第18話 2015年2月14日 新潟県上杉新潟市 白山地領会館 セントバレンタイン

 武田地領御館武田眉は、上杉家関東管領上杉寛鉄に9月に嫁入りし、上杉家の参政権も与えられるも、まだ本格的な輿入れはせず、二領に跨った治世を預かる。その政量は、武田家引き継ぎと上杉家習いで、軽く5倍に。当然武田眉が全て背負う訳でなく、武田家母衣衆も折に連れ、武田家躑躅ノ森地領会館と上杉家白山地領会館に招集される。

 その武田家母衣衆の中には、武田甲府市婚礼行列で、上杉寛鉄の弟上杉和輝に見そめられた高坂七瀬が頻繁に呼ばれる。見そめられたとは言え、大勢に民が見守られる中でお断りも出来ず。その手順を待つ羽目に。

 即ち、儀礼は未だ無いものの、公には、武田眉と高坂七瀬は義姉妹の絆を持つ。そうなれば、武田家の家臣団の厳格さ故に、より強いしきたりを詰め込まれる。当然、高坂七瀬の涙目も多くなる。


 そんな中、武田眉後見役の定期的な上杉家出勤も有り。当然、ほぼ上杉家関係者高坂七瀬も伴われる事になる。

 今回の出勤は、2月14日の上杉家の聖バレンタインデーの公式行事に当たり、公館の白山地領会館前広場で行われる。上杉家は各種産業拠点で有り、後進育成の為にも家庭の充実を掲げている。その為、日本国的なバレンタインとは一線を画し、本格的な聖バレンタインデーで、男女の結婚非婚に関わらずバレンタインカード読み上げ会が行われる。当然、武辺の里となれば熱狂は察する程に。

 司会は、気さく過ぎる、上杉家次男上杉和輝が勤める。バレンタインカードを読み上げると、共に爆笑し、共に泣き、共に抱き合う。そして、君良いから出て来なさいの指示も出す。

 そして御意見番席には、上杉家家臣団重鎮。そして、今回初参加の武田眉も殿席に選ばれる。その背後には、高坂七瀬がまま囁く。


 七瀬、目を丸くしては。

「まさか、ここまで盛り上がるとはですね。武田家でも聖バレンタインデーの行事を行いませんか」

 眉、神妙に。

「上杉家の領内結婚は2人に1人の高い精度。見習うべきも有りましょうが、武田家は家族制度が盤石な地域です。家族による伴侶の勧めが多いでしょう。最初は盛り上がりましょうが、結局は照れますよね。特に武田家に準拠した七瀬なら、特に控えめでしょう。もう一度自身に聞いてみなさい」

 七瀬、逡巡しながら。

「いや、私を基準にされても。そう、馬場様が司会だったら、きっと受けは良いですよ。一回試してみませんか」

 眉、しゃんと。

「なりません。倣って、武田家で失敗してごらんなさい。上杉家は成功してるのに何故だと、憤懣やる方もなくなりましょう。武田家の家格とは、御三家の直々の御意見番である以上、信用失墜は憚ります」

 隣の席の上杉家重臣宇佐美孝明が、視線を変えず笑みを讃えたまま。

「まあ、眉様もしゃちこばらずに、お気楽に行きましょう。何なら、上杉家から私が司会として仕切りますので、失敗何がしは、私への叱責へとお納めくださればと思います」

 眉、背筋を伸ばし。

「宇佐美。それは、ごめん被ります。失敗前提で、武田家の規律が揺れても困ります。それに宇佐美の思いやる手心があったとしても、武田家領民は情緒を重んじます。そうですね。溢れる愛の言葉の前で、武田領民の立ちすくむのが目に見えてしまいます」

 七瀬、困り顔も。

「眉様、せっかくの宇佐美様のお申し出を無碍にされては、上杉家の良心を袖にするというものです。ここは、くどくなりますが、検討されては如何でしょう」

 眉、鼻であしらう。

「七瀬の忠義尚宜しい。今の言葉は、七瀬が上杉家に嫁ぐ覚悟をし、私の義姉妹になった上で、よりよく受け止めます。そもそも、こんなか細い私を、むざむざ一人で上杉家の嫁がせるとは、七瀬に無性の愛というのは無きものか。あな、切なや」

 七瀬に、何か細い水の軌跡が当たる。

「いや、止めて下さい。友梨奈様、」

 上杉友梨奈、水鉄砲の発射を止めて、それなりに引き笑いをする。

「はは。もう、愉快痛快、面白みの無い兄弟の中で育って、急に、こんな華やかな姉様が増えるものだもの。私もね、改めて上杉家の行事の為に頑張ろうにもなるでしょう。そうだね、家出しないで良かったな」

 宇佐美孝明、さもうんざり顔で。

「友梨奈様。事実を捻じ曲げるのは良くは有りませんな。東北3回、近畿に2回、中国に1回、家出されて決死の捜索隊を出したのは、まあお年玉全没収で懲りもしませんか」

 友梨奈、口を尖らし。

「宇佐美はもう。出家家出は、上杉家のお箱でしょう。そもそも2泊3日の家出って、それ旅行じゃない。連れ戻すのに本当命掛けるよね、上杉家中。まあ、姉様二人お越しになるのだから、もう暇することはないけどね。と、ひょっとして、今の上杉家、過去最高最強でしょう。凄いよね、宇佐美、」

 宇佐美孝明、口元を正し。

「それは如何なものでしょう。構成員が最高であっても、兵卒が果たしてついて来れるかが有ります。人事とは、その均衡が良質であるべし。ここは上杉黒袴組の上杉友梨奈団長の慈愛があればこそです。厳しいだけでは、人材は育ちません」

