第14話 2014年9月9日 山梨県武田甲府市 婚礼行列
駆け足での結納になった武田家御館様武田眉と上杉家関東管領上杉寛鉄。両方譲らずの大家筆頭同士と有って、世の中の歓喜とは大凡別に、途方も無い交渉に次ぐ交渉で、9月9日大安に武田地領で現地結婚式、9月15日大安に上杉地領で現地結婚式と相成る。それは扶持米も警備も、途方に掛かる前例の無い結婚式。そして今日9月9日は、嘗てない現代式結納が進行して行く。
しかし、その1週間前から兆候は有り。上杉家の黒装束隊が、続々大挙し武田甲府市に入っては、熾烈な程に警備を確認する。武田家は、その狼藉振り何を水を刺すか。上杉家は、こんな有様人足が圧倒的に足らずと。至った結果が、両家に傅く者、いや家族総動員体制の激烈な総点検体制に至る。
そして9月9日当日午前中に、武田家の躑躅ヶ崎館迎賓館で仏前挙式を終えると、最大規模の武田甲府市の婚礼行進が午後一から始まる。
葵御三家から、せめてこれをと貸し出された豊田二十一世紀の屋根無し高級車は、犇めき合う沿道の見物人を鑑みると、せめて御姿をとこれしかない配慮であり、やや歩行速度で大きな祝福を受け取る。
まず堪らずの悲鳴から、歓喜へと繋がり、御館眉様政略結婚ご無念も有りつつ。御館眉様のその晴れがましい真紅の礼装と共に、真の笑顔もあって、何がどうであれ、綺麗に払拭されて行く。
武田甲府市の婚礼行進は、先頭に大排気量自動二輪車3台に、続くは御家人衆の武田家の赤正装袴と上杉家の黒正装袴の一行。そして主役の武田眉様と上杉寛鉄様を乗せた豊田二十一世紀の車両。その殿を任されるのは、若き厳選された女性精鋭の、表赤裏地紫の越された武田祝紅組、黒袴に白開襟シャツ詰襟黒の上杉黒袴組と、女性当主武田家の眉に最大敬意持った布陣で、婚礼行進を鮮やかに花を添える。
殿の紅と黒の二列は、お役目として凛と澄まし、まさか荒事に目配せするも、何かと両列で目が合うと、忽ち不機嫌さを醸し出す。
この今日迄に躑躅ヶ崎館本館での殿中騒動は無いものの、数えて7度の、止む無しの衝突を繰り返す。
結納は最大の祝い事ではあるものの、両家の過去歴史を垣間見て流血騒動長らくで、若さ故に水に流せない事から、蒸し返して宥められ迄が至る現状。
そして、殿最先頭一番槍同士で鬱屈が炸裂する。
武田家甘利眞幌、歯噛みしては。
「全く、どこ行っても。あれだけ護衛安全の為に写真機の撮影を控えて下さいって、告知したのに」
上杉家甘粕美愉、声を低めにも。
「これは想定内。そもそも折角のお披露目で、肉眼に焼き付けろとは御無体極まり無い。関東管領様は、ご覧の様に、ただ寛容で微笑むけどね」
眞幌、舌打ちし。
「上杉家の威信を、武田地領に持ち込むな。写真機から弾が飛び出て、密殺されるのは、そちらの関東管領様も含まれるんだぞ」
美愉、神妙に。
「貴様、毘沙門天の御加護を信じないのか。上杉家はその功徳を積んでこその今日だ。そして今現在、足並みを揃え無いとは、ああ、駄目だ、こりゃ」激しい舌打ちをする。
眞幌、美愉への視線も厳しく。
「ふん、見たまま小僧が、何を、一端を。この御時世、万が一を大いに摘んでは、市民の安心を遍くだ。政とは何を持って積み重ねるのか、家中の隔たりの無い融和とは何か、まだ聞き足りないのか」
美愉、口元を緩めては。
