霹靂(五)
「
折り目正しい自己紹介する青年は、先程
雷破が落ちたところで作業はやめになり、天空あまぞら達は六人居てもまったく苦しくならないほど広いリビングでくつろいでいた。今日はよく働いたが、さっきの出来事が何より心労に祟った。
「すまねぇ米倉、助かった。危うく死ぬとこだったぜ」
まだ生きた心地がしないという風に、雷破はため息を漏らした。
「もう、急に立ったりするからですよ」
無意識に天空の口調が強まった。怪我一つないのも、防災局員の米倉に助けられたからのことだろう。
「わりぃ、あんな場所で思い出すなんてな」
思い出す? 彼はよく分からないことを口にする。疑問を抱く天空をよそに
「思い出すってのは、やっぱり『記憶』のことか」
それを聞いた米倉も、
「一体何が引き金になったんでしょう?」
「いつどこで思い出すか分からないなんて、迷惑なもんだね」
さらに
「
阿窟が訊ねた。
「ええっと、やけに熱が籠った中で、」
「いやいやいや、全然話について来れないんですけど。さっきから皆さん記憶って言ってますけど、一体何なんですかそれ」
これ以上、知識ゼロで聞き流すのは困難だ。一気に心中を吐き出すと、五人から一斉に視線が注がれる。するとその時、玄関ドアが開く音がした。
「お、屋根が直ってるな」
ハーンの声だ。研究所の面々が帰ってきたらしい。間もなく、三人がぞろぞろとリビングに入ってきた。
「あれ、勢ぞろいでどうしたのよ」
開口一番につなぎが訊いた。
「ちょうどよかったわ。
阿窟はパチンと手を叩く。
「俺が?」
状況を把握していない一貴が自分を指差して言った。他の二人も同じく困惑している。阿窟が彼らに経緯を話すと一貴は、
「そういうことなら、内包者研究の第一人者であるこの石橋一貴さんが、懇切丁寧に教えてあげようじゃないか」
と、明らかに調子に乗って偉そうな単語を連ねていった。
「いいから、なるべく手短に説明しろよ」
「はいっ!」
冥から冷ややかな視線が飛ばされると、彼はすぐに説明し始める。
「なあ天空ちゃん、この町に伝わる伝説というか、おとぎ話っつーか、こういう話は聞いたことあるか? すき間の町には生まれつき、『元素の記憶』をもった人間がいる、っていう話。元素ってのはほら、『すいへーりーべ、ぼくのふね』みたいな化学元素だよ」
元素か……。
なんとなく、学校の理科室に貼られた歪な形の表を思い浮かべる。中学や高校の授業でいやいや覚えさせられたが、それとこの話にどう繋がりがあるのだろうか。そもそも、どこの世界にそんな奇妙でときめかない伝説があるだろうか。
「で、結論を言うと、元素の記憶をもった人間、『内包者』は実在する。ここに座ってる雷破は、トリウムっていう元素の記憶がある」
「とり……?」
一貴は雷破が座るソファの後ろに移動し、背もたれの上で腕を組んだ。
「内包者は、ある拍子に元素の記憶を思い出すことがある。そこで思い出す記憶ってのは、外の世界のどっかで起こった、過去の出来事なんだ。雷破の場合はトリウムが関わった過去の出来事を、記憶として保持してる。雷破、例えばどんな記憶があるんだ?」
「……キャンプ場。夜で、何組かの家族連れが、ランプの灯りの傍で肉だのを焼いてた。後で一貴に教わったが、キャンプ用のガスランプにはトリウムが使われていたんだとさ」
一貴が話を振ると、雷破はどうでもいいというように応えた。
けれど、それってまるで……?
「その元素の用途、名称の由来、関連する人物とか、元素の記憶は色々ある。俺は内包者じゃないから分からんけど、記憶を思い出したときは、自分が実際にその場所に居るみたいな感じらしいぞ。ただし、内包者がきっかけになる出来事が起こらないと、記憶は思い出さない。とまあ、こういう感じで、記憶についての説明は終わり」
喋り疲れたのか、彼は「ふう」と息を切らした。
「一貴さん、昼間持ってたあの本、貸してくれませんか」
天空は訊ねた。
「え、あれなら鞄に入ってるけど……」
一貴は床に置いていた鞄から、あの小さな事典を取り出し、天空に手渡した。
ここに、答えがあるのかもしれない。
階段を上って、廊下を左に曲がる。三号室と記された表札を確認し、ドアを開けた。一階とは異なり、二階の部屋は質素だ。使い古された木の机と、ベッドだけがひっそりと佇む。あまりお金は掛けられなかったので、大きな家具だけは業者に頼んで運んでもらっておいた。持ってきた鞄に入っているのは、学校の教科書と着替えだけ。これから自分の家と寮を二往復ほどして、必要なものを運ぶ予定だ。
天空はベッドの上に腰を下ろす。内包者についての解説をされた後、時間の関係でそろそろ夕飯ということになった。同じテーブルを囲んで食事をする間、阿窟達のみならず、当の雷破でさえ、元素の記憶とやらはどこかに消えた。一人、寮生活一日目の夕食をとった自分だけが、浮かない顔をしていたように思えた。
夕飯の前に、部屋に置いていた、一貴から借りた本をぱらぱらめくってみる。ほとんどが茶色く色褪せていて、紙からはどことなく甘い、悪くない匂いがした。「トリウム」の項目を探して開くと、元素記号と原子番号、原子量といったもの他に、同位体だの電子配置だのと、実生活では不要であろうものが記載されている。「事典」と銘打っているだけあり、読み物には適さなそうだ。気を取り直し、数ページめくると――。
「……」
「天空、入るぞ」
ノックの音がして、雷破が姿を見せた。
「ふあっ! ど、どうしたんですか」
「ったく、いきなり妙な悲鳴上げやがって。阿窟から伝言、風呂上がったから早く入れだとさ」
彼はそう言いながら、天空の手元に目を送る。
「その本、一貴からさっき借りたやつだよな。なんだ、その写真?」
天空は慌てて本を閉じた。
「な、何でもないですよ」
「別に隠さなくてもいいだろ。ちょっと見せてくれ」
「ああっ」
雷破が部屋の中まで入って来ると、天空は毛布の下に本を隠そうとしたが、彼が本を奪い取る方が先だった。
表紙を確認した雷破は、ページを雑にめくっていく。すると、突然彼の手が止まった。
「さっき読んでたページ、ここだよな。遠目からでもすぐ分かる」
雷破は真面目くさった目つきで、天空に本のを見せた。それは確かに、天空が先程目を通していたページだった。
平原の上空に広がるキノコ雲が写ったモノクロ写真が、右のページ全体に載っている。
「……なんか色々書かれてるな。結晶構造、電子配置、比重、地殻濃度。よっぽどの物好きじゃねぇ限り、普通の高校生が読むには、背伸びが過ぎる」
きまりが悪くなった天空は、拗ねた子供のように目を逸らした。二人とも口をつぐんでいたが、やがて雷破がゆっくりと、徐々に勢いを増す雨雲のようにこう言った。
「単刀直入だが……一日中お前と過ごして、アホみたいに口開けてぼーっとする場面がいくつかあった」
会って一日目の人間にアホなんて言うものか? 天空はその思いを胸の内にそっとしまう。
「忘れていたものを思い出した風にな」
天空の心からは反感も何もかも消えて、彼が言いたいことが分かった。要はこういうことだ。
「内包者だろ、天空」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます