第4話:相棒とS【スパイ】
翌々日から捜査員としての生活が始まる。基本的に日勤、24時時間勤務である当直。そして当直開けの非番。のサイクルである。朝は術科訓練から始まる。柔道なんてした事がなかった。俺は中学生になる前に天使憑きになってしまったため、中学、高校へは通っていないのだ。
「なんだその構えは!?」
教官は面接で会った久保課長だった。
「いや、『九条流』ですけど。」
九条流はマスティマの契約者の格闘術で当然魔法も使う。
「バカモン。無駄に魔力を消費するやつがあるか!魔法は禁止!」
課長に怒鳴られて俺は戸惑ってしまう。何しろ、俺はそれ以外の戦い方を知らないのだ。
時塚が慌てて間に入る。
「課長!素人にいきなり組ませるのは危険です。とりあえず、受け身の練習をさせましょう。」
久保は舌打ちすると時塚に俺に受け身を教えるように指示した。
術科が終わると部長訓示とミーティングである。その場を借りて俺が皆に紹介され、手帳を手渡される。警察手帳と同じだが、表紙のエンブレムは法務省の省紋である「
マジックデバイスとは魔法回路を体内に持たない人間が魔法を使用するための擬似魔法回路を構築する端末である。もちろん、その機能は俺には不要なものだが、持たされた権限と負わされた責任の象徴でもある。拳銃は売人や組織と直接接触したり、逮捕令状を執行する時以外は携行しない。 そのための護身用のデバイスでもあるのだ。
俺が所属する捜査一課は総勢11名。課長の下に係長が二人。そして捜査員が4人ずつ係長の下につく。そして俺の上司は時塚綾介「係長」だ。カバー範囲は広く関東一円と新潟県と長野県が捜査範囲である。無論、各所轄の県警と協力体制を構築してあるのだ。
警察組織と違うのは「麻法」を自ら取り扱う資格を持っていることと、「囮捜査」をする法的な許可があることだ。売人をSと呼ばれるスパイとして使うことさえ、黙認されている。
ミーティングで仕事の引き継ぎが終わると時塚は俺を連れて聞き込み捜査に出かけた。彼のライフワークである「エンジェル・クライ」の密売組織についてだ。
行き先は六本木。交通手段は地下鉄。基本改札にデバイスをかざせば勤務中は無料で電車に乗ることができる。
梅雨の晴れ間だったが強烈な陽射しである。湿気もすごい。
初めての経験に俺は年甲斐もなく興奮してしまっていた。ごっこでない捜査なんて初めてだったから。
「一応説明していきますが、密売しているのは『ブラックパンサー』というアフリカ系外国人不良グループ。まあ不良グループなんていいますが実質マフィアです。奴らの背後にいるのが指定暴力団「天王寺会」、全国2位の大規模なヤクザの組織ですね。もちろん、証拠はありません。現物を押さえるしかないんですよ。」
そして、売人の一人の名がわかったのである。「ブライアン・イガロ」ナイジェリア国籍の男だ。その情報を持ってきたのがSである釼持だったのだ。
「釼持は『まだ』売人をやってるんですか?」
俺の問いに時塚は首を傾げた。
「足を洗ったはずなんですがね。奴は俺が初めて逮捕した売人なんですよ。もっとも、その時は売人としては証拠不十分で不起訴でしたがね。使用で有罪にはなりましたが、初犯だったもので(執行)猶予つきですぐ出てきましたよ。今は予備校の教師をやってるはずですが。」
「『はず』ですか?」
「ええ。ただ、またウリをやったら僕が逮捕するし、捕まっても庇ったりもしないよ、とは言ってあります。」
「そうですか。」
俺はにわかには信じがたかった。しかし今は仕事だ。アフリカ系移民の経営する店や従業員が働いている飲食店やクラブを回って周囲の人に聞いて回った。でも、ぼったくりの話は聞くが麻法クスリの話は聞いたことがないというのだ。
「やっぱり宅配とか使ってんじゃないですかね。今日日ネットと宅配があればなんでもできるだろう。」
俺の見立てに時塚は首を振る。
「それもないですよ。今、配達業を担っているのは『式神』ですよ。違法な荷物はすぐ足がつきますね。」
俺たちは近辺で食事を取ることにした。
「今日は相棒として聞いておきたいんですが。釼持とは昔、何があったんですか?」
「語っても聞いてもあまり気分のいい話じゃないよ。」