「有り難や。小僧、それは仏門に帰依する褒め言葉だ。やれやれ、ここでようやく私本来を見れるなんて、功徳の誉れを思い知れ。ふん。やはり、何処をどう転んでも、良い日だ。そう思わないか、貴様は」
眞幌、声を大にしては。
「笑止。未だ、大富町大火で武田家に影を落とす。その犯罪人は、上杉家の寛容で爛れた村上義量が、そもそもだ。武田家お取り上げの遠因を棚上げし、上杉家中に取り込む。その上杉家中の面の厚さには、どうしても付いていけぬ。言わぬと伝わらないものか」
美愉、はきと。
「笑止が笑止。謂れがどうこう問わぬが、あの女子に貫かれるとは。そもそもだ。腕の鈍った剣豪村上義量の初動を抑えきれぬ、武田地領武田富士吉田市大富町方面武田家監察班にそもそもの落ち度があろう。貴様という器、そして問題のすり替えとは、実に親睦家であっても不甲斐ない。まあ、ここは祝い事の倣おう。そう、毘沙門天の寛容を大いに受け入れ、今日の武田家にのみならず、15日の上杉家も、存分に付き合おうか。但し、馴れ合いは一切御免蒙る」
眞幌、凛と視線を結び。
「小僧、失言が多いぞ。上杉家は、蟄居中の村上義量を逃しておいて、その言い草か。こちらに一心制動を開眼した七瀬がいなかったら、上杉家も中央から断罪されていたぞ。これも毘沙門天の御加護と言うのなら、能天気そのものだ。自身を真っ先に見つめ直せ」
眞幌のすぐ後ろの二列目高坂七瀬、宥めるように。
「眞幌、きつい、本当きつい、私が先に倒れちゃいそうだよ。ここはいつもの様に、物分かり良くして。私に何かと免じて。いや、まず御館様にだよ」
眞幌、意に介さず。
「是非に及ばず。来武田家7度の衝突にして、2勝5敗の遅れとは大誤算。ただその深慮も、武田家評定衆が宥めに入っての、大人になりきれ。誰がなれるか、そんな譲り合わせ。この不徳たるや、良いか、辛酸は熨斗を付けて返してやる」
美愉、飄々と。
「訴える諸問題の本質を見据えず、上杉家如何の、善し悪しを押し付けるとは、本当の無粋者だな、特に貴様。下らん。いや、そんなに白黒つけたいのなら、望みを叶えてやろうか」
眞幌、高い鼻を擦っては。
「良い心掛けではないか。不届き者は残らずが、今日の目出度き日、乗るよ、私は」
七瀬、ただ裸眼の目がつり上がり。
「きゃっつ、うわっつ、ごめんなさい。皆ごめんなさい。誰も何も。一切、悪く無いですから。ほら大富町大火のあれは、私に過分の落ち度があって、佩刀も取り上げられたので、そう私がもっと目配りしてればです。至らなくて、本当ごめんなさい」
美愉のすぐ後ろの上杉三兄弟上杉友梨奈、意味有り気にくすりと。
「如何様にもだね。物事には大凡決着を着けるべき。透かしに、難癖、なんて、全然子供の喧嘩だね。その上新剣豪高坂七瀬に上乗せするとは無礼千万。そう見せて貰おうか、君達の真の力量をね。是非」
眞幌と美愉その行進真っ直ぐな列から、抜群の抜刀。鈍い鋼の音、ガキン、鳴ると同時に全体重を乗せては、日本刀を押し込むのみ。
眞幌、ただ目を見張り。
「悪くない、ただ若い。この次が読める。右手一つ貰うが、甲府地領付属病院に運べば、難なくくっ付く、武士最後の覚悟を聞こうか」
美愉、余裕の笑みで。
「その余裕が、混乱を加速する。脇を払っても、子宮は傷つけない、安心しなよ」