 友梨奈、しゅんとして。

「まあ、そうなんだけどね。でね、眉姉様は結婚したから良いとして。七瀬はまだ七瀬姉様じゃないよね。いつ結婚するのよ」

 七瀬、もどかしくも。

「けっ、結婚。そこは、どうも何もですよ。上杉家に入ってくれとは言われてますけど。まだ私も若いですし。武田家に出仕して、まだ数年ですし。そのうち、上杉和輝様に良いお相手が見つかるとは思いますよ」

 眉、凛と。

「そこは、はっきりさせましょう。武田家の郎党が、上杉の気まぐれで籠絡されたとあっては、互いにしこりを残すと言うもの」


 眉、何気に立ち上がると、司会の上杉和輝に詰め寄りマイクを奪う。次第に何事かざわめいて行く観客席。

「宴もたけなわで、初参加の私への声援も、ご寵愛有り難い限りです。さて、ここで最高の宴を催したいと思います。ここにいる義弟上杉和輝も、一角の人物では有りますが、その実、本気の奥手でございます。先年9月の私共夫婦の婚礼礼行列で、高坂七瀬に求愛したものの、そのままにございます。和輝さん申し開きは、そう、ないですね。七瀬の求婚はまだ生きてますね」堪らず観客が爆笑する「公開の場で、大変恐縮ですが、ここで上杉和輝と高坂七瀬の公開お見合いを行い、白黒はっきり付けさせ貰います。皆様の暖かい応援が一押しになりますので、厚き御礼承りたく思います」


 舞台は、いつ打ち合わせしたのか、手際良く舞台交換されて、ロングソファーが3脚用意される。そして、観客席からは、上杉和輝の両親で前地領上杉恭治と寮母総帥上杉絵里、高坂七瀬の父で高坂隆也が、サプライズで壇上に招かれる。本気のお見合いで、照れて慌てふためくは当事者二人。観客としては、流石は奇襲上手の武田家地領武田眉と、畏怖と尊敬が入り混じる。

 両親同士が和気藹々と、そううちの子はねといいとこ取りを話し、観客席が爆笑する中で、ようやく観念した上杉和輝と高坂七瀬が気圧されて、舞台上の中央ソファーにペアで沈み込ませられる。


 眉、ただ笑みを浮かべたままで、楔を打ちに。

「中々、愉快なお話が続きますね。これで、終始上杉家が和やかになると思うと、これは結ばれるべき良縁と思います。そもそも、私の婚礼行列より、地元紙の大きな見出しで、上杉和輝と高坂七瀬婚約かを打ち出されては、地領としての面子が丸潰れですので、どうにか責任を取ってもらいます。ここは冗談では済ませんからね。皆さん、そう思いますよね」

 観客席の興奮は絶好調。

 友梨奈、ソファーの背後から七瀬の肩を押し続けては。

「七瀬、ここで土下座とか切腹とかは、そう言う雰囲気じゃないから。和輝兄、言いなよ、言っちゃいなよ」

 七瀬、むずがりながら。

「ですから、強要は、お許し下さい」

 上杉和輝、母上杉絵里の視線に気付き立ち上がり繁々と歩より、何か小さい箱を受け取る。そして七瀬の前に戻り、跪くと。

「七瀬さん、すまない、これは全て俺の落ち度だ。上杉家の行政が立て込んでるとかどうとかは、家庭に職務の理由を持ち込んではいけない。そう、俺には、強く頼もしい相棒がこの先も必要だ。上杉家と言うのは、親族含めて、一家言を守り抜く為に、親族であってもある日敵になり得る。それに立ち向かう為にも、どうか俺の側にいて戦って欲しい。何か物騒な話だが、死ぬ時は絶対一緒だ。死が二人を分つ迄なんて、そんな流暢な事は言ってられない。高坂七瀬。生涯、俺と連れ添って下さい」そして漆黒の指輪箱開き、婚約指輪を差し出す

 七瀬、呆然としながらも、つい涙が頬を伝い、婚約指輪をつまむ。

「そうか。上杉和輝様。お言葉ですが、一緒に死ぬは有りえないでしょう。私が槍衾の盾となり、その間に、ご自害なされませ。死して尚、これぞ夫婦かと、天使が二人を天国に導いてくれる筈です」


 観客の彼方此方で、グオーー、歓喜の咆哮が上がる。上杉家の内紛の歴史をより知ってるだけに、剣豪高坂七瀬の何者ぞ、夫婦愛の権化かと、立ち上がり賞賛を浴びる。

 そして舞台床では、あまりの感激でノックダウンし打ち震える上杉和輝。


 友梨奈、七瀬の前に回り込み起立を促す。

「全く、和輝兄、普段格好つける為だけに生きてるから、真っ正面からどっしり受け応えられると、こうあっさり撃沈するものかな。まあ、私も七瀬姉様と一緒にいると、何とか大人になるかな、どうかな、そこきっとかな」

 七瀬、照れながらも立ち上がり。

「いや、友梨奈様、姉様のそれは、如何なものでしょうか。もうちょっと先かと」

 友梨奈、七瀬の手を引き前に連れ出しながら

「もう、今ここで、はい、しかも強く、婚約したのだから、姉様は絶対。逃げたら、三途の川でも連れ戻すから。上杉家の探索能力も半端じゃないからね。ここ経験談なんだけど」


 そして、友梨奈が七瀬の左手を握ると万歳。観客も揃って万歳。七瀬はヤケになり万歳を唱える。

 勢い最高潮の、上杉家のバレンタインデーは無事終幕する。

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