第16話 2014年12月25日 山梨県武田甲府市 アストリア教会 賛美歌

 あの山梨県武田富士吉田市大富町は、どうしても転籍が相次ぎ、滅相寺以外、カトリックの聖十字架教会も惜しまれつつ閉鎖へと。

 そうとは言え、クリスマスとはどうしても祝い事で有り、武田家重臣小山田修子祭礼長に、山梨県武田甲府市で最大規模のアストリア教会に、大富町のカトリック教徒は漏れ無くは招待される。


 アストリア教会はイブを超え、クリスマスその日に礼拝が慎み深く行われる。いつもの争いとはの説話ではなく、大富町の大火で、より個人に心の棲み分けの撤廃を求められる。たった一つの解は、融和。それは過去の係争を顧みて、見て見ぬ振りだったが、今こそ身を正すべきのハレルヤから、今の礼拝に続く。


 最後部席の背面通路には、祭礼従者の選りに選っての二人が、等間隔ではなく、ほぼべったりに。

 白く深いベールを被った高坂七瀬、声を潜めながら。

「何か、荘厳ですね。クリスチャンさん、こんなにいるなんて」

 白く深いベールを被った真田麻衣、くすりともせず。

「そこは、便宜と本質、渾然一体。前悠常御館様が、2011年の東日本大豪雨に災害派遣に行って、ダム決壊しては、水死体で辛うじて発見される。派遣で救援すべきも、その最後が匹夫の勇では、武田家の行く末もで、白け雰囲気。そこから、眉御館就任で持ち返すなんて、まさかなものよね」

 七瀬、しんみりと。

「流石、真田家三女、他人事かな。武田家の地区合併虎視眈々とはね」

 麻衣。ただ神妙に。

「まあ、真田家だから、何とも言われましょうよ。ただ単に、大富町にいるのは、誠お爺ちゃんの面倒も見て来なさいよ。三食も取れないし、郵便局内勤も行けない、さてと。それが、可愛い親戚が来るとなると、シャンとして、郵便局で頑張っちゃって、まあ老いても武士よね」

 七瀬、ふわりと。

「ああ、そう言う事情なんだね。郵便局、活気戻ったよね。それで、」

 麻衣、舌打ちしては。

「七瀬も思ったより食いつくわね。審問受けると逞しくなるものかな。まあ、市井の観察の含みはあるわよ。もう、そう言う、地領絡みの侵食一辺倒の時代では無いと親書は送ったわ。癇に障ったか、何の労いも無いけど」

 七瀬、手持ち無沙汰にぐるり見渡す。

「ふーん」眼鏡を軽くは丁寧に見渡す「さあ、修子様も警邏怠りなくだなんて。これでは、誰が誰なのやら。まあ男性はベール被ってないから、一目で分かるけど」

 麻衣、七瀬を覗き込んでは観察し。

「まあ、良いんじゃないかな。そもそも第三検査場を超えて来るのは、気分屋でも無く、怪しくも、イヤらしくもない、紳士ばかりでしょう。いいんじゃない、私達、こうして暇を持て余すのだから」

 七瀬、溜め息混じりに。

「暇、よくも言えるわ。私は生憎、そちらの紅い組では無いので、武闘派ではございません」

 麻衣、したり顔にも。

「あっつ、そう。そういう事にしておくわ」

 七瀬、口を大きく開くも必死に抱え込み。

「危ないな、私の事全部知ってて、そういう態度取るの。ねえ」

 麻衣、したり顔で。

「それはもう、飯富さんの名士からは、良いですか高坂七瀬さんとはを、斯く斯く然々の2時間の高説会。七瀬、あなた、相当信頼されてるから。とは言え、そういう実に新鮮なところ好きよ。ますますね。棘人界隈、達観してるの多いから、特にね。ねえ、この機会に友達にならない」

 七瀬、深いベールの中で口を大きくへの字に。

「棘人と任人だからじゃなくて、そういう、ちょっと敷居の高い所にいるのが、私は好きでは有りません」

 麻衣、ふふんと。

「七瀬の、そういう人見知りも聞いてるから、全然余裕よ。まあ、どうしても友達にならざるは得ないと思うけど。大声で言おうかしら」下を向き小声のかすれ声で。「私は今、高坂七瀬のウェディングドレスを編み込んでいます。依頼主は旦那様になる、あの、上杉家の上杉和輝さんです。あっつ、言っちゃった」