忽ち、剣ヶ峰の直上に黒い影がストンと落ち、早くも察した両方の日本刀が逸れて、眞幌も美愉も、機微に下がり窺う。
その間に入ったのは、新剣豪の高坂七瀬。ただその得物は戦慄くしかない本阿弥工房の七瀬専用黄金バット。切迫した本身の殿中沙汰の諌めが、まさかの黄金バットに皆凝り固まる。
七瀬、怒り凄まじく。
「まさかでしょう。この晴れがましい行進で、本身、いや、今や身内同士で斬り合おうとしてるのよ。何なの、そうじゃないでしょう。こんなんだったら、滅多に飲めない特上甲府ワイン、じゃぶじゃぶ飲めないよ。私達の宴席剥奪だよ、そう言うの嫌でしょう、御館様を上座に、ああ私も美しいが良いなが、乙女の心得でしょう。武士より、まずそれ、憧れでしょう。ねえ、いい。ちゃんとしよう、今日だからこそなんだよ」
友梨奈、凛と。
「新剣豪の高坂七瀬の有難きお言葉だが、そこはちょっと違うかな」
黄金バットを存分の位置迄振り被ったフルスイングの七瀬、得物を持たず徒手空拳の構えから友梨奈が右掌を真っ直ぐに翳す。
もはや一進一退。堪らず、武田家の赤正装袴と上杉家の黒正装袴の全員が身構え、大戦さかの時期に応じる。
友梨奈、ぎゅっと右手を振り絞ると。通り過ぎた行進者専用の給水所の、夥しい透明軽容器が踊り弾け、豪快に中の純水が巻き散る。周囲は何事かも、七瀬は凛とし構え崩さず。
七瀬、はきと。
「上杉友梨奈。流石は上杉家嫡子ですね。もうこれは、ご破算で宜しいですよね。私が打たねば、赤と黒が一触即発です。0.1秒、脳天に黄金バットを打ち込めば、それで終りですよ」
友梨奈、髪の毛をくしゃりと。
「読むね、七瀬は。まあそうなだけどね。不動力と剣術併用が望ましいけど、そう言う器用な事すると疲れるし。まあ、いつものその辺は輩に任せての、観音力の大放出。普通ここで身体中の血管寸断の恐怖で怖じ気づくのに、何だ、それだよ。どうもおっかしいな七瀬は。そもそも、そう、七瀬勘違いしてるから。違うは、あれだよ、高級甲府ワインだけじゃなくて、上越本醸造日本酒も飲み放題だから。べろんべろんで、三日三晩、あは、まあ来週の上杉家行進前日にはしゃんとしてれば良いから」
七瀬、感極まり仰け反っては。
「来たー、もう目方大増でも、ようこそです。飲みますよ!」
皆もどうしてか。
「えいえいオー!」
様子を伺って、漸く割って入るのは両祭事責任者の、武田家の武田雄大と上杉家の上杉和輝。ただ拍子抜けに。
雄大、ただ朗らかに。
「全く、後ろがついて来ないから、仕方無く車両を止めての撮影会に入ってるよ。まあ結局、皆写真機持ち寄ってるよね。ねえ」
和輝、ただ紳士ぶり。
「これだから、友梨奈連れて来たく無かっただよ。お前は、と言っても、いや無理か。俺に上杉家女子全ての弁舌の敵う筈も無いからさ」
七瀬、黄金バットを急ぎ黒皮ケースに仕舞っては、直角のお辞儀に。
「典厩様申し訳ございません。ここは取りなすべき、私の不徳の致す所です。私目に一切の処罰を」
雄大、朗らかに。
「いや、これも日々、両家の議場でつい上がる事だ。誰が死ぬ。それはいかんなと。両家の歴史を鑑みると、ぶつかり合いは生じて当然。懲罰を一々行って、腹を召し、佩刀を取り上げたら、国力が削がれる。七瀬は十分に役目を果たした。さて、苦労を掛けたな」
和輝、ただ陽気に。
「いいね。新剣豪、いや高坂七瀬さん、若いのに良き佇まいだ」