勤務中なのでアルコールは摂取できない。正直、語るにはアルコールの力を借りたい。
「もう、飲んでもいいですよ。今日は日勤ですから。手帖に退勤登録をしてください。」
手帖、有能。
俺はいじめられっ子だった。子供のくせに大人に対しては良く気が回るいい子ちゃんだったのだ。ただ、周りの同級生までは気が回っていなかったのだ。さらに付け加えれば駆けっこが遅くて鈍臭く、ドッジボールの最初の標的にされるタイプだった。
最初は軽く馬鹿にされるところからスタートした。からかわれるのが悔しくて仕方がなかった。最初は教師に告発して問題化し、いったんは収束したように見えた。しかし、それがよくなかった。というのもいじめの首謀者はクラスの人気者で医師の息子だった。そいつは俺に頭を下げるよう教師に強要されたことが気に入らなかった。まもなくいじめは再開したが、それは巧みに隠され、より陰湿に、より危険なものになる。
俺はいじめっ子グループの遊び仲間のメンバーに組み込まれたのだ。だから表面上いじめは解決したし、担任教師も大喜びだった。その担任教師こそ、剱持だったのだ。
そのイジメは治癒至法を悪用するものだった。やつらはケガをするほど俺に暴力を振るった後に治癒をかけるのだ。いじめの首謀者は、治癒至法陣を自宅の医院から勝手に持ち出していたのだ。
暴力はエスカレートしていく。最初は殴るくらいだったが、程度が酷くなるのに時間はそれほどかからなかった。バットで腕を折られたり、高いところから突き落とされ足を折ったこともある。熱湯をかけられたこともあったし、ナイフで皮膚を切り裂かれたこともあった。最後は治癒至法で元通りである。
それが毎日続いた。精神的につらかった。夜中に胃痙攣をおこし、胃液がのどを焼くまで吐き続けることもしばしばだった。両親には恥ずかしくていじめられていることを打ち明けられず、学校にいきたくないと思ってもやつらが交代で毎日迎えに来て逃げられない。
俺は良く泣き叫ぶ「リアクション」が達者だったのでやつらも面白かったに違いない。
これ以上エスカレートすれば死ぬかもしれない。俺はやっとの思いで俺は剱持に相談する。
「そうだな。死なない程度じゃないと困るわな。」
剱持はいじめっ子グループにいじめをやめるよう指導するどころか、ボクシングを教えた。むろん、サンドバックは俺だった。刃物の効果的な使い方も教えた。人を刺すのは気分がいいらしい。首が飛ばない「黒ひげ危機一髪」ゲームだった。
俺は絶望した。剱持は俺へのいじめをすでに知っていたのだ。それどころか、いじめのうまいやり方を教えていたのが彼だったのだ。いくら治癒至法陣があっても子供が使える代物ではない。その使い方を教えてやったのも剱持だったのだ。
「やつにもさんざん暴力を振るわれたよ。」
「なるほど、それは酷い話ですね。」
時塚が気の毒そうな眼で俺を見た。
「でも、『つぶしあった』って言ってませんでした?つまり何らかの反撃をしたのでしょう?」
さすが、優秀な男。よく他人の話を覚えているもんだ。
「それはまた、別の機会にな。ところで時塚、魔法の臭いがするんだが。」
時塚は笑った。
「すみません。それは天使憑きか精霊使いじゃないとわからないですよ。」
「探知魔法」は九条の家で散々たたきこまれた。術者の位置がわからないと戦場では致命的な結果になりかねないからだ。
俺たちが店を出ると、男がふらふらと歩いている。パーカーのフードを被っているので人種までは判別できないが身体つきは男性、しかも大柄だ。魔法の気配がダダ漏れしている。
「すいません。」
後ろから時塚が声を上げるが男は立ち止まろうとしない。
「エノさん、所轄に応援を要請してください。」
時塚は男を小走りに追うと男が突然立ち止まる。すると、男の上半身が膨張したかと思うと背中から濃い緑色の蝙蝠のような翼が生える。顔はアフリカ系移民のようだが口が鳥のくちばしのようになっている。
時塚は手帖を出すと結界を展開する。逮捕魔術の基本系だ。それをボディアーマーのように身にまとい、拳を強化する。
しかし、男は時塚にはまったく眼もくれず、夕闇の空へと飛び立った。
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