第15話 2014年10月23日 山梨県武田富士吉田市大富町 河口湖南進駅 別れ

 大富町の住民は、より早く新天地で馴染もうと、各地いや、真田上田市、武田家上杉家共同統治の両地長野共和市、そして帝都に移住して行く。

 大富町から旅立つには、いくつかの長距離大型乗合自動車。または2時間に1本あるかの帝国鉄道富士山周遊線河口湖南進駅の湖面電車で、武田甲府集合駅に入り全国線に出る。その多くは湖面電車で河口湖畔をぐるり周遊して行く為、最後の旅情にどうしても選ばれる。


 鉄道網整備の唱和の時代より、構えが強固な河口湖南進駅の待合室には、移植して行く倉富賛逸と塚原里恩。そして見送るのは飯富奈々未と飯富飛鳥。希望ある帝都銀座への移植で、ただ和気藹々に懇談する。


 奈々未、一張羅で思いも深く。

「はあ、倉富名画座が無いと、私の映画に浸る時間がですよね」

 里恩、背広スカートで、長椅子に佩刀をそっと置いて。

「奈々未、そこさ。上客さんに言うのもなんだけど、鑑賞券で映画見るより、お家で円盤で映画見れるでしょう。家庭に娯楽を持ち込まない、そこ迄躾が厳しいのかね、飯富家は」

 奈々未、一息置いては。

「ああいや、そこは噂の双子さんが漏れ無く、暇潰しの円盤沢山の持ってまして。まあ結局は、私も離れに浸るのですけど。でも、難しい過ぎる映画論が飛び交って、見ていても、素直に感動しました、との自分なりの感動が持てないのが、まあと。客人の饗応としても、大きな緊張が抜けないですよね」

 賛逸、背広のボタンを紐解き前のめりになり、声を潜めながら。

「ああ、そこな、本当に皇太子だもんな。つうか、倉富名画座でも貸切鑑賞会も開いてくれるけど、その饗応ってやつがさ、俺でも無理。あの佇まいって強烈だよな。そりゃあ、奈々未のふてぶてしさでも、格式ってものが、来るものあるよね」

 奈々未、顔を背け。

「何ですか、それ。ふん、」

 飛鳥、おしゃまな一張羅で、空気を読んでは。

「ああ、そこの愉快な双子さんですけど、ただ慣れですよ。面倒臭いなと思って、固まっちゃえば、そうかと噛み砕いてくれますから」

 里恩、仕切りに頷き。

「凄いな、飛鳥、開き直るのも手か、良い度胸してるよ。そもそも、名だたる手合会の会合でも、誰があの大洲賀実果様大洲賀純白様につくかの堂々巡り。いややっぱり面倒で、剣豪達、帝都に一切立ち寄らないからな。そんな空白地帯作って、どうするのかね。その皇位継承者に、喋りじゃ、貴族院のお歴々も叶わないのにさ。飛鳥はね、凄いわ。まあ飯富家は、無難に飛鳥が継いで然るべしだよな。奈々未は普通に嫁入りした方が良いよ。普通の家庭にでもさ。大人って漏れ無く、常識的になって行くものだから」

 奈々未、首をゆっくり横に振り。

「それ、普通って何でしょうね。好き、いいえ愛に到達出来ない旦那に、一生寄り添う事が普通の常識なのでしょうか。いいえ、子供が出来ると、気持ちはきっと良い方に変わる。そう言う有りがちを踏まえたとしても。いえ、それ、私らしく無いですよ」

 里恩、一度頷き。

「そう。奈々未らしいね。しかしね、愛の入り口って、ただ広いのよ。こいつ面白い、悔しいけど尊敬しちゃう、一緒にいると安心出来る等々。これって愛なのかなで、気がつくと掛け替えないじゃ無いになってさ。奈々未の考え過ぎは良く無いよ。奈々未、勢いだけなのに、全然考え過ぎ」

 飛鳥、微笑みに満ちては。

「その付かず離れずの関係性。賛逸さんと里恩さんとの御関係そのままですよね、きゃっつ、」

 賛逸さんと里恩、顔も見合わせては背け、そして賛逸が淡々と。

「でもさ、気付いた愛で行き止まりじゃないと俺は思う。愛以上の何かがあると思うから、どんな事があっても前に進めるのが、人間らしさじゃ無いかなって」

 奈々未、見据えたままに。

「賛逸さんは、そうやって大人ぶって逸らしますよね、愛以上って、それって何ですか。主の教えの様に無償の愛ですか。誰にでも優しくなれって事ですか」

 賛逸、一呼吸置いては。

「そうか、奈々未は、まだそこか。奈々未は賢いから、俺と同じと思ってた。ここで勿体ぶってしょうがないけど、俺はこう思う。愛以上のものって絆だってね。良く見つめると、数多に繋がっている縁の糸。人生さ、それを見つけるのに。ただ楽しくないかな」

