば、麻法行使の罪状以外で送検しなくてもいいんだが、どうだろうか?」


 そう、いわゆる「司法取引」である。つまり、売人の素性について明かせば罪一等を減じる、という取引である。麻法使用(行使)の犯罪者が外国籍者である場合、懲役刑を日本国内で服した後に待ち受けているのは国外退去である。そして日本に二度と入国できることはないだろう。しかし、執行猶予がつけばそれを免れることができる。


古川もそれには異存がない。テーブルの上に押収した未使用の麻法陣を置いた。

「これはお前のアパートから押収されたものだ。個人で使用するには数が多いようだな。転売してたんじゃあないの?」

古川の質問に、弁護士が抗議したが古川はニヤニヤしながら「どうなの」と問いを繰り返す。そのうち容疑者は震えだす。「密売」の罪が罪状に上乗せされたら一発アウトだ。

「お子さん、日本語しか出来ないんじゃないの?ママも日本人だしね。女の子だっけ?ナイジェリアに帰ってもさあ、『ピュアキュア』(日曜朝の女児向けアニメ)ってやってんのかな?」


容疑者は泣き出した。家宅捜査で得た情報からの搦め手である。祖国で迫害され、日本に亡命同然にやって来たのに。祖国になんて帰れるはずはないのだ。


「名前は知らない。俺と同じイボ族(ナイジェリアの民族の一つ)だ。」

顔はいつもサングラスをしているため知らないという。

「喋らなくていい。この端末に手を乗せ、思いだすんだ。そいつの身なりを、雰囲気を正直にな。」

時塚が差し出した手帖におずおずと手を乗せる。するとホログラムで男の姿が浮かび上がる。キャップを被りサングラスをしているためはっきりとはわからないが、イボ族特有のエボニー色の肌と扁平で大きな鼻である。


容疑者はそれを見ると飛び上がって驚く。思っていたよりも似ていたのだろう。イメージを画像化する「念写」至法がデバイスに入っているのだ。もちろん、証拠能力はないが似顔絵よりはかなり役立つ。


おそらく、この画像の男こそブライアン・イガロだろう。密売ルートの解明に一筋の光が射した。無論、この事件だけに専従できるわけもなく、いくつかの案件を同時並行で捜査を続ける日々が始まったのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る