友梨奈、舌打ちしては。
「これだ、和輝兄様は。格好付けてるけど、話すと全てが、薄い、薄っぺら。寛鉄兄様の威厳位は、まあ、それ位は、愛嬌の内にぎりぎり入るかな。それでさあ、七瀬さ、いや高坂七瀬様」丁重にお辞儀しては、一語一句声を通す「高坂七瀬様、御挨拶もそこそこに、改めて申し上げます。ここに至り、込み入った状況を招き、上杉家の失礼を先ずお詫びしします。そして、この機微を決して狙っていた訳では有りません。図らずも、新剣豪高坂七瀬の、その心技の器量、大変得難いものと思い知ります。この祝宴の一連で、更にの喜ばしき事は無粋と言えど、当事者が集った以上、これもご縁と毘沙門天様の有り難きお計らいかと存じます。伏して申し上げます。高坂七瀬様、どうか上杉家に輿入れし、執政上杉和輝と末長くご縁の限りを歩んで貰えせんか」
七瀬、首を右にどんどん傾げては。
「あの、友梨奈様、何を言ってるのでしょうか。とても、難しくて。そもそも私は、武田家代々の家臣筋でも有りますし。そのう、上杉家にお越しくださいと言われても、お役目が。あれ、だから、何か、私は何を掠ってるんだろう」
慌てて飛び込んで来るのは、武田家同輩の原絵梨花。
「おおお、何て恐ろしい事を。七瀬の天然はここ、何でここなの。あなたは何でそれなの。いい七瀬、良く聞きなさい。あなたは上杉家の姫様になるの、ならなくちゃいけないの、」自ら深々と下げると同時に七瀬も前にこまらせる「上杉友梨奈様。直々のお見初め、ただ誉れ高く武辺の誇りにございます。この高坂七瀬、機微に察し、働きも抜群。きっと上杉家家臣団も笑みで一杯になるでしょう。私が高坂七瀬に代わって、申し上げます。高坂七瀬は上杉和輝様と夫婦になります」
七瀬、ゆっくり起き上がり。
「でもね絵梨花、それだと棘人との係争や見張りが出来なくなっちゃうよ。いや、あれ、夫婦、私と執政様が、えーーと」
女子の誉れに察した、殿の武祝紅組と上杉黒袴が、同時に直角に腰を折る様は、ただ荘厳に。
そして、上杉和輝が満面の笑みで。
「そうだよな、ピンと来ないよな。俺もちょい30代で若いつもりも、七瀬とは一回り上だし。いや俺は頑張る。張り切って面白い旦那になるから、どうか上杉家に来てくれ。どうか得難い縁を受けてくれ」
友梨奈、和輝に詰め寄り。
「だからね、和輝兄様。ここで面白い事言ったつもりだろうけど、七瀬にこれっぽちも届いていないから。七瀬、ちょっと面倒な和輝兄様だけど、無理に乗せて来なくて良いから、こういう時は、直江にしょうもないと振っちゃえば良いから。そう言う振り上手が家筋だから」
七瀬、皆に倣って腰を折っては、すかさず戻し。
「あの、そもそも、男子と付き合うとか、恋心とか、愛情は、これは満遍なくかな。そんな感じで宜しければ。いや恋人とは言ってないかな。夫婦だっけ。私が夫婦。あっと、これってまさか、私の結婚のお話ですか。はあ、何か照れ臭いですよ。取り敢えずは、こう胸が満たされる思いなので、どうか宜しくお願いします」
公道の後衛は忽ち黄色い声が立ち、七瀬が十重二十重に囲まれ尽くして、麗しい熱狂を帯びる。夥しいおめでとうも、七瀬は、ああと息継ぎが精一杯だけ。
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