第4話 幼馴染のケンちゃん

 ケンちゃんは、幼馴染の麻里絵がトラックに轢かれて亡くなって、3日間も泣き続けた。 彼は安達区寝殿高校2年生野球部で17歳だ。中二病を患っていて最近ではスッカリ不登校になっていた。



 母さんから突然言われたのだ。

「マリちゃんがトラックに轢かれちゃったって!」


 俺は、口を聞かないと決めたばかりの母さんに思わず聞き返した。

「何ですとぅ?」


「幼馴染のマリちゃんよ! お前の初恋の相手だろ! 今夜お通夜だってさ」

「うるせー、バ……」

 今は汚い言葉は止めとこう。


「母さん、喪服出して」

「はいよ」




「マリちゃん。芸人になって、有名人になって、迎えに行こうと思ってたのに……。

 幼女の身代わりになって、トラックに轢かれて……。

 あれ?……これって、異世界転生するヤツじゃね?

 よし、俺もトラックに轢かれてマリちゃんを追い駆けよう」


 ところがトラックの前になど、とても怖くて出れない。幼女も都合よく飛び出してくれないし。

「どうしよう、普通に逝っても転生できなくね?」


 俺は、あれやこれやと悩みながら歩いてて、いつの間にか都電の線路の上にいた。


 プアアアアーンッ!


「やべっ、誰も助けてないし、トラックでもないし、都電って、逝けなくなくなくね!」


 そんな思いを僅かな瞬間に巡らしていた。

 当るーっ! と思った瞬間に、グリンと体が回りながら宙に浮いた。


 地面の無い白い空間に無重力の様に浮いてる気がする。


「愛は地球を救う? でもそんな逝き方をしても、幼馴染は救えませんよ!」

 若い男が白い服を着て立っていた。


「私は貴方の世界の管理者です。幼女を助けて都電に轢かれても、異世界には行けませんよ」

「そうですよね~」


「それに自ら命を絶った者は、基本的に地獄行きです」

「まじですか?」

「まじです。神が与えた寿命を勝手に縮める事は重罪だからです」


「じゃあ、異世界にマリちゃんを助けに行けないじゃないですか?」

「はい、その通りです。だけど今回は、あなたの愛の心に免じて手伝ってやれと神様から言われてます」

「やったぁ。……良かったぁ、地獄行きじゃなくて」


「それでは、向こうの管理者に貴方を引き渡しますね。ごきげんよう」


 またまた、グリンと体が回りながら宙に浮いた。




「貴方がマリエルの幼馴染ですね」

「はい、若くて美しい女神様! お会いできて光栄です」


「はーっ、さすが幼馴染ですね発想が似てます。 しかーし、チートなんて簡単にあげませんからね」

「えーっ、異世界転生のお約束ですよねぇ?」

「私はチートの約束なんて、した事ありませんよ」


「じゃあ、どうやって麻里絵を助ければ良いのですか?」

「知恵と勇気と友情ですね」


「……それでは、転生したばかりの俺のステータスは、どんな感じでしょうか?」

「ふむ、そのぐらいは教えてあげましょう。

 レベル1 HP5 MP5

 以上です」


「たったそれだけ……、 魔法は使えますか?」

「はい、レベル2に上がれば、MP5を消費してファイヤーボールが使える様になります」

「その後は、何が使える様になりますか?」

「貴方の努力次第ですね。普通に暮してる場合は、増えないと思います」


「そんなぁ、チートでなくてもいいから、せめてもう少しサービスをして下さいませんか?」

「う~ん、簡単な物ならいいけど」


「じゃあじゃあ、走ると魔力が増えるようにして下さい」

「走ると?」


「走って汗を流して頑張った代償として、魔力を増やして下さい。一時的で良いので魔力量の上限を超えて増えるようにして下さい」

「頑張った代償として、魔力量の上限を超えて、う~ん、チートにならないかなぁ?」


「じゃあじゃあ、走るのをやめたら一分にMP1下がってもいいですから。あっ上限までね」


「ふ~む。それでは、1メートル走るとMPが1増えて、止まると一分毎にMPが1減る仕様にしてあげましょう。その代り魔力上限は撤廃します。減り続けるとMP1で止まります。ファイヤーボールを撃つのに最低でも5メートル走る事に成りますよ。それが、チートに成らない様に貴方が払う代償です」


「はい、分かりました有難う御座います。あともう一つ、チートにならない仕様変更をお願いします」

「え~、……とりあえず話だけは聞いてあげましょうか」


「ファイヤーボール一回でMP5消費するから、2回で10、3回で15の消費ですよねぇ。一度に纏めて撃てる様に、仕様変更して貰えないでしょうか? 初級魔法のファイヤーボールだから、チートでは無いですよね。消費する分、走らないと使えませんしねぇ」


