霹靂(六)
「……そうみたいですね。ついさっき気づきましたよ」
自分でもはっきりしない口ぶりで、
平原の上空に広がるキノコ雲が写った、大きなモノクロ写真。
「ウランらしいですよ、私の元素は」
ウラン。科学に疎い天空のような人間でも、あまりにも有名なその元素名を必ず耳にする。かつてダイナマイトが座っていた座につく、外界における破壊的象徴として。
「初めて思い出したのはいつだ」
雷破が問う。
「九歳くらいだったかな、砲弾を囲んだ男の人達の記憶です。最初は眠っている時に見たから夢だと思ったけど、起きている時も見るようになって」
「誰かに話したのか」
矢継ぎ早に質問する雷破。あまりいい思い出ではなかったが、もうそれも、全部話そう。
「友達とか学校の先生に話しました。信じてもらえませんでしたけど」
彼らは等しく、天空の話をありえないと切り捨てた。頭ごなしに否定するなと反感も覚えたが、それきり一度も、その話は繰り返さなかった。言おうものなら、この子は気が狂った、病んでしまったなどと、憐れむような目を向けられると子供心でも想像がついたからだ。
「でも、お父さんだけは信じてくれて」
天空が宿す記憶の中で、二度と思い出したくないものは二つある。一つは爆音が鳴り響く平原、そしてもう一つは天空の心を深く抉り、ずたずたに引き裂いた。それを見る度に吐き気がして、我慢出来ずに吐いた。
泣きながらえずく自分の背をさすってくれたのは、唯一の身内である父親だけだった。優しい父は、天空の不気味な体験談を、怯える娘を無条件に信じてくれた。
「九歳くらいになると、娘は父親に反抗的になるってよく言われるけどな」
父親がしつこく勉強しろと言ってきてうるさい、いなくなればいい。
同級生が自分の父親の悪口をこぼしていた。だけど、天空はそんなことなど言えなかった。
「私、まだ赤ちゃんだったときに母親を亡くして、家族はお父さんだけなんです。だから、離れ離れになってようやく気づきました。ずっと父親に縋ってたんだなって」
「離れた?」
この町と外の世界は遠い場所に感じるが、実は一つの道で通じている。
「会社の都合で、外界の支社に転勤したんです」
鉄道。町のほぼ中央を南北に縦断している交通機関。月に二度、外界から列車がやって来る。駅からそれに乗れば、町を隔てる結界か見えない壁を越え、広い外の世界に踏み入れる。ただし、一度この町に入った外来人は、鉄道を使っても出られない。
また、外界を旅する者は、町に帰る際も必ず切符を持たなければならない。万が一紛失でもしたら、外来人と同じく、二度と故郷には帰れない。
町民の多くは認識していないようだが、内と外は近い。だからこそ、天空に別れは突然訪れた。
「ついて行かなかったのか?」
「何が起こるか分からないって拒否されて」
当然だが、すき間の町よりも外の世界の方が人は多い。場所も違えば人も違うし、犯罪の量も段違いだ。どんな目に遭うか未知数だ。
「だから、この寮に来たんだな」
天空は首を縦に振った。入寮するまでの時間は、本当に早く展開した。
天空は両手で顔を隠した。そろそろ自立しろ、というだろうか。だったらここに居る必要などない。父に勧められてここに居るのだから。
片親家庭で育ち、たった二人で助け合いながら生きてきた。我ながら他の家より苦労したと思うけれど、二人暮らしは幸せだった。
まだあとちょっとだけ、あの思いをさせてはくれないだろうか。
「まあ、ほっといてもいいじゃないか。いずれは帰って来るんだろ」
雷破はまっすぐな瞳で言い捨てた。だが、天空は首を振る。
「いつ帰れるか分からないって言われました」
「うん?」
「二年後か三年後か分からないけど、早くは戻らないのは確かです」
「帰られる時期が分からないって、外界に行くには普通は、滞在期間を届け出ないと駄目なはずだろ。転居届を出さない限り、無期限滞在なんてのは出来ねぇはずだ」
転居という言葉が突き刺さる。
ありえない。父が自分だけを残して引っ越すなんてありえない。
自意識過剰とは分かっている。でも、こう思わずにいられない。
「もしかしたら、見捨てられたのかな」
天空が呟くと、
「そりゃいくらなんでも、自意識過剰だぜ」
と、予想通りの返答がされた。
「そんなこと言われたって考えちゃいますよ! 私にとって、家族はお父さんだけなんだから!」
天空は怒鳴った。すると雷破は目を少し大きくし、気勢をそがれたようにして本に視線を落とした。そして何故か「ククク」と忍び笑いを漏らした。
「これに書いてるぞ、ウランの性質。空気中で加熱すると発火するらしいぞ。おまけに、希ガス以外の全元素と反応すると言われるなんて、お前そっくりだな」
「べ、別に笑うことじゃないでしょう」
それでも笑い続ける雷破に戸惑い、ちょっぴり侮辱された気がした。
「せっかくだから、俺が今日、屋根の上で見た記憶を話してやろうか」
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