第19話 2015年3月27日 山梨県武田甲府市 躑躅ノ森記念館庭園 桜会
武田家中の桜会が、3月下旬満開その日に、躑躅ノ森記念館庭園の野外茶屋敷で行われる。外部近隣からは、上杉家・北条家・諏訪大社・徳川家がお呼ばれされる。言わば懇親会外交。
下手には重臣が居並ぶ。上手には、上杉家からは、今や武田眉と夫婦の上杉寛鉄関東管領、妹の上杉友梨奈。北条家からは、女性地領北条恭順得宗、娘の北条京子。諏訪大社は寺社宗主諏訪充子。徳川家は、御三家の執権助役尾張莉乃。そして奥の御簾の向こうには誰か。この和服女性絢爛衣装は、武田地領御館武田眉の力量があってこそ。
取り囲む真ん中の花舞台での司会は、小山田修子祭礼長の闊達な進行の元、舞上手の器量良しが艶やかに跳び、楽箏も煌びやかに響く。
そして、饗宴の甲府ワインを傾けながら、淑やかながらも女性談義が飛び交う。武田家と上杉家の婚姻は祝着至極。次は御三家の何れか。執権助役尾張莉乃は、私が一番遅そうだからと、多くの懇親会に出張秘話で盛り上がり、よりワインを傾いて行く。そして行く着く先の情熱的恋愛話は、上杉和輝と高坂七瀬の奇縁と宿縁の話。桜会の縁に座る、七瀬が終始顔を真っ赤に俯く。
武田眉、太腿に扇子をピタと置く。
「さて皆様、七瀬が恥ずかしがっております。ここはしばし、ほとぼりを覚ましましょう。七瀬、舞を任せてよろしいでしょうか」
高坂七瀬、正面に膝を擦り進めお辞儀。
「高坂七瀬。お役目、果たさせて貰います」
原絵梨花、正面に膝を擦り進めお辞儀。
「眉御館様。高坂七瀬とも、お別れの時期が近づいております。ここは私達監察班の思い出として、高坂七瀬、私原絵梨花、内藤一実、甘利眞幌が、甲州民謡春紫菀讃歌を舞わせて頂きとうございます」
上杉友梨奈、上機嫌にも。
「これは、致したり。何か、非常に、重要な某が欠けております。上杉家の善の気持ちを蔑ろにされては、眉姉様でも如何なものでしょう」
武田眉、余裕の笑みで。
「然もあらん。友梨奈、今日は内輪の席ですよ。何の過不足が有りましょうか」
小走りに、正面席に進み出る、上杉家家臣新発田依頼。
「私、新発田依頼がつまらぬ水を差してしまい、お詫びを申し上げます。関東管領様の厳命として、高坂七瀬の陰日向を共にするようにと命ぜられたのに、監察班の輪にも加われないとは恥じるばかりです。この新発田依頼、上杉の狂犬の字を返上させて頂きます」
上杉友梨奈、酔いから視線が戻る。
「依頼、上杉の狂犬の返上は罷りならない。黒袴隊の今や一の掟、高坂七瀬を守り抜き、上杉家の華を大いに盛り、お家を建てる。黒袴隊を卒業したとは言え、これを守れぬとは。さて、新発田依頼、自害でこの場を許す」
新発田依頼、脇差を前に置くと一礼。
「有り難き、ご温情、忝く存じます」
高坂七瀬、目を剥き立ち上がる。
「待て、待って、全然違います!依頼さん死んじゃ駄目です。これは私の不手際です。上杉家から、警備補助だからって、依頼さん来て貰って、それは最初こそ邪険にしますよ。絶対下宿するって。別に一人増えても、一軒家ですから溢れませんでしたけど。ああ、でも冷蔵庫の甘味物、名前書いてないと、依頼さん食べちゃうし。依頼さん気持ち高まるとサクソフォーン、ビリビリ鳴らすし。依頼さん、自転車勝手に借りちゃうし、何処に行ったのー。違う違う、これ無かった事に。依頼さん頑張って貰ってますから。そう、丸富加工場では一緒に農作物の加工してるし、叶富事務計器では複写機の修理の手伝いもしてくれるし、依頼さん、何でも出来ちゃうんですよ、どこに自害する必要があるのですか。無いんです!」
上杉寛鉄、背筋を伸ばし。
「その依頼、要とはどう言うものか聞こうか」
新発田依頼、理路整然に。
「高坂七瀬は、仰りました。上杉和輝様の盾となり、その最後の尊厳を守ると。私はその七瀬の前の、更に命懸けの盾となり、お二人をお救いします」
諏訪充子、真に呆れ顔で。
「ちょっと、そういうのやめて貰えるかしら。諏訪大社に気軽に英霊が来られたら困るのよ。本当に」