「う~ん、纏めて撃てる様に、走らないと使えない、頑張った代償だから

……チートでは無いみたいだから、オマケですよ」


「じゃあじゃあ、最後に一つ。麻里絵のそばに転生させて下さい」

「う~ん、それは良いけど。傍にちょうど良い個体が見付からないわね~……」


「姿形に文句は言いませんから。あっ、出来たら麻里絵に好かれる見た目が良いのですけど」

「好かれる見た目……、あったわ! じゃあ、頑張って。行ってらっしゃ~い」


「行ってきま~す。 有難う御座いました~」




 マリエルは、ママンに貰ったクマのヌイグルミがお気に入りで、いつも抱えて一緒に寝ていた。

 自分と同じぐらいの大きさの、黄色いクマの人形だ。

 クマのヌイグルミの張り出たお腹とオットリ顔から、幼馴染のケンちゃんを思い出したので、ケンちゃんと名付けていた。

 赤い服には『oiny the puu』と書いてあったけど。





 ケンちゃんは目が醒めた。


「知らない天井だ!」

 横を見ると可愛いビスクドールが寝ている。


「かなり裕福な屋敷の中みたいだなぁ」

「ウ~ン」

 ビスクドールと思っていたら、本当の赤ちゃんだった。碧眼の美しい目が、俺を「ジーッ」と見つめる。


「ケンチャン、ハナチテル?」

 一歳ぐらいに見える赤ちゃんが、たどたどしく話しかけて来た。


「うん、話してるよ。俺の事知ってるんだね!」

「ダッテ、アタチガ、ナマエ、チュケタ、デチョ」


「うんっ? 君が俺の名付け親って事?」

「チョウヨ。 ケンチャン、ニテウカラ、ダヨ」


「……君が女神様が言ってたマリエルちゃんなの? 転生したマリちゃんなのかい?」

「チョウヨ。 アナタモ、テンチェイ、ナノ?」


「そうだよ! 幼馴染のケンちゃんだよ!」

「……クマノ、ケンチャン、ジャナイノ?」


 俺は自分の体を眺める。

「なんじゃ、こりゃ~! なんでヌイグルミのクマ~!?」


「ケンチャン?」


「俺は、粗革区尾久の中田健だよ。君は粗革遊園地前に住んでた、鈴木真理恵だよね」

「……ケンチャン! ホントノケンチャン」


「異世界でマリエが困ってると思って、追いかけて来たんだ」

「フ~ン、アイガトウ。 デモ、コマッテ、ナイヨ」


「エッ! 俺もしかして必要無かった?」

「ウウン、アエテ、ウレチイ」


「……は~っ、ヌイグルミって。確かにこれなら、一緒に居られそうだけど」

「イッチョ、イレルネ~」


「鏡はどこかな~。あっ、チェストの上にあった」


 ケンちゃんは、子供用ベッドの柵をヒラリと飛び越えたが、床に背中から落ちて、バッフンと刎ねた。


「体の中は、木綿もめんが詰まってるのかな、ちっとも痛く無い」


 ケンちゃんはチェストを這い登るが、上に到着する前に落ちてしまった。


「テチュダウ」


 マリエルはケンちゃんの脇に両手を入れて持ち上げた。

「ウヒャヒャヒャヒャ~」

 ケンチャンが身をよじってもだえる。


「ガマンチテ」



 ケンちゃんは、チェストの取っ手に掴まって、何とか上に這い登った。


「は~っ、もろPUUさんじゃんっ! 全然違うじゃんっ! そもそも生き物じゃなくなくね?」


「アマリ、カワラナイヨ。マエヨリ、カワイイ」

「……そう、まぁいっかぁ」


「ケンチャン、ナニカ、デキウノ?」

「そうだ。ファイヤーボールだ!

 1メートル走るとMPが1上がって。50メートル走ればMPが50上がるんだった。

 俺走るから、ちょっと待っててね」


 ペッコ、ペッコ、ペッコ……と、音をたてながらベッドの周りを走る。



「もうMPが溜まったかな。それじゃあ、イクヨ~。 ファイヤーボ……」

「ダメ! オソトデ」


「そうだよね、火事に成るとこだった」



 マリエルが呼鈴よびりんを「チリンチリン」と鳴らす。


 しばらくしてジュディが入って来た。

「は~い、マリエルお嬢様。なんでしょうかぁ?」

「オチョトに チュレテッテ」

「は~い」


 ケンちゃんを抱いたマリエルを、ジュディが抱いて庭に出る。


 ジュディが、ジ~ッと私達を見てる。


「ジュディ、オヘヤニ、モドラナイノ?」

「はい、見守らせて頂きます」

「「……」」


「ジュディ、ヒミチュ、オネガイ、ナノ」


「はい、なんでしょう?」

「ケンチャンノ、ヒミチュ。ジェッタイ、シーッ、ナノ」

「はいお嬢様、ジュディにお任せ下さい」



 マリエルの腕から『ピョーン』とケンちゃんが飛び降りた。


「ジュディ、ありがと、よろしくな」


 バタンッ!


 ケンちゃんが喋るのと同時にジュディが気を失った。



 マリエルが、ジュディの頭を「いい子いい子」と撫でながら看病をする。

 その前を、ケンちゃんが行ったり来たり走る。


「よし、今度こそ。 ファイヤーボーーール!」


 シーーーンッ、


「そうだ。レベル2からだって、言ってたっけ。 ガックリしんのすけだよぅ」

「レベル2、カラナノ?」

「うん、女神様がそう言ってた」


「レベルを上げるなら経験値を溜めて下さい」

 ジュディが、うつろな目でそう言った。

「魔法の呪文を唱え続けても、経験値を積めますから、魔物と戦うより安全です」


「じゃあ、ファイヤーボールって、言い続ければいいの?」

 ケンちゃんがジュディに聞いた。

「ヒッ! ……そうです。 お嬢様、この人形呪われてませんよね?」

「ウン、ダイジョブ」

「はい……」



「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール……」

「ケンチャン、チヂュカニ、チテ。モッチョ、チチャイ、コエデ、チテ」

「オッケー」






「エイルちゃん、こんばんは。

 ケンちゃんが無事に転生して来ました。

 ありがとう。

 お人形だから一緒に居られるね。

 お人形だから食べなくても大丈夫だよね。

 おやすみなさい。

 親友マブダチのマリエルより」




「マリエルちゃん、こんばんは。

 幼馴染のケンちゃんに再会出来て良かったね。

 ファイヤーボールが使える様になるといいね。

 おやすみなさい。

 親友マブダチのエイルより」

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