 七瀬、忽ち真っ赤になり戦慄く。

「いいえ、何それ、全然聞いてない。婚約も何も、全然、あの婚礼行進から、全然だよ。それ社交辞令じゃないの、ねえ、冗談でしょう、麻衣、そう言ってよ、ねえ、」

 麻衣、益々くすりと。

「冗談だったら、一日で指貫がおじゃんにならないわよ」

 七瀬、顎が下がり。

「真面目に、なの」

 麻衣、凛と

「私としては歓迎よ。有力士族の会合、恵比寿鹿鳴館の舞踏会。私って、こうじゃない。七瀬が上杉家に嫁入りしたら、あらまあ、お友達いるわね、あらら楽しいわになるわよ。舞踏、嫌いでは無いでしょう」

 七瀬、悩ましげに

「まあ、嗜み程度にね。潜入事案一通り、学んではいるから。何か違う、そうじゃ無いよ」

 麻衣、視線真っ直ぐに。

「そうよ。武田家と上杉家とは深謀遠慮。七瀬に脱走されては困るから、内密のままのそれでしょう。最悪、七瀬のそれを見越してるわね。だから、ほら、私って優しいでしょう。そう、輿入れするにしても、脱走するにしても、私を絶対指名しなさいよ。絶対便宜図るから」

 七瀬、息を整えながら。

「麻衣、絶対面白がってるでしょう」

 麻衣、背筋をしゃんと伸ばし。

「七瀬、当然。区切りある人生、楽しまないと。それで、来たわよ」


 背面の通路を、足早に進む長身痩躯の麗しい小山田修子祭礼長。ただ察しては、七瀬と麻衣に詰め寄る。

「ここ、何をいちゃいちゃしてるの、ちゃんと警邏しなさい」

 麻衣、凛と。

「お役目は果たしています。ただこの深いベールに、ここまで編み込まれては、如何しましたかの介助が出来ません。修子祭礼長、助言をお願いします」

 修子、淡々と

「ここ、躑躅ノ森地領会館のお膝元を良くお察しなさい。本来ならば、いない筈のご婦人も、多々いるという事です」

 麻衣、しゃんと。

「それであれば、出席簿を見せて下さい。私達は拝殿が少ないので、お名前とお顔が一致しません」

 修子、声を潜め。

「前方3区画、眉御館様始め、その母君、祖母様がいます。と言うことは、連れ立つ列席者は相当なもの。当然嫁ぎ先上杉家のそう言う連中も。ここを万が一にも、急襲されたら、武田家の恥辱そのものです。お分かりになったかしら」

 麻衣、しれっと。

「そうでしょうね」

 七瀬、慇懃にも。

「あの、修子さん。御館様の祖母様と言うと、初代女性御館様武田春涛様でしょうか」

 修子、一息置いては。

「そうね、七瀬は、今は亡き高坂知世さんの長女。知世さんは闘病前迄は春涛様に傅いていたものね。幼い頃も私でもよく覚えてるわよ、泣き虫の七瀬が春涛様に抱かれると、すやすやですもの。まあ七瀬は、あれとこれとそう言う経緯で、春涛様にとても孝行出来てると思うわよ」

 麻衣、堪らず爆笑。

「あはは、七瀬、良い物語持ってるでしょう」

 七瀬、ただ頭を抱え込み

「だから、私は、何でそんな成り行きなの。結婚早いよ。ああ、はっきり断らないから、こんな事に。でも、」

 麻衣、修子、共に。

「それはそうなるでしょう」「婚礼行進は両家一騎当千、断ったら、さぞや修羅場で血を血で洗った事でしょう。そう言うの込みで、七瀬の思慮も恙無く正しいと、評定衆は全員納得。ただその逸材を手放して良いかは、何故か大揉めだけど」

 七瀬、つい声を荒げ

「でも!」


 大声で礼拝所が、固唾を吞む。そして七瀬達に視線が集まる。


 不意に前方の、長身で声の張る女性武田春涛が立ち上がり振り向く。

「皆さん、今こそ、私達は心を穏やかにし、手を手を取り合わなければなりません。ここは賛美歌を歌いましょう。どうか御付き合いくださいませ」


 礼拝所の一同は皆立ち上がり、パイプオルガンの響きに心を寄せる。賛美歌は「For me, for someone else.」。長らく武田家中で

 歌われたオリジナルの英語詞の賛美歌で、隈なく武田家地領内で歌唱される。


 七瀬が笑顔のままに。

「この曲、春涛様が作った曲だよ。懐かしくなるよ」

 麻衣、瞬きしては。

「まさかでしょう。作者不明曲よ。凄い西洋的な牧歌なのに、春涛様が、本当なの」

 七瀬、ふわりと。

「本当だよ、麻衣。インクも乾かない出来立ての楽譜見せて、歌わされたもの。まあ、私も貢献したと思う」

 修子、不意に涙袋を拭いながら。

「そんな、七瀬を快く送り出す、春涛様。さぞや御寂しいでしょうね」

 七瀬も、連られて麻衣も、堪らず泣きじゃくる。ただ賛美歌「For me, for someone else.」だけは伸びやかな旋律を響かせる。

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