尾張莉乃、宥めるように。
「諏訪宗主、ここは、覚悟の問題ですから、ちょっとだけ堪えて、ねえですから」
上杉寛鉄、意気揚々と。
「そうですな。ここは奥方、武辺を語り下さい」
武田眉、凛と。
「依頼さん。要のそれは正しい事でしょう。但し視点を広げましょう。武辺とは万民の盾でも有ります。あなたのその勇気が、背後の万民の生命を救う。これを持って武辺の本懐とします。そうとは言え、小競り合いに明け暮れると、闘争本能のみが残ってしまうのは、これは私共武辺のの命題と致します。依頼はどうか焦らず、我が義妹候補七瀬の警備を引き続きお願いします」
「ははー」監察班と新発田依頼が、瞬時にひれ伏す。
御簾を開き、前に進み出るのは、飯富家に自由に居候している、皇位継承3位大洲賀実果。
「瑣末な茶番であったな、だが思いやる心は嫌いでは無い。さて、私もいつまでも畏れては、ワインしか進まないので、私が甲州民謡春紫菀讃歌を歌おう。大丈夫、各地元の史書は頭に入っているので、音曲は寄せなくて結構だ」
甲州民謡春紫菀讃歌が始まる。笙が軽やかなに鳴り、筝が爪弾かれ、鼓が雄大に響く。
花舞台には、高坂七瀬が一列目に、原絵梨花、内藤一実、甘利眞幌、新発田依頼が背後で盛り立てる。両扇子を持って、舞踊のしなやかさと、そこに強かさも同伴し、早くも会席を魅了する。
そして、大洲賀実果の歌唱が深く染み渡ると、木々も歓喜してか、一片の風が舞う。その花舞台に、桜の落花が降り注いで来る。
全てが美しい。ただ一人様子が違う踊り手がいる。筆頭の七瀬が、桜の花弁を一切纏わず。折々の両扇子の振る舞いで、巧みに桜の花弁を舞い散らせて行く。
堪らず、感心を傾ける声が上がると、新発田依頼が対となるべく、高坂七瀬に並ぶ。依頼は空気感だけで、七瀬と踊りを同期させ、依頼も桜の花びらを一切纏わず、驚愕の同期舞踊を見せる。
不意に上空から、トンととても静かな影が、花舞台に着く。そして、手踊りのみで舞踊に加わるのは、上杉友梨奈。それは正しく破。両扇子も持たず、桜の花弁を一切纏わず。
忽ち、上杉友梨奈の周りを、高坂七瀬と新発田依頼が廻り始める。
高坂七瀬、呆れては。
「友梨奈様、念動力で花弁散らしてますよね」
新発田依頼、くすりと。
「友梨奈様、またの掻っ攫いは如何ですよ」
上杉友梨奈、神妙に。
「最後、思いついちゃったから、着いてきて」
大洲賀実果の歌唱が、より染み渡って行く中、桜の樹々のカサカサも強くなり、桜の花弁が更に舞い始め、絢爛さを増す。そして伸びやかな大洲賀実果の悟しで終えると、音曲も最後の音を強く打ち鳴らし、終幕へと。
そして舞踊にも、有りえない現象が起こる。上杉友梨奈が一番手の位置に入り、舞踊者も揃って中央に集まる。舞踊者が最後に大きく腕を奮うと、桜の花弁の対流が、降るのではなく上空高くに舞い上がって行く。高坂七瀬の一心制動。原絵梨花、内藤一実、甘利眞幌、新発田依頼の波動。そして上杉友梨奈の念動力がより炸裂し、花舞台の桜の花弁を全て取り払う、この途方もない非現実さ。堪らず、集った皆よりの喝采が送られる。
そして、上杉友梨奈が起立そのままに、花舞台に倒れようと。そこを留め支えたのは七瀬。
上杉友梨奈、やや血の気が引くも。
「ごめん、ワインが美味しすぎて、循環しすぎちゃった」
高坂七瀬、優しい笑みで。
「何となく、分かってますけど。この先、とことん付き合うのですね」
上杉友梨奈、神妙に。
「そこ姉妹でしょう。どうかお願いします、ねえ。はは、疲れちゃった」
七瀬が友梨奈を両腕で持ち上げ、花舞台を降りると。
庭園に放たれている鷹が嘶き、ゆっくり輪を描いて、武田眉の袖に降り立つ。そして御館眉が、鷹も超常現象を目の当たりにすると驚き報告もしましょうと。新たな宴の話題になる。
やわらかい棘 -Goodbye, My sweet heart- 判家悠久 @hanke-yuukyu
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