 奈々未、不意に涙が頬を伝い、待合室の図柄タイルに落ちる。

「でも、それって、賛逸さんと里恩さんも、ここでサヨナラですよね。ずるいですよ、そういう終わらせ方って」

 里恩、くしゃりと。

「ああっと。まあ、出るよね、奈々未のおねだり。賛逸、いつもの様に答えて上げなよ、ほら、さあ」

 賛逸、ただ丁寧に。

「俺かよ。そう、物事には始まりと終わりがあって。でもさ、絆の縁の糸って、拭っても消えないもので、俺達はどうしても再び集ってしまう。例えどんな事があっても。格式的な強い運命とは違う、手繰り寄せれる絆の引力ってやつでさ。奈々未は、何を勝手に終わらせようとするのさ。皆とのサヨナラが多過ぎて、今は感傷的になりがちなんだよ。そもそも、皆生活しなくちゃいけないんだから、区切りはどうしてもあるだろう。よくよく顔を上げてみなよ、全てが終幕じゃないんだよ。もう一回、いや何度もなんだよ」

 奈々未、尚も。

「ですから、そう言うのを、詭弁って言うのですよ」涙が頬を伝う。

 飛鳥、不意に鞄から慇懃に小袋二つを引き出しては差し出し。

「あの、この場面でこれなのですけど、大富町の祈念として、賛逸さん、里恩さん、どうかお持ち下さい」

 賛逸と里恩、慇懃に受け取っては、賛逸まじまじと。

「いや、これさ、あの焼け落ちた権左寺社の安全祈願のお守りだろう。よくは、そうか、あの丘一帯は飯富の所有物件だよな」

 飛鳥、ゆっくり頷き。

「あの丘の一部、甲斐権左御殿は部分的でも落ち延びて、縁起物も残ってました。それで、貴重なお守り上げたのですから、賛逸さんも里恩さんも、何か下さいね」

 賛逸、身体を丹念に叩いては。背広の全ポケットを叩き。

「そう貴重なお守りはなんだけど、俺は上げれるもの無いしな。兵役で恩賜された蒸留酒用小型水筒も、もう家老に上げたし。今更か、何だかな」

 里恩、大きなため息を着いては、勝手に賛逸のデイパックを漁り。

「ふん、あるだろ。本当に賛逸はさ。断捨離だからって、何でもかんでも預けまくって、そのつけがここか。でもさ、あれだよ、よし、あった。はい奈々未に代表して、これな。これで機嫌直してな」

 奈々未、頬を拭いながら。

「これは赤版「棘人と猫」。これ家の書庫に有りますけど、いいえ、大切にします。ずっとです」

 賛逸、ただ申し訳なさそうに。

「いや、感謝されるのは有り難いけど、大富町なら、やや持ってる単行本だし。うん、この音、いや来るな、そんな時間か」


 不意に、帝国鉄道富士山周遊線の上がりの駅舎内の放送が流れる。


 奈々未が次の言葉を探そうと。

「あの、私、」

 里恩、不意に奈々未の手にある赤版「棘人と猫」を優しく取り上げては、背広の左腰ポケットを手繰っては、紙片を赤版「棘人と猫」のしおりにと差し込む。

「くれぐれも。私のお礼はそれ。希望はどうしても大切。ちゃんと、待ってるからさ」奈々未の手を取っては丁重に赤版「棘人と猫」を差し戻す。

 奈々未、改めて赤版「棘人と猫」をぱらぱらと捲っては、何かと手繰ると、里恩が差し込んだのは、帝都ユキの回数券。京和1109発行の使用期限7年間。

「これは、里恩さん、駆け落ち、」

 それを見ていた飛鳥、遮るかの様に喚き

「わあわあー、何でも無いです、もう全然何も聞こえない。もう、お姉ちゃん飽きっぽいから、本の栞有難うございます。里恩さん」

 賛逸、訝しげに

「待てよ、里恩は、何挟んだんだよ、」

 里恩、回り込みながら、賛逸を塞ぎ。

「別に、飛鳥の言う通り栞だって。賛逸もさ、妙な所で勘がいいよな。そもそもだ、賛逸。木星量子津波が再び来たら、電子機材また吹き飛んで、世の中大混乱。次の就職先も一体何処やら。そうだろう、奈々美に絆と言っておきながら、そんなんじゃあ、二度と会えなくなるぞ。何か言い残す事無いのかよ、なあ」

 賛逸、神妙にも。

「まあ、それを言われたらな。いやフィルムは何とか放射線浴びない様に、きちんと保護箱の中に入れるし。いやその災厄の前に、帝都で良いフィルム見つけて、いつか帝都に赴く、奈々未には見せたいし。今はそんな努力目標かな」

 里恩、左手グーで賛逸の土手っ腹をどつきながら。

「そこな、絶対目標に格上げだ。絶対にな、」

 里恩、後ろ手の右手は、奈々未と飛鳥に対して快勝のピースサインをこれでもかと。奈々美と飛鳥も、そっと後ろ手の右手でピースサインで応